1-010 エルフは魔法の知識が好物なようで


 エルフ師匠って……僕の思ってたエルフと違う……


 そう思ってラズバン氏の方を見ると、彼は溜息と共に口を開いた。


「普段はこんなんじゃないんだがな。魔法のことになると、恥も外聞も無く知識を得ようとするんだ……それだけ、6色目と虹色は特別な魔法と言うことなのだ」


 そんなもん、なんだよね……最近は息するぐらいに自然に極術も統術を使ってるから、その凄さが僕の中ではどんどん薄れて行ってる……でも、誰も使える者がいない級の激レア魔法なんだよね。


「お話は出来るのですが……なにぶんアーティファクトが教えてくれる知識ですので、僕も理解していない部分が多々あります。まずは飲み物でも飲んで落ち着きましょう」


 こう言っておけば余計な追求も回避出来るだろう。

 だから、いつもの調子で僕は飲み物を──そう、いつものレモン水を、いつものように精製したコップに入れた。


「な、何だそれは! いや、何ですかそれは!? コップが突然! しかも水まで!!」


 いや、コップはともかく、水の精製はこの世界の属性観念でも、水魔法として存在するでしょうに……

 感情が昂ぶりすぎてて、僕が魔法を使ったり魔法の話をしたら、何でも驚きそうな気がする。


「集中も詠唱も不要とは! 300年ほど使い続けた魔法で、ようやく出来てきたところだというのに!!」


 年のスケールが違う……

 やっぱり魔法を使うには集中や詠唱が必要なんだね。

 僕は必要としないんだけど、この魔法の使い方の差は何で出るのだろうか? 転生特典で片付けて良いのかな……聞かれたら答えられないけど。


「まあまあ、とりあえず落ち着きましょう。自己紹介がまだでしたね」


 僕は名前と仕事を告げて、エルフ師匠へ簡単に挨拶をする。


「おお! すまない。わたしは原初ヴラシエイの森に住むエルフ、ディシプリウス・ティートゥスと言う。親しい者はディティと呼ぶ。是非ともボグダン様にはディティと呼んでもらいたい!!」


 なんかもううるさいぐらいなんだけど……なんというか、面倒くさい。


「それなら僕のことはボーグと呼んで下さい。様付けは無しで」


「む、むう……し、しかし……せめてボーグ殿ぐらいで……」


 なんで残念がってるかな?

 どんどん僕のエルフイメージが崩れていくんだけどー? ホントにエルフなんだよね……?


「あ、そういえば、ラズバンさん。お酒とても美味しかったです、ありがとうございます」


 前に貰ったお酒は、開院したときにミレルと一緒に飲んでしまった。美味しかったのですぐに無くなってしまった。

 そして確かそのお酒は──


「ああ、あれはこの師匠が作って下さった物だ。礼なら師匠に言ってくれ」


 ラズバン氏が照れながらエルフ師匠へと話を振る。

 それを聞いたエルフ師匠がキリッと表情を引き締めて、途端にどや顔になる。


「あの酒は旨いだろ。100年ほど前に作って、しっかり熟成させていた物なのだ。あれは魔法を使ってないからな、まともに飲める代物だぞ!」


 魔法を使ったら飲めなくなるのか!!

 魔法が得意というエルフイメージまで削られてしまった……

 しかし、さすがエルフ、熟成期間が長い。

 見た目と寿命はイメージ通りなんだけどな……

 そう思うと、その容貌に視線が行ってしまう。


「なんだ? わたしの顔がどうかしたか?」


「いえ、やはり耳の尖り方がカッコいいなと思いまして……」


 そう言うとエルフ師匠は少し頬を染めた。


「そ、そうか? 初対面でそう言ってもらえると、やはり嬉しいな」


 え? 何その反応?

 まるで、好きですって告白されたみたいな照れを感じるんだけど……?

 戸惑いながらラズバン氏に視線を送る。


「ボグダン君は知らないみたいだが……エルフという種族は人間から見ればみな見目麗しく見える程に整った顔立ちをしているだろう? なので、エルフの間ではあまり差の出ない目鼻立ちというのはあまり気にされず、特徴の出る耳の形を一番重要視されるのだ。それでその人の評価が簡単に変わるほどにな。だから、エルフは顔を褒められたところで何とも思わないが、耳だけを褒められると大変喜ぶ種族なのだ」


 説明ありがとうございます。

 じゃあ、たまたま僕は正しい褒め方をしたわけだ。

 でも、それならお世辞とか思わないのか?


「原初の森のエルフは、事実は事実と受け取る者がほとんどだ。だから、わざわざ世辞を言うようなエルフはいないのだ。世辞を言う人間はその慣習を知らない。だから素直に受け取られるたのだよ」


 そういうものなのか……でも、良いことを教えてもらった。次エルフに会ったときに失礼なことをせずに済みそうだ。

 この世界の常識を知らなければ世界の住民に嫌われてしまう、って転生神様にも言われたしね。


「そ、それよりも魔法の知識を!!」


 あー、はいはい。

 とはいえ、何を教えたら良いのか分からないな……この世界に科学知識を広めるのは、世界を大きく変えることになってしまいそうだから、出来れば避けたいんだけど。


「その前に聞いておきたいんですが、賢者の宝石ルビジュードサージュが知識を与えてくれる、と言うのはよく知られているのですか?」


「ん? そうだな。エルフの間では常識と言って良い程度には知られているな。他の伝説級アーティファクトも同じで、エルフの知識を持ってしてもそのアーティファクトに認められる者はほぼおらず、認められた者は無限の知識が得られると言われている」


 認められる者はほぼ居ないのに? 僕の持ってる白猫と黒猫と同じように、認められるために特殊な知識が必要とされるなら、元々転生者みたいにこの世界にない知識を持ってたんじゃないのかな……?


「その知識の与えられ方については……?」


「なにぶん認められた者がほぼおらんので、明確にどんな方法か書かれた書物は残っていないが……膨大な情報から自分で見つけ出すような──言うなればこの村が埋まるほどの書物から知りたいことを探すようなものだとか」


 それ……欲しい情報が探せるの……?


「それを探し出せるほどの能力がある者にしか使いこなせない、という事なのではないかと解釈している」


 んー……インターネットで検索の方法を知ってるようなものかな?

 知らなければインターネットの文書量に、ネットは広大だわ、と言いたくなること間違いないね。


「分かりました、その知識を一度覗いてもらいましょう」


 魔法を魔石に登録すれば誰にでも使えるんだから、魔法ランクの足りない人も僕を通して、統術を使うことが出来るはずだ。万が一流出したときが危険だから、魔石化するのは止めておきたい。

 確かアーティファクトには、その人の適性を調べるためにお試しで使う機能があったはずだし。

 起動しているところにアクセスして貰えば、エルフ師匠にも覗いて貰えるだろう。


 ごくりとエルフ師匠の喉が鳴った。

 魔法が得意なエルフも到達していない場所へ踏み入ろうとしているのだ。期待と不安から緊張した面持ちにもなるだろう。


「ラズバンさんも試してみますか?」


「い、いや、オレは遠慮しておこう……未知過ぎて正直怖い……」


 慌てて首を左右に振るラズバン氏。

 未知を恐れるのは賢明だと思う。師匠がどうなるか見てからでも遅くはないし。


「では、ディティさん、行きます」


 エルフ師匠がゆっくりと頷いたのを見てから、僕は統術『魔法辞書検索サーチディクショナリー』を起動した。


「ん……? 何か変わったか?」


 発動した感覚は伝わらないのかな……?

 それなら、一度僕がトリガーをかけてみよう。


「では、光灯ライトを調べます」


 いつも通り知りたい単語を思い浮かべる。

 すると、いつも通り魔法の説明が頭の中に流れ込んでくる。


「うぉぉ!? なんだこれは?! ぐっ……! こ、この感じは、古代ヤパニャ言語か!? ぬぅ……何を表してるんだ!!」


 エルフ師匠が頭を抱えて突然呻きだしてしまった。

 もしかして読めないのかな? 勝手に翻訳されてると思ったんだけど……元日本人の僕が分かりやすいように翻訳されてるなら読めないかもしれない。


 翻訳魔法を同時に発動してもう一度試してみる。


「なんと! エルフ語に翻訳された! 読める、読めるぞ!!」


 エルフ師匠のテンションが上がりまくってるけど、目潰しを喰らって建物の崩壊に巻き込まれたりしないよね?


「しかし、聞き慣れない言葉が多くて理解が難しいな……」


 え? そういうもんなの? 彼の母国語であるエルフ語に変換されたのに分からないって……ゲーム用語とか混じってたりするからそれかな……?


「よし! それならわたしも基本的なことを調べてみるぞ!! 魔法だ! 魔法とは何なのだ!!」


 あ……それやっちゃうと……

 静止する間もなく、目眩を覚えるほどの情報の奔流が始まる。


「ぐぁぁぁっ!? な!! 凄いっ、情報っ、量だっ!!」


 頭を押さえながら必死にエルフ師匠が読もうとして……片膝を突いた。


「こ、これが知識!! あぁっ! あぁん!!」


 ちょっ! なんか楽しそうに悶えはじめたんだけど……


「そんなにぃっ! いっぱいぃ、入らないよぉぉーーっっ!! んほおおぉぉーーーー!!!!」


 見目麗しい美青年が怪しいことを宣いながら、悶えに悶えたと思ったら、目を回して倒れたんだけど……それを見て興奮するような趣味が僕にはないので、ただただドン引きしている。

 目をピクピクさせながら失神しているエルフ師匠から視線を逸らし、ラズバン氏へ視線を送ると、師匠の体たらくに頭を抱えていた。


「はぁ……魔法の知識のことになるとこれだから……」


 あ……こういうの初めてではないんだ。

 今日はイリーナがいなくて良かったよ。子供にこんな姿見せられないよね。

 ホントにこの師匠は、僕のエルフ感をことごとく壊してくれる。

 元の世界の余計な偏見を持って接するのは良くないとは思う。でも、この師匠がエルフの代表って考えるのはもっとダメな気がするんだけど?


「エルフというのが知識欲が強いのは共通だ。ここまで酷いのはそうそういないと思いたいが」


 どことなく希望の混じっている物言いだけど、エルフの里を見てきたラズバン氏がそう言うって事は、紛れもない事実なんだろう。

 次にエルフに会ったときは気をつけよう。


「ボグダン君、すまないが今日のところは終わりにしておこう」


 申し訳なさそうな顔でそう言うラズバン氏に、気付け用の飲み物を渡して、僕はランプ工房を後にした。

 これ以上イメージが壊れることが無いぐらいの衝撃を受けたので、次会うときは大丈夫だろうと思いたい。


◇◇


 エルフ師匠との邂逅が終わったので、当初の予定だった温泉へ行くことにした。

 時間は既に夕方。

 当然のことながらキャラバンの人たちはすでに上がっており、直接感想を聞くことは出来なかった。


 なんか疲れたから、広い湯船に浸かってゆっくり休もう。


 水槽前の水着混浴エリアに作った、一番大きな湯船の端に浸かり、縁に頭をかけて手足を伸ばし全身の力を抜く。


「ふぅー……」


 気持ちが良いと声が漏れるね。

 1日の仕事が終わる時間帯なので、それなりに周りに人はいるけど、温泉は広く湯船の種類も多いので、全く狭さを感じることはない。


 近くに人も居ないし、お湯の気持ち良さを堪能するために僕は目を閉じた。

 お湯が身体を温めていく感覚だけを考え、脳をリラックスさせる。

 身体の緊張がほぐれ行くのが、実に気持ち良い。


 なんて思っていると、いつの間にか、ざぶざぶという水音が近くで聞こえた。


「ボーグ? なんか疲れてる?」


 ん? ミレル?

 目を開けると、目の前に水着姿のミレルが居た。

 畑仕事を終えて温泉に寄っていたようだ。


 水着姿のミレルをじっくりと眺めて、僕は一つゆっくりと頷いた。

 転生前は考えられなかったような、とても嬉しくなる光景だ。

 水着姿の可愛い女性が声掛けてきてくれて、しかもそれが嫁さんだなんて。

 そして、最近ずっと近くにいた人が、今日は朝から居なかったことを実感した。

 こういうときって、無性に愛しくなるね。

 決して彼女が水着姿だからって興奮しているわけじゃない。


 ちなみに、お風呂用の水着は全て、『水着精製みずぎせいせい』っていう名前の魔法があったので、僕が魔法で精製しておいた。

 一般客には受付でシンプルなデザインの水着をレンタルしていて、僕と面識のある人には専用品を作って配ってある。

 ミレルの水着は本人の望みで、タンクトップとショートパンツを合わせたタンキニタイプだ。露出は少なめだけど……僕の嫁さんは何を着ても可愛いので問題ない。

 しかしこの魔法、説明の語尾が「っす」で、「ご主人様」という単語が何度も出て来ていた。従者が主人の考えた魔法を登録したのだろうか……? 名前も捻りが無いし。


 考え事をしている内に、ミレルが僕の横に座ってお湯に浸かり、僕の肩に頭を預けてきた。

 彼女もちょっと寂しかったのかな?

 だったら嬉しいね。


 公衆の面前なので、抱き締めたい気持ちをグッと堪えて、僕はミレルの横に座り直して夕焼け空を見上げる。

 そして、お湯の中でミレルの手を握る。


「ぴゃっ!!」


 変な声を出して驚くミレル。

 実に可愛いくて癒される〜

 魔法では出来ない癒やし効果がある〜

 きっと疲れもお湯に溶け出して、温泉水に変換されていることだろう。


「あ〜っ! ボーグケ〜 わたしに会いに来たケ〜?」


 近くの水路から、いつの間にかキシラがやって来ていたようで、水中から目の前に飛び出してきた。

 ミレルに今日の話をするのは帰ってからにしよう。

 僕から少し距離を取ろうとするミレルの手をぎゅっと握って、キシラへもう片方の手を挙げて挨拶をする。


「キシラもお疲れ。今日はどうだった? キャラバンの人が来てたと思うけど?」


「団体さんケ〜? 楽しそうにしてたケ! わたしが手を振ると飛び上がって喜んでくれてたケ〜」


 そう言うキシラも楽しそうに、水面から飛び上がり、飛沫しぶきも立てずにするりと水中に戻った。そしてまた水中から顔を出した。

 外の人にもキシラは好評なようで何よりだ。


「オークのシシイとは少し話もしたケ! ボーグのこと知ってたケよ〜」


 今度は滑るように泳いで僕の方へ寄ってきた。


「シシイはボーグのお陰で歯がキレイになったって言ってたケ〜 だから、わたしの話もしたケ〜」


 あ……シシイ喋っちゃってるの……?

 確かに口止めしてないけど……


 横にいる顔の赤いミレルが、恐る恐る空いてる方の手を挙げる。指を揃えて掌をこちらに向ける──いわゆる挙手のジェスチャーだ。


「ミレル、どうかした?」


「そう言えばここに着いたときに、村長おとうさんがボーグを探してた……」


 それって、つまり……


「ボグダン。こんなところに居たか。ちょっと話したいことがあるから……後で救護室に来るように」


 背後から村長に声を掛けられた。

 自主的に見回りでもしていたのか、服を着たまま立っていた。まるで三助さんみたいだ。

 僕の浸かっている湯船の近くを、タイミング良く通りかかったようだ。


 まるで職員室に呼び出しされる学生の気分……遠い昔の記憶だけど。


「ボーグ……何かしたなら早く説明に行った方が良いと思うわ……」


 え!? なんか悪いことをした前提みたいに言われるのは心外なんだけど!!

 バレなきゃ良いか的に治療したのは確かだけど……


「ボーグ、勝手に村長のおやつ食べたケ? それは早く謝った方が良いケ!」


 いや、僕まで食いしん坊みたいにしないで欲しいんだけど……っていうか、何でわざわざ潜って水中から見上げてくるの?


 二人からじーっと見つめられて、なんだか早く行かないといけない雰囲気なんだけど……


 ゆっくり温泉に浸かってたかったのにー

 ミレルともっといちゃいちゃしたいのにぃぃ〜〜


 心の叫びを誰に伝えることもなく、僕は温泉から上がり着替えてすぐに救護室へ向かった。

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