2-019 歴戦の傭兵は戦えば気付くようで



 わたしは武器を構えてから、相手をじっくりと眺めた。


 人間の小さくて細っこい女の子だ。

 わたしの方がちっせえとか言うのは無しだ。

 小さくても、オークのわたしは、種族的に力が強いし体力もある。

 でも、魔族でないなら、人間はその大きさで力の強さは分かる。


 小さくて細いと言うことは、絶対的に力がない。

 その分体力はあると思う。

 ナイフ2本が得物であるところから考えても、手数で攻めてくるタイプだろう。

 大剣というわたしの重い攻撃は、あの細い腕では受けられない。

 そうなると、避けて隙を見付けて、連撃を加えてくるか関節などを狙ってくる。


 あまり大技を使わず隙を見せないように戦うか、最初に避けられないような攻撃を当てて、相手の動きを鈍らせるか……

 稽古をつけるというなら、相手のイヤな方をするべきだな。

 距離を詰めて横薙ぎの一閃か?

 いや、普通は打ち込ませて隙が出来たところに、反撃される方が避けられないだろう。

 護衛としては、先に手を出すようなことはほとんど無いだろうし、その方が戦い方を学べるってもんだな。


「まずはそっちから打ち込んで来ると良い!」


 わたしは構えを解かないまま叫んだ。


「はい! では参ります!」


 相手は元気に返事して、速攻で踏み込んできた。

 跳び込んでこなかったことは褒めてやるが、まっすぐ突っ込んでくるとは、本当にド素人だな。

 護衛始め立てってのは本当みたいだ。

 わざとこちらの大振りな反撃を狙っていて、それを避けられるというなら間違いじゃないが。


 仮にも二つ名持ちのわざは、そんなに遅くは無いぞ?


 一発で終わってしまうなら仕方がない。

 ここは彼女のために、なるべく避けにくくて重い一撃を。


 彼女が間合いに入った瞬間、そう思って、かわしにくいよう、幅の広い剣の腹を使った横薙ぎを放った。


 だが、わたしが腕に力を入れた瞬間に、彼女の走る体勢が変わった!

 下に入って躱すつもりか?


 まだ剣を振り始めてもいないのに、技を読んだ??

 たまたまか?


 そう思って縦振りに軌道を変えてみたが、彼女の走る方向が、わたしの横に回り込む方向に変わった!


 こいつは、技が分かっている!

 しかし、もう相手の間合いはすぐそこだ。

 ならば、避けられないような速度で打ち込むまで!


「はあぁっ!!」


 気合いと共に、わたしは今の技をそのまま叩き込んだ。

 この掛け声と気合いというのはバカにならないもので、それだけで相手の勢いを削ぐことも出来る。

 弱い獣や戦いの素人であれば尚更、驚いてそのまま硬直することもあり得る。

 そして、本気で振るえば巨大な魔物の突進を止められる縦斬りだ。

 それを、避けにくいように剣の腹で放ったんだ。

 速度も重さも、そう簡単に見切れるものじゃない。


 そう自負していたんだが、やつはビビることもなく走り抜けてあっさりと躱しやがった。

 しかし、この技は続きがある!

 あえて剣の腹で放ったことで、そのまま地面に叩きつければ、土砂が噴き上がるんだ!

 土砂は石つぶてとなって、やつの足を狙う。

 剣閃とは違って、この石つぶての挙動は読みにくい。

 地面から飛んでくる石つぶては視認もし難く、避けづらいものだ。

 あまり威力は無いが、足に当たれば多少の機動力は削げる。


 だというのに……飛んでくる石つぶての隙間を抜けやがった?!

 間合いを取って躱すでもなく、石の間を抜けるとか、どれだけ目が良いんだ!

 いや、あいつは走り抜けたんだ……つまり、剣に背中を向けていたはずだ!!

 見ていない……見ずに石つぶてを避けたんだ。


 わたしの技を見切るのは良い。

 大振りな攻撃を、そのまま地面に叩きつけるところまでは、予測できるかも知れない。

 しかし、その先の石つぶて一つ一つの挙動など、そんなもの予測できるのか!?

 わたしなら予測できない。

 わたしの場合は石つぶてぐらい、当たっても問題ないから避けることも考えないのだが……

 こいつは素人とは思えない……


 だというのに、攻撃後に出来たわたしの隙を突いて攻撃をして来ない。

 少し遅れて、攻撃してきたかと思うと、どこを狙っているのやら……急所でなければ、関節でもない。

 護衛として、ナイフで相手を無力化するなら、狙うところが間違っている。

 しかも体重も載っていない。

 本当に攻撃の仕方は素人のそれだ。

 余裕があるのに、重心も安定していない状態で攻撃してくるとは……

 少し足を払ってやればすぐに転けそうなのだが……

 予想通り足払いは避けられた。


 わたしは彼女の回避と攻撃のアンバランスさに、違和感を覚えながらも、攻撃を続けた。


 そして決定的な瞬間が訪れる。



◆◇◆◇◆◇



 模擬戦開始早々から、シシイは本気だった。

 いや、プロとして稽古をつける意味で、加減をしているのかもしれないけど、素人の僕にはそれが全く分からなかった。


 放たれる一撃一撃が、重く、そして速い。

 当たったら間違いなく死ぬような……そこは、シシイを信じよう。

 魔法アシスト無しだと、見ることすら出来なさそうな猛撃が、何度も繰り広げられているが、スヴェトラーナはそれを避け続け、隙を見て攻撃を加えている。

 いや、正しくは、僕の目から見ると、何度かかすっているけれど、『物理防御フィジカルディフェンス』のお陰で、まるで受け流したかのようになっているはずだ。


 特に最初の、剣を地面に叩きつけてからの石つぶてによる追撃は、そんなものまで魔法アシストで予測できるのかと驚いたけど、細かいつぶてを避けきれるわけも無く、足に当たったけど逸らされていったように見えた。

 そんな危うい場面が何度か続いて、本職のシシイにスヴェトラーナの体力が敵うわけもなく、致命的な一撃をスヴェトラーナはナイフで受けることになる。


 斜めに振り下ろされた大剣を、スヴェトラーナはくぐって躱そうとしたけど、身体がついて行かず、片方のナイフでほぼ正面から受けると同時に、もう片方のナイフで大剣逸らせるように横から殴り付けた。

 大剣は抵抗することなく、するりとスヴェトラーナの横を通り過ぎて、地面にぶつかって止まる。


 シシイの目が完全に何かを疑っていた。


 これはヤバいか……

 そう思って、僕は静かに腰を浮かせた。



◆◇◆◇◆◇



 今のは当たったと思った。

 彼女に真っ直ぐと振り下ろした大剣は、彼女の見事なナイフ裁きで軌道を変えて、彼女に当たることは無かった。

 そして、わたしは大剣を地面ギリギリで止めた。


 いや、止めることが出来てしまったと言った方が良いか。


 彼女がナイフで軌道を変えず避けていれば、大剣を地面すれすれで止められることは無かった。

 それだけの膂力りょりょくを載せていた。

 だというのに、ナイフで逸らされただけで、その勢いが減ったのだ。

 この感覚は……シエナ村で感じた。


 試してみるか。


 そろそろ体力の限界に来ている彼女には、逸らすのも難しい本気の一撃で。

 ただ、恐らく、通じないであろうことを予想して。

 それでも、わたしはもう一度、更に速く鋭く大剣を切り下ろした。

 そして、その大剣は……


「この辺で休憩にしませんか?」


 いつの間にか間に割り込んだ、嬢ちゃんが片手で受け止めていた。


 ああ、やっぱり。

 この感覚は、あのボグダンと同じだ。

 圧倒的な筋力や硬い物で止められたわけじゃない。

 どこかに力が消えていった感覚。


 あいつの魔法なら、わたしの動きを全て予測することぐらい出来てしまいそうだ。

 わたしの常識を変えた魔法だ、そのぐらいのことはするだろう。

 問題は、嬢ちゃん達がなぜそんなことが出来るのかだが……

 その前に一つ、先に言っておかないといけないことがある。


 嬢ちゃんを真っ直ぐ見つめて、わたしは口を開いた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 シシイの表情から、何かすると思って、僕が近付いたとき、今までになく鋭い一撃が、シシイから繰り出された。

 当たっても大丈夫なのは分かってるし、その軌道も予測できるんだけど、スヴェトラーナに直接当たるのを見ているのはちょっと怖い。

 ネブンの時みたいに、簡単には死なないような鈍さなら良いんだけどね。


 ボグコリーナお嬢様は魔族で力持ちという認識なので、大剣を受け止めることが出来ても不思議がられないと思いたい。


 普通の人間ならそれだけで叩き潰されてしまいそうなシシイの剣戟を、僕は片手を差し出して受け止めた。

 『物理防御フィジカルディフェンス』をまとった手は、危なげなくやんわりと大剣を受け止め、その場に静止させた。

 素人でも、プロの傭兵の技を簡単に見切って止めてしまえるって、この世界の魔法は本当にチートだなぁ……


「この辺で休憩にしませんか?」


 息の上がっているスヴェトラーナをちらりと見てから、僕は大剣を掴んだままシシイに訊ねる。

 するとシシイは、大剣を引いた後、地面に突き刺して、僕をジッと見て口を開いた。


 やっぱり力持ち設定だけではダメか?


「すまん。嬢ちゃんの護衛に本気で斬り掛かっちまった。熱くなり過ぎた、本当にすまん」


 シシイがそう言って、申し訳なさそうに頭を下げてきた。


 おお、すごい!


 はたから見てたら、本気か本気でないかなんて、素人には分からないと思う。

 なのにわざわざバラすなんて。

 いや、だからこそ、シシイは言ってくれたのかも知れない。

 信頼関係を築くために、隠し事をしないように。


 こっちは言えないことばかりなのが、非常に心苦しい。

 解決したら嘘を全部明かさないとね。


「いえ、気にしないで下さい。シシイさんには、シシイさんの攻撃でわたしの護衛が傷付かない自信があったんですよね?」


 念のために確認しておく。

 本当に試し切りがしたかったわけじゃないと思うし、シシイは何かに気付いているようだったし。


 むしろ、こっちがどう言い訳するか考えないとな……


「同じ感覚を、シエナ村のボグダンという魔法使いを殴ったときに感じたんだ。どんな攻撃も見事にいなされて、無効化されるような感覚を……最初に見たときにそいつに似てると感じたし、嬢ちゃんはボグダンの兄妹か何かか?」


 やっぱり気付いてたか……

 最後の一回以外は、分からない程度にうまく躱してたと思ったんだけど。

 歴戦の傭兵ともなると、その一回で充分分かっちゃうのかな?

 予定通り、魔道具の力という説明をしておこう。


「秘密なのですが、シエナ村に寄ったときにボグダンさんから頂いた魔道具がありまして。その力のお陰なんです」


 自分のことを「さん」付けで呼ぶ気持ち悪さは無視して、僕はスヴェトラーナを呼んだ。

 そして、彼女の身につけているネックレスを引っ張り出してもらう。


「こんなものでその効果が出せるのか?」


「出せるから、秘密なんです」


 不思議そうにネックレスを眺めるシシイ。

 小さい魔石で魔法を使えることは、知られたところで真似できないとは思うんだけど……広まらないに越したことはない。


「あの常識外れなら出来かねないか……ま、あいつには世話になったし、これからまた世話になりに行くから、聞かなかったことにするけどよ」


 シシイは、やれやれと首を左右に振りながら、溜息交じりにそう吐き出した。


「とりあえず、どんな細工があったにしても、楽しませてもらったからわたしは充分だ。魔族でもないのに、見た目や雰囲気に騙されて、魔法で痛い目に遭う危険が知れただけでも、わたしとしては得られた物があるしな」


 スヴェトラーナに向けて笑顔で握手を求めるシシイ。

 それに対して、スヴェトラーナも嬉しそうにシシイの手を取った。

 シシイにお返しが出来たなら、僕も嬉しい。


「わたしも、シシイさんに楽しんでもらえたなら良かったです! もっとちゃんとお相手できるように、もっと戦い方を教えてもらいたいぐらいです!」


 やっぱり戦闘狂にしてしまったかな?

 自分の出来ることが増えて楽しいのかも知れないね。

 スヴェトラーナの進む道は今後考えるとして。

 結局、魔法である程度戦えることは分かったけど、第三王子に会う話は、まだ全く進んでいないんだけど……


「ところでシシイ……」


 さっきまで興奮状態でシシイの模擬戦を眺めていたイノが、ばつが悪そうに口を開いた。


「なんだ? 遠慮して物を言うようなお前じゃないだろう??」


 シシイもイノの態度が気になるのか、訝しげにイノへ問いかける。


 イノはおずおずとシシイの魔法剣を指さした。


「その魔法剣……欠けてるよ?」


「は??」


「え?」


 僕もシシイも、間の抜けた声を出してしまった。


 でも、確かに、イノが指し示す先を見ると、魔法剣の刃が一部欠け飛んでいた。

 恐らく、スヴェトラーナが避けきれずに、ナイフで捌いた時に欠けたのだろう。


 シシイの顔が徐々に驚愕に変わり、スヴェトラーナの顔が青ざめていく。


「強いイメージの魔法はどうなったんだ!!」


「す、すいません! わたしが模擬戦をしてしまったばかりに!!」


「いや、おまえさんは悪くないよ。わたしが手合わせしたいって言ったんだし、この剣を使ったのもわたしだ」


「でもでも、それはわたしの命より高い物です! 死んでお詫びしても足りないのです!!」


「何を言ってるんだ! そんなわけないし、そんなの意味が無いだろう。そもそも悪くないんだから何もする必要がないんだ」


「それでは、申し分けなさすぎて困ります。わたしには一生掛けて償うぐらいしか残されていませんが……」


「おまえさんは嬢ちゃんの護衛だろう? そんなことをしてもらうわけにはいかない」


 悪い悪くないという水掛け論が、平和的に始められてしまった。 

 シシイはスヴェトラーナを責めることなく、でもスヴェトラーナは自分のやったことだからとお詫びする方法を模索する。

 真っ当で誠実なのは良いことだね。

 度が過ぎると失礼になるから、責任者である僕が止めないと。


「シシイさん。とりあえず、金貨10枚はここにあります。これを受け取ってもらえれば話は終わりですが……」


 シシイは受け取る気はないだろうけど、まずは金銭的な解決策からだ。


 またシシイは、やれやれと首を左右に振ってから答えた。


「簡単にそんな額出すとは……嬢ちゃんは本当に嬢ちゃんなんだな。なら尚のこと受け取る気はないな」


「そう言うと思いました。ですから、ブリンダージ商会にクレームを入れに行きましょう」


 僕のこの答えに、シシイが今度は少し驚いてくれた。


「力は強いが大人しいと思っていたんだが……意外に血の気が多いんだな。良いぜ、どのみち嬢ちゃんらを連れて行く予定だったし、文句も言ってやろう」


 いや……はい……この期に及んで見苦しいことは言いません。

 第三王子に会う方向なのは覆しようがなさそうなので、喜んでお供します。


 目的は少し変わったけれど、結局シシイに、ブリンダージ商会へ連れ行ってもらうこととなった。


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