2-027 煌めく鱗より煌めく石の方が良いようで


  僕は水槽の前で人魚を見上げながら、話し掛けた。


「どこか悪いんですか?」


「いや……そういうわけではないんだ。ただ、この人魚があまり動かないのでな。理由が分かればと思って」


 レバンテ様は、病気について答えたくなさそうだ。

 そりゃ、希少価値の高い自慢の逸品なのに、わざわざ価値を下げるようなことは言いたくないだろう。


「……なんでキ?!」


 人魚は少し驚いた様子で、ポコポコと泡を吐き出している。

 口をパクパクさせている様子は、確かに魚のようだ。


 やっぱり、そうだったか。

 翻訳魔法はどんな言語で喋っても、相手に分かるように変換して伝えてくれるみたいだ。

 だから、僕が普通にレバンテ様と喋っていても、僕の言葉は人魚にも分かるように伝わっているということ。

 こういう自動判別型の場合、誰が対象になるのか気になるところ……余計な相手にまで聞かれると困るんだけど。

 恐らく、他の魔法の効果から推察すると、僕が伝えたいと思っている相手に限定してくれているのだと思う。

 これでまた、カモフラージュ出来ることが増えてしまう……良いのか悪いのか。


「わたしとしては、元気がないなら元気にしてあげたいと思うのですよ」


「ボグコリーナ嬢は優しいですな。悪いエサをやってるつもりもないのですが、どうにもあまり動かんのです」


 優しいかどうかは、まだ分からないと思うよ。

 とりあえず、病気の原因について、レバンテ様は思い当たる節がないようだ。

 動きが少ないことと病気に、因果関係があると思っているように聞こえる。

 あとは、ペット感覚で飼ってることも良く分かる。

 この世界の常識として、何をペットにするのか分からないけど……

 言葉が通じない愛らしい生き物を飼い慣らしたいという考えなら、たぶん地球でも同じだったろう。

 それが愛玩動物ってものだ。

 犬やネコは人の形をしていなかっただけで。

 例えそれが半分人の形をしていても、自分達とは明確に違うと線引きできるなら、ペットとして扱えるだろう。

 奴隷制度がまだあるような世界なのだから、異種族なら尚更あり得る。

 ミレルとスヴェトラーナも違和感を持っていないようだし、シシイとイノも目立った感情の変化はない。

 だから、僕の余計な希望は不要だろう。

 単純に、レバンテ様と人魚がそれぞれ望んでいることの、比較をするだけだ。


 僕は人魚をジッと見つめてゆっくり首を縦に振った。

 まだ人魚は戸惑っているようで、首を左右に振っている。

 会話できるとはいえ、そう簡単に人間を信頼することは出来ないのだろう。


「名前は何というのですか?」


「ほほぅ……ファンテールという種類の人魚ですよ。ボグコリーナ嬢は、この人魚を気に入ってくれたのですかな?」


 人魚から視線を離さないことと、熱心に質問してくることから、レバンテ様は僕が人魚に執心だと思ったようだ。

 それはあながち外れじゃない。

 治せる病気なら治したいし、何を考えているのか知りたい。


「……サラ……」


 僕の視線の意味を理解したのか、人魚は一言だけ告げた。

 自分の名前を教えてくれたのだろう。

 ということは、少しは興味を持ってくれたのかな。


「そうですね、気に入りました。譲っていただけませんか? 金貨なら200枚は出せます」


 僕は声のボリュームを少し上げて、まだサラを見つめながらレバンテ様に問い掛けた。

 なぜか、僕の言葉に、人魚も含めてその場の全員が驚いた。

 自慢のコレクションを見せたときに、こんな交渉されるなんて当たり前なんじゃないの?

 少なくとも、父親の標本コレクションはそうだった。

 良い物を見てテンションを上げた風に、声を大きくしたつもりなんだけど……違ったかな。

 確かに、声を大きくした理由はもう一つあるけど、それは誰も気付いていないと思いたい。


「それほど気に入ってくれましたか……しかし、ここまでの苦労を考えると──」


「金貨はその程度しかありませんけど、宝石類ならもっと用意できます。考えて頂けませんか?」


 敢えて更に食いつく。

 これで買わないといけなくなっても面倒なんだけど……

 大抵、コレクションとは売らないものなんだよ。


「驚いたね。大人しいお嬢さんだと思っていたけど、気に入ったものは何としてでも手に入れそうだ」


 レバンテ様は呆れ半分感心半分の様子。


「そうでもないですよ。わたしは知りたいものがあるだけです」


 ようやくここで、僕はレバンテ様に視線を移して笑った。


「なるほど……わたしももう少し若ければ……いえいえ、フェルールが惚れ込むわけですな」


 今なんか、サラッと聞きたくない言葉を聞いたような……


「フェルールの申し出を受けるなら、結局この王都に住むわけですから、これを買ってもしかないですよ?」


 更に聞きたくない言葉を……

 でも、必ず断ると言える状態にはまだいない。


「いえいえ、この子は故郷に連れて行きたいと思ってますから」


 苦しい言い訳かも知れないけど、それぞれにちゃんと伝わってくれれば良いんだけど。

 気を利かせたスヴェトラーナが、カバンを持って横に立ってくれた。

 やはりここは、買う意思──本気度を見せておきたい。宝石なだけに。

 カバンの中にあるものを材料に、拳サイズのカット済ダイヤモンドを精製する。

 美術館で、ガラスケースに入れて飾らるレベルだから、コレクションとしては丁度良いだろう。

 この世界の宝石の価値を、いまいち分かってないけど……簡単には作り出せない部類だから、高価であって欲しいな。


「こちらと交換というのはどうでしょうか?」


 取り出して見れば──

 ミレルとスヴェトラーナ以外、言葉無く僕の掌を見つめるばかり。

 2人は、僕のカバンから色んな物が出て来るのを、見慣れているからだよね。

 他の人は絶句していると見て、間違いないかな?


「ボグコリーナ嬢! そんなものどこで手に入れたんだ!?」


 レバンテ様の言葉から丁寧さが抜けている。

 余裕が無くなるほどに、垂涎の品ということかな。


 これほど目立つものだと、普通なら入手経路が割れてしまいそうだ。

 それはつまり、誰もが手に入れたら自慢したくなる、希少価値の高い物ということ。


「それは申し上げられませんが、本物であることは間違いないですよ。触ってみますか?」


 僕が宝石ダイヤモンドを差し出すと、レバンテ様は僕の顔と宝石をせわしなく何度も見比べてから、震える手を宝石に伸ばした。

 一国の王の親類でも、目にかかることのないぐらいの逸品のようだ。

 本気度を見せるには、丁度良いものだったみたいだね。

 恐る恐る宝石を触るレバンテ様を見ながら、耳を澄ませると、慌てた様子で遠ざかる足音が微かに聞こえた。


 さてと、もう良いかな?


「いや、もう少し、見させて頂きたい!」


 あ、そうですか……

 これは、交換になってしまうかな……?

 それなら、とりあえず、今のうちに許可を取っておこう。

 今なら何でも許してくれそうだし。


「また夜にでもこの子を見に来たいのですが、よろしいですか?」


「ああ、ああ! 構わんよ。ボグコリーナ嬢なら全然、いつ来てもらっても問題無い!」


 宝石に魅入られているレバンテ様は、全力で許可をくれた。

 他のみんなが寝静まった頃に話をしに来よう。

 それで、そろそろ返してもらえるかな?


「もう少し! もう少しだけ!!」


 おっさん必死だな……

 まあ、宝石はその美しさから、人を吸い寄せる魔力とか魂が宿ると言われるし、妥当な反応とも言えるけど。

 造った今で魂が宿ってるなら、それは生物な気がするけど……魂というものが良く分からないから、なんとも言えないか。


 それから3回ぐらい同じようなやり取りをして、ようやく返してくれた。

 レバンテ様が宝石に夢中になっている間に、サラと話をしてても良かったかなと今になって思う。



 この後、他のコレクションや美しい花が咲き誇っている庭園を案内してもらって、庭園でそのまま昼食となった。

 宝石のことを色々聞かれたけど、それはもう華麗にスルーしましたよ。

 これでまた、身元を調べられる理由が出来てしまった……



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 そして、午後から暇になった僕たちは、侍従さんに断って王都の散策に出掛けた。

 周りから見れば女性5人の集団で、しかも一人は王都で名の通った傭兵のシシイ、一人は巨漢と言いたくなるような出で立ちで誰が見ても傭兵と分かるイノ。

 護衛2人付きのお嬢様が通りを歩いていたら……

 うん、正直邪魔だね。

 どうしても護衛の2人は広がってしまうし、目立つから周りの人の歩みを遅くしてしまう。

 レバンテ様の屋敷から歩いて大通りに来たものの、どうしたものやら……

 とりあえず、一軒雑貨屋さんっぽいところに入ってみたけど、外で護衛が待ってる状況に、お店の人も困惑している。


 これは動きにくい……

 服装もだけど。

 二手に分かれるか?


「お姉様と一緒に見て回りたいです!」


「護衛として離れるわけにはいきません」


 うん、まあ、そう言うよね。

 他2人も護衛として雇ってるんだから、置いていくのもおかしいし……

 なので自然と、少しずつお店を廻りながら、人の少ない方少ない方へと流れていった。

 その結果辿り着いたのは──


「嬢ちゃん、その先からは旧市街だぞ?」


 シシイが少し低い声で忠告してくれた。

 通りは続いているけれど、シシイが視線を送る先には、左右に高い壁があった。

 そして、壁の向こうの街並みはこれまでと少し異なっている。

 王都の街並みが、キレイで整然としていたのは、新しいからであって、昔からキレイだったわけではないようだ。

 旧市街が持つ雰囲気がそうさせるのか、薄気味悪く空気が淀んでいるように見える。

 それは新しい街とは対称的で、光と闇のように感じられた。

 片方が美しく見えるなら、自動的にもう片方は醜く見える。

 片方が優しく理知的に見えるなら、狂暴で野性的に見える。

 そんな空気がそこからは漂ってきていた。


 これは丁度良い。

 シシイに場所を聞く手間が省けた。

 そう、僕はここに来たかったんだ。


 すでに、いくつか入ったお店で、物価は確認した。

 だいたい、プラホヴァ領都の2〜3倍の価格だった。

 確かに物価は上がっている。

 だったら、旧市街ではその影響が色濃く出ているだろう。

 それがどれほどのものか、実際に目で確かめたい。


 そう思って僕が一歩踏み出すと、すぐにシシイが腕を引っ張った。


「興味本位で行くところじゃねぇ。そんな格好で行ったら、帰って来れないぞ」


 地震のうなりのように、お腹に響きそうな声で、シシイが止めた。

 今度は本気だ、忠告ではなく警告だ。


「シシイさんは行ったことがあるのですか?」


「……わたしも、多少世話になっていた時期がある……」


 そうか……シシイは傭兵だけど、同時に戦争孤児だったね。

 独りになってから傭兵として成功するまでは、こういう場所で暮らしていたってことか。

 だから、よく知ってると。

 無防備に見えるお金を持ってそうな一般人が、この世界に立ち入ったらどうなるかを。

 ボグコリーナお嬢様いまのぼくの特徴を一部知っていても、それでも止めるほどに危険だと。


「それなら、着替えましょうか……」


「行くのかよ!」


 お金を持ってなさそうなら良いのでは?


「女の時点で危険なんだよ!!」


 じゃあ、女に見え無くすれば……フードコートを被るとか?

 フードコートって言っても、飲食店の形態の話ではない。


「見るからに怪しげな集団なら、さすがにちょっかいはかけてこねぇけど……」


 シシイは腑に落ちないといった表情。

 でも、僕はここを見に行っておきたいんだ。


「絶対にそこにいる奴らと関わるんじゃねえぞ。お互いツラい思いをするだけだ」


 シシイの言いたいことが何かは分からないけど、その約束は守ろう。


「承知しました」


 僕がそう言うと、シシイは渋々だけど許可してくれた。

 なので、僕はすぐに準備に掛かった。


 少し離れたところで服屋を探すと、軒先に服が吊られているお店があったので、5人とも店に入った。

 なるべく新品ぽくない服や靴と、先ほど提案したフード付きのコートを購入して、店の奥で全員着替えた。

 ついでに竈から灰と炭をもらってきて、灰で髪や肌をくすませ、炭を水で伸ばしてシミやソバカスを描いた。

 口止め料も含めて、多めに代金を渡して店の裏手に出させてもらった。

 そして、店の裏に出たところで、コートの裾を破いたり燃やしたりして、更に加工を加えた。

 これで、貴族のお嬢様感は全く無くなったはずだ。


「嬢ちゃん達……躊躇いねえし潔いな」


 シシイがなんか呆れてるけど……気にしないでおこう。

 因みに元々着ていた服は、僕たちの分はスヴェトラーナが持ってるカバンに詰め込んだ。

 明らかに入らない量に見えるけど、そこはパワーに物を言わせて、詰め込んだことにした。

 シシイとイノの荷物は、それぞれ新しいカバンを買って持ってもらっている。

 さて、準備は整った。


 シシイが先頭に立って、僕たちは旧市街へと足を踏み入れた。

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