1-012 領主の興味



 城の中庭に出て、わたしは暑いと感じた。

 そろそろそんな季節なのか。


 特にのんびりしていられるこの時期は、少し季節の進みが曖昧になる時がある。

 わたしが領主をする前からプラホヴァ領の収入は安定しているため、春の行事が終わった今はそれほど忙しくない。

 こんな風に過ごしていられるのは、ご先祖様がこの地で純度の高い魔石を発掘されたことにある。

 大きく純度の高い魔石は高値で売れる。

 だからこそ、領の収入が安定しており、高い税を取る必要も無いわけで、他の領に比べて犯罪も少なく済んでいる。

 全く、この地を守ってこられたご先祖様に感謝せねばならんな。

 それはそれとして、こう暑くなってくると、そろそろ避暑に行きたくなる。


「コンセルト、そろそろ言われてるか?」


 わたしは傍らに控える家令へ、何と告げずに質問した。

 わたしとほぼ同い年で、長くこの屋敷で働くこの男なら、これで分かるはずだ。


「はい。ご夫人は先日、いつものところに行きたい、と仰っていました」


「そうか……全く飽きないことだな……出掛けて問題はあるか?」


「先日の嵐で山崩れがあったと聞いております。場合によってはシエナ村も影響があるやもしれません。調べに出させますか?」


 ああ、確かに数日前の嵐は酷かった。

 領都でも死者は出なかったが、木々が倒れるなどいくつか問題があった。今は落ち着いて、いつもの日常を取り戻しているが。

 何か悪いことの前触れではないかと考えてしまうが……


「わざわざ調査を出すほどでも無いだろう……毎年のことだから、向こうも承知だ。それで、既に準備はしているのだろう?」


「はい、夫人からめいを受けましたので」


 この男は……その前から準備をしているであろうに……


「しかし、なぜあの村が良いのだろうな?」


 ビータも伯爵夫人──貴族統合後の言い方では第三爵ポルトカリュー夫人だというのに、何が好きなのか、避暑にはあんな田舎の村に行きたいと言いよる。

 この国にある避暑地はあそこだけでは無いのだが……


「分かりかねます」


 家令が律儀に答えを返してきた。


「気にするな、独り言だ」


 わたしもあそこの村長とは気が合うので、気兼ねなく行ける場所ではあるが、無理していくような場所ではないし、わざわざ人員や資金を投じて、街道の整備を急がすほど重要なところではない。

 わたしとしては別の場所でも良いのだが……たまには他の場所にも行ってみたい。

 しかし、想像だけであれを説得するのは面倒だ。

 山を登ってみて山崩れで進めなくなれば、あれも別の場所で納得するだろう。

 ふむ。ならば、調査はせずに直接見に行くのが良いだろう。


「やはり調査はせずに出掛ける。出発の準備を」


「承知致しました」


 荷物の用意や馬車の準備は済んでいるのだろうが、留守にするので使用人達の引き継ぎがあるだろう。

 待っている間、木陰の涼しいところで過ごそう。


◇◆◇◆


「なんとかなんねえのか!?」


 バカ息子の喧しい声が聞こえてくる。

 馬車に揺られているといつもこうだ。我が領の収入が安定しているから好きにさせているが、あいつは欲望のままに生きておる。我慢が足りん。

 向こうの馬車にあれと一緒に乗っている侍女達は大変だろうな。着いたらねぎらってやらねば。

 ただ、嵐で以前にも増して街道が傷んだのか、3日も馬車に揺られていると腰が痛くなってくる。

 そう言えば残念なことに、山崩れがあったのは山の東側で、今のところ街道が通れなくなっているようなことはなかった。

 ここまで来ておいてこの先で崩れていて、引き返すなんてことになったら、それはそれで面倒なことになりそうだ……

 そんなことになれば、麓の町で息子が退屈しのぎの為に買った、奴隷の命が残れば良いが……使用人達の受けも良くないから、息子には自重してもらいたいところだ。


 もうそろそろ日も傾く。

 先ほど野営地を探しに騎士の一人が先行した。

 例年通りなら、この辺りに空けた場所が有ったはずだ。


 などと考えていると、いやに静かになった。

 前に座るビータも不思議そうに首を巡らしている。


「止まった……訳では無いな。景色は流れているな」


 ガタガタという音が止み、息子の声も止み、腰を叩いていた揺れも無くなった。


「どうした?」


 すぐ隣で馬に乗っている騎士に声をかける。


「はっ! 先ほどから街道がキレイになりました!」


 は? 街道が『キレイ』に?

 こんなあまり使われない田舎の街道がか?

 しかも、ここまでは腰が痛いほどデコボコだったのにか?

 ここ数年、整備の命令をした覚えもないが……


「確認する。止めろ」


 御者に告げるとすぐに馬車は止まり、横に座っていた家令が扉を開けて滑るように外へ出た。

 そのまま外に立ち、扉を開けたまま押さえている。

 だが、この男にしては珍しく、わたしの方を見るのではなく、進行方向を見つめ驚いた表情を一瞬浮かべた。

 一体何があるというのだ?


 馬車を降り地面に足を付けて、その瞬間から違和感を感じた。

 足が軟らかい土の感触を受けたと思ったら、すぐに石の上に置いたような硬い感触に変わった。

 しかしながら、足下を見ても土をしっかり固めたような見た目だ。

 少し蹴ってみても、全く削れることがない程の固められ方だ。

 なんだこれは?


「あなた? はしたないですよ?」


 ビータが扉の前に立ったわたしに注意してきた。

 蹴って地面を確かめたことを言っているのだろう。

 同行している面々で、そんなことをわたしに言えるのは、ビータか家令ぐらいなものだが……降りてみればわたしの行動を理解するだろう。

 だから、わたしは無言で道を空けて、手を差し出した。

 わたしの手の上にビータの小さな手が載せられる。


 わたしは、夫人をエスコートするのは家令や侍女ではなく、主人の務めだと思っている。

 何せ妻が嬉しそうな顔をするのだから。


 そして、ビータは馬車を降り、地面へ足を付け──わたしと同じ行動に出てしまった。

 はしたないのではなかったか?


「わたしは元ただの町娘なのだから、仕方がないですわ」


 どこか戯けたような表情で、ビータはそう宣った。

 生まれながらにして貴族のわたしとは違うと言いたいようだ。


「でも、これは何なのでしょうか?」


 ビータの質問に応えるすべもなく、お互い周りを見渡し、手が届きそうなほど近くを通る川を眺め、また街道へと視線を戻す。


「わたしにも分からん」


 少し街道の先を眺めていると、 野営地の調査に向かっていた騎士が帰ってきた。

 馬が蹴っても土が削れないとは、どんな固め方をすればこうなるのか……


 騎士が馬から下りて、困惑した表情を浮かべながら家令へと報告をした。


「や、野営地になりそうな場所を見つけました……!」


「どうした? 何か問題があったか?」


 わたしが質問するよりも早く、家令が騎士へ声を掛けた。


「い、いえ、問題と申しますか……問題なさ過ぎると申しますか……」


 どうにも歯切れが悪い返事だ。

 こんな対応では有事の時に困るのだが……


「ハッキリと答えないか! 何が気になっておるのか!!」


 騎士隊のリーダーが、苛立ちを露わに怒声を放った。

 そして、申し訳なさそうにわたしの方を見る。

 指導不足を詫びているのだろう。


「申し訳ございません!! 野営に向いた空けた場所を発見しましたが、余りにキレイに整いすぎているので困惑しておりました!」


 また『キレイ』か?


「お前──」


 尚も声を上げようとするリーダーを、わたしは手で制する。


「よい。この街道の状態といい、不可解なことが多過ぎる。見てみれば分かることもあるだろう。危険の有無は確認したな?」


「は、はい!! 辺りに野獣やモンスターの気配は感じませんでした。また、そこにあった建物に、シエナ村村長と記載されたメッセージがありましたので、安全だと判断しております」


 シエナ村の村長?

 あの寂れた村に、村の外のことをするほどの余力は無いと思うのだが……


「報告ご苦労。馬車を進めてくれ」


 そう命令し、わたしは馬車へと乗り込んだ。

 そして、ビータを引っ張り上げることは忘れたりはしない。


 すぐに馬車は滑るように発車し、程なくして今日の野営地が見えてきた。


「確かにキレイすぎるな……」


 空けた場所には、どうやればここまで均一に出来るのか分からない程に、整った芝生が広い範囲に生えており、その広場の中央にはこれまたキレイな煉瓦造りのガゼボが建ててあった。

 2・3人で使う普通のガゼボとは違い、数十人は入れる大きさだった。

 丸い屋根が特徴の北方の寺院と言われても、納得してしまいそうだ……


「こちらです」


 発見した騎士にくだんのメッセージが書かれた場所へ案内された。


『野営や雨風を凌ぐためにご利用下さい。

 占有や住居にすることはご遠慮下さい。


 旅の疲れはシエナ村の温泉へ。

 シエナ村はこのまま山を登って一日ほど。

        シエナ村村長 ダニエル・シエナ』


「いくつか不可解な点はあるが……罠では無さそうだな……」


 露骨な言い方をすれば、罠にしては余りにも金がかかりすぎている。もし罠だとしたら、この建物で無防備に休んでいくキャラバンを襲ったところで、一生かかってもこの建物の元が取れないだろう。

 重要人物を罠に掛けるとしても……こんな人が通る確率の低い場所ではなく、もう少し利用される街道を選ぶだろう。

 しかし、罠で無いとしたら、メッセージに書かれたとおりの目的になるが……ここまでの建物をシエナ村が建てられるか……?

 それに、温泉というのが気になる……シエナ村にそんなものは無かったはずだ。

 あとは、どうでも良いが、村長のメッセージにしては丁寧過ぎるというかへりくだり過ぎている。貴族の末席とは言え第一爵マローなのだから命令形で書けば良いし、最後は爵位を書く方が、安心感や威圧感を与えるために有効だろう。

 村の宣伝をするためだと言われれば、あり得ないこともないか……


 妙に噛み合わない文章に違和感を覚えながらも、わたしはこの場所を野営地として準備をさせた。

 野営するための便利な道具も揃っており、自由に使って良いようだった。

 建屋と同じく、自分の物にすることは禁止されていたが……野党の類いが目ざとく見つけたなら、確実に盗まれるだろうと思う。

 不用心というか平和ボケしているというか……山奥の村で暮らしていると危機感というものが無くなるのだろうか……?

 シエナ村に着いたら、少し言い聞かせておかねばならんな。


 その夜は野営だというのに快適に過ごすことが出来た。

 こんなに快適なら野営も悪くない。

 建物があるのだから野営とは言えないのかも知れないが……


◇◆◇◆


 野営地を出るときに、バカ息子が道具を持ち出していて少し騒ぎになったが、それ以外は問題なく、残りの行程を移動することが出来た。

 領主の息子だというのに、盗みを働こうとするなど情けない……やはりバカ息子に領を任せるなど到底出来ないな。コンセルトのせがれを見習って欲しいものだ……彼はバカ息子と同じ年にも関わらず、我らが留守にする間の領主代行をさせられるだけの実力が既にある。家令としてどこに出しても恥ずかしくないほどだ。領主の補佐でも代行でも問題なく任せられる。

 だというのに、なぜ息子はこうなってしまったのか……

 また腰の痛みが帰ってきて、答えの出ない思考は中断された。

 街道がキレイだったのはガゼボのあった付近だけで、また、荒れた街道をほぼ一日進むことになってしまった。

 本当に温泉があるなら、早く浸かって休みたいものだ。


 シエナ村が近付き、そんな考えも腰の痛みも忘れるほどに、目の前の光景に驚いてしまった。


 この村に何があったというのだ?


 村に入ってすぐの場所で、湯煙を上げる温泉を見上げていると、村長ダニエルが家族と使用人を連れて出迎えにやって来た。

 妙に遅いと思ったが……村の手前で出した先触れが先ほど帰ってきたことを考えると、先触れの騎士も任務を忘れてこの光景に魅入ってしまったのかも知れないな。

 それほどに衝撃的な光景だと思う。


「今年も我が村へお越し頂き嬉しく思います」


 ダニエルは膝を突きながら、わたしの訪問を喜ぶ言葉を投げ掛けてきた。

 本当は面倒だと思ってたりしないだろうか?とつい思ってしまう。

 もちろん、そんな顔をダニエルが表に出すわけが無いし、何かと息子の苦労話で気が合う間柄なので、そんなことはない。

 毎年、酒を飲みながら愚痴を言い合うのが、この村でのわたしの過ごし方だ。

 だが、今年は少し違いそうだ。


「よい。わたしとお前の仲ではないか、社交辞令もそのぐらいにしておこう」


 わたしは目を光らせて、立ち上がるダニエルを見つめる。

 今年は愚痴よりも先に聞きたいことがある。

 そして、彼も話したいことがあるようだ。


「色々とお話を……と申し上げたいところですが、長旅お疲れでしょうから、まずは先日開業しました温泉でゆっくりして頂ければと存じます。特別室を用意させますので、そちらでお話もさせて頂ければ──」


 まずは温泉に入れというのか?

 周りを見回してみれば、入りたくてうずうずしているビータと目が合った。

 騎士達も視線は温泉に向いている。

 唯一家令のコンセルトだけが、ダニエルを──いや、まだ片膝を突いたままのダニエルの息子を見ていた。

 それが少し気になったが……ビータに小突かれてしまったので仕方がない。


「そうさせてもらおう。まずは半数を馬車に残していく。選任はコンセルトに任せる。順次交代するように。ではダニエル、案内を頼む」


「承知致しました! では早速」


 ダニエルは満面の笑みを浮かべて、鼻歌でも歌いそうなほどご機嫌にわたしの先導を始めた。

 わたしは、ビータの手を取ってエスコートしながらダニエルの後に続いた。


 ここから見える温泉も既に洗練された造りをしているが……特別室とは一体どんなものか……野暮ったい田舎だと思っていたが、意外に侮れないのか?

 それとも、優秀な人材が村に来たのか?


 少し興味が湧いてきたな。

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