2-016 中央の女傑の影響力


 その早馬が着いたのは、この関所で一番忙しい時間帯だった。

 ここヤミツロ領と王族直轄地の間に設けられたこの関所は、他の関所より遙かに利用者が多い。

 だから、その通行者に対応すべく、役人の数も兵士の数の多い。

 管理が仕切れないほどに。


 早馬がもたらした情報は、他を差し置いてでも役人達に伝えておかねばならない情報だった。


 昨日、北の関所で不可思議な旅人が通ったそうだ。

 3人連れの旅人で、一人は男、二人は女だったという。

 陛下から直接呼び出しを受けている魔法使いで、武器も持たずに徒歩で旅をしていると言っていたようだ。

 身分もシエナ村という、名前も聞かない田舎村の村長の息子で、貴族扱いだとか。

 本人が村長ではないので、準第一爵デミマローといったところか。

 そして、その男は、税金の支払いに困っている商人を助け、その商人のキャラバンに乗って、ヤミツロ領に入ったと。

 彼は去り際に、応対した役人に対して、ある液体が入った水筒と共に、「ほどほどに」という言葉をかけていったとか。


 事実報告としてはここまでだった。


 事実だけを聞けば、人を助け役人にも施すような希有な人間で、ぬくぬくと育った世間知らずの坊ちゃんなんだろう、と思えたのだが……

 報告には事実とは別に、推測情報も付加されていた。


 くだんの旅人には矛盾が幾つもあり、旅人ではない可能性が高いと。


 徒歩で旅をしていると言ったこと。

 荷物が少なすぎること。

 武器防具を持っていないこと。

 名も聞かぬ村の出身であること。

 爵位は最低位であること。

 多くの金貨を持っていたこと。

 役人に金品ではなく水筒を渡したこと。

 役人に対して「ほどほどに」という言葉をかけたこと。


 これらから推測される件の人物の正体は──中央の検使。

 すなわち、領主が遣わした調査役で、関所で行われていることを検分しに来たのでは無いか、ということ。

 恐らく、通過税を上げる通達がされた為、それが実際にどの程度運用されているか計るために、送ってきたのだと思われる。

 だからこそ、旅人はこれらの特徴だと言える。


 徒歩で旅をしていて、武器防具を持っておらず、身軽で少人数なのは、関所を通る他の者が審査されているのを、気付かれずに盗み見るためだろう。

 田舎者の世間知らず貴族を名乗り、ある程度金を持っているのは、我々役人の金に対する本性を引き出すためだろう。

 つまり、通行人を装い、我々の行動を監視して、更に自ら審査を受けることで、中央への報告の相違が無いかを調べているのだと思われる。

 そして終わりには、飲み物を渡し労いをしつつ、あまり羽目を外しすぎるなという意味合いで忠告を与えると。


 しかも、その飲み物も、最近プラホヴァ領で噂になっている「ポーション」というから驚きだ。

 他領への諜報活動も行い、新しく現れた価値のある物を入手して、恐らく関税をかける対象とすべきか調査していると思われる。

 仕事熱心なことだ。

 その貴重な物を我々役人に渡したのは……効果の程を調べるため──いわゆる実験台だろう。

 実験台にされることに良い思いではないが、報告によれば、実際に疲労が回復したというのだから、運が良かったというものだ。


 そしてわたしが、中央の検使が来るかもしれないという情報を、全ての役人に掻い摘まんで伝え終え、持ち場に戻ってきたところで、外が騒がしくなった。

 ようやく一息つけると思ったが……

 早馬の情報があるからか、胸騒ぎがしてならない。

 徒歩というなら、まだここまでは来られないと思うのだが……



◇◆



 わたしが着いたときには既に遅く、尋問室には同僚達が床に転がっていた。


 同僚達をした者を見れば、世間知らずのお貴族様を体現したような、見事な美貌の女性だった。

 これは油断するだろうし、良いカモだと思うだろう。

 罠としては最高だ。

 だからこそ、先に情報を伝えたというのに……


 いやしかし、確かに3人連れだが、女3人だ。

 この内誰かを男と見間違うには無理がある。

 年齢は違いがあるものの、3人とも美しく、同僚達が先走ってしまうのが理解できてしまうぐらいに、女性の魅力があった。

 これは、もしかして、本当に世間知らずのお貴族様一行だったのか……?


 倒れている一人を叩き起こし事情を確認すれば、微妙に違和感のある素性で、中央の検使と思えて仕方がない。

 過敏になっているだけか……或いは検使が二組いたか。

 それなら納得がいく。

 北の関所に現れた検使とは別の、もっと優秀な検使の可能性がある。


 ここは王都側の利用者が多い重要な関所だ。

 だからこそ、北に比べて、より検査が行いやすいよう計らうのではないだろうか。

 つまり、ここに来た検使は、言うなれば普段の行いをより誘いやすい、甘い罠を纏った検使だったのではないか?

 これ以上対応を間違えては、本当の意味で首が飛ぶかもしれない。

 慎重に、丁寧に事を進めねば。

 そして、早くここから去って貰わねば、更に問題を露呈してしまう。


 そう思って、わたしは3人の旅人・・を早急に通すことにした。



◇◆



 美しさとは裏腹に、恐ろしい女性だった。

 見るところは見ていて、痛いところを突いてくる。

 更には、しっかり脅しまでかけてくる。

 まさに女傑と呼ぶに相応しい。


 まず、褒めて機嫌を良くして誤魔化そうとしたのだが──


「彼らは慣れている感じがしましたけど?」


 なびくことなく、同僚達の行動を指摘してきた。

 同僚達が搾取することに慣れている、と思われては、上からの取り立ては更に厳しくなるだろう。

 充分に得ているのだからもっと寄こせと。

 尤もらしい納得できる言い訳をすれば──


「彼らが罪を犯してはダメなのでは?」


 正論で返してきた。

 被害に遭うはずだった本人に言われては、言い逃れも出来ない。

 同僚達が罪を犯していることがバレれば、かね以外の部分でも搾取して快楽という報酬を得ていると判断されるだろう。

 そうなると、間違いなく金品は上納しろと言われる。

 言い逃れが出来ないなら、ここは今回のことは素直に罪を認めて、同じことは起こさないと言えば逃げ切れるか──


「他の者がこの関所に送られてくるだけ、か……」


 脅してきた!

 お前達を始末して違う役人を送り込んでも良い!

 これはもう、慈悲を、ただただ慈悲を乞うしかない。

 あれだけの同僚を気絶させておいて、ドレスに傷はおろか裾1つ汚していないのだ。

 相当の手練れで、ヤルと言ったら簡単にヤレル人達だろう。


 今いる者達なら慣れているから、しっかりと搾取できる。

 つまり、安定して税収を得られるというもの。

 新しく来る者にはそれが出来ないはずだ。

 そういう経験の差をアピールして、見逃して貰うしか──


「ほどほどにしておいて下さい」


 北の関所で言ったのと同じ言葉と共に、同じように水筒を渡してきた。


 助かった……

 中央に隠す量は、ほどほどにしておけということだろう。

 これは少しは見逃してくれると言うことだ。

 慈悲深い。

 ただ次からは、あまり目立ったことをしていると、容赦しないということだな。


 そして、今回分かったことは、少なくとも中央の検使は二組以上いて、非常に優秀であること。

 今まで見たことがなかったが……

 中央も上納額が下がっているのを見て、本腰を入れてきたのだろう。

 これは早急に、対策が必要だ。


 課税対象とその徴税額を記録する必要がある。

 中央の検使が来たら、まずはその帳簿を見せて仕事ぶりを確認して貰う。

 それだけで済めば良いが……

 検使達の今回の行動を考えれば、女に手を出すのは危険だろう。


 証拠は残らないが、いざという時に歯止めがきかないのと、次は検使達がもっと巧妙で確実な手を使ってくるだろうということ。

 美貌をチラつかせて本性を出させるぐらいだ、次はきっと、どこかで女奴隷を買って来て先に通させて、その様子を見るぐらいのことはやってくるかもしれない。

 近くに女遊びでも出来るところがあればな、抑えられるだろうに……休みを取らせて王都に遊びに行かせるぐらいすれば、何とかなるか。

 この案をまとめて話し合わねばな。


 こうして俺たちは中央の検使の対策を進めた。


 これによって、関所の利用者が増えることになるのだったが……

 それに気付くのはもう少し先の話。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 ボーグったらやっぱり本当の神様の使いだったのよ!!


 国王陛下からお呼ばれしたことも少し驚いたけど、これはボーグの魔法のことを考えれば、いずれ訪れる未来だったの。

 でも、神様と会ったと言われたことには、ビックリしたのよ!

 今まで神様とは関係が無いって言ってたのに……神様から伝えて良いってお許しが出たのかな?

 だからなの? ボーグが本当の神様の使いだからなの?

 女装したら、あんなに綺麗でかっこ良くなるなんて!?

 もう、わたしの頭の中には、最高って言葉しか浮かばなかったわ!


 わたしってもしかしたら……村で色々あったから、女の人が好みになったってこと……?

 いいえ、違うわ!

 あれは、ボーグが男の人だって分かってて、その上で女性として完璧だから、より素晴らしいって思えるのよ!

 もしあんなに美しくてカッコいいボーグに迫られたら、わたし……わたしっ、ああっっ!

 こんな素晴らしいこの気持ちの名前が知りたいわ!

 きっとこんなに美しいんだから、綺麗な花の名前が付いているに違いないわ。


 神様の話とボーグの女装が衝撃的すぎて、あまり村を出てからのことを覚えていないけど……

 目的地の王都まで、もう一日もかからないぐらい近くまで来たけど、これといってここまで来られたのよね……?


 あ、でも、これは覚えてるわ。

 ボーグはいつも優しいし、褒めてくれるし、頭撫でてくれるけど……メイクって魔法を使った時に、面と向かって可愛いって言ってくれたのは嬉しかったなぁ。

 やっぱり、直接言ってもらえるのって嬉しいと思うのよ。

 そんなボーグに、何か少しでもお返しできるようにならないとダメよね?


 そう思ったから、役割を与えられた妹に全力でなりきってみたけど……やっぱり、頼れるお姉ちゃんって良いわよね!

 ボーグは魔法で何でもこなしちゃって、闘ってもホントに強いから、カッコいいを通りすぎて、ホントにお姉ちゃんなら良かったのにって思っちゃった。

 昔からわたしも妹に頼られっぱなしで……もちろんその世話をしないとダメだと思ってたから、別に苦しいって思ったことはないけど。

 妹から見るとこんな感じだったのかなって思うと、ちょっと甘えたくなっちゃうのよね。

 不思議なものね。


 どんなに頼りになるお姉ちゃんでも、甘えてばかりではダメ。

 お姉ちゃんでも苦しいときはあるのよ。

 だから、ボーグが困っているときにこそ、役に立てるようにならなくちゃ。

 まずは女性貴族としての作法よね。

 一緒にコンセルトさんから作法を習ったとは言え、一夜漬けではやっぱり自分の分しか身に付かないものだもの。

 しっかりサポートして、ボーグを王子様にも認められるような一人前の女性にするわ。

 ああ、でも、これ以上完璧になられたら、わたしわたし……触れられただけで溶けちゃうかもしれないわね。

 なーんてね。


 そして、今はまた空の上。

 ボーグは遠くに見える王都を見つめながら、浮上船を走らせてくれている。

 夕日に照らされたボーグの横顔は、いつもと違って女性にしか見えない顔だけど、その輪郭は変わらないみたい。

 佇んでる姿は、確かにいつもと変わらずわたしの旦那様。

 それを見つけて、わたしの頬は緩むのだった。

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