1-008 この世界には小さなオークもいるようで


「こんなところで何してるの?」


 わたしがそう声を掛けられたのは、キャラバンの馬車に座ってぼーっと空を眺めているときだった。

 こんな平和そうな村でキャラバンの荷物に手を出すヤツなんていないだろうに、あいつらはわたしを荷物番として置いて、さっさと温泉に入って行きやがった。

 後で交代するとは言ってけど、嵐のせいでくたくたなんだからわたしも休みたい。なんて思って少しイライラしていた。


「あ? なんだおめえは……」


 声を掛けてきた男は目を瞬かせてきょとんとしていやがる。

 こちとら、それなりに経験豊富な傭兵だ。

 これまで一人で色んな仕事をしてきたわけだし、安く見られるわけにもいかない。

 ましてや、弱そうなんて思われたら傭兵としてやっていけない。

 だから、ついつい、睨んで剣呑な声を上げてしまうのは仕方がない。

 しかし、なかなか反応しないところを見ると、少しやり過ぎたか?


「僕はこの村の住民だよ。小さい女の子がこんなところで何してるのかな?と思ってね」


 こいつ意外に平然と返してきたと思ったら……


「んだぁ!? 厄嵐やくらんのシシイ様をガキ扱いかぁ!! 切られたいのかぁ!!」


 ちっ、どいつもこいつも見た目で判断しやがって……

 こんな些細なことで、馬車に立てかけておいた大剣を握っちまったじゃねえか。

 護衛に置いて行かれたことで多少イライラしてるみたいだな。


「ボーグお兄……気を付ける。この子はたぶんオーク……人間より強い。あと、多分ボーグお兄より年上……」


 横にいる小っこい女が、感情の薄い表情で失礼な男に説明している。不本意ながら、わたしを外から見れば、こよ小っこい女と同じぐらいの身長だと言われかねないけどな。

 けど、この小っこいのは見る目があるな。

 そうだ、この男ぐらい一捻りだぞ?


「え!? オーク!? そうなの? アナスタシアとほとんど変わらない見た目だから、てっきり子供かと……」


 ボーグってのが男の名前で、アナスタシアってのが女の名前か。

 ボーグってのは全然たいしたことが無さそうだが、アナスタシアはなかなか強そうだ。

 さっきの忠告の仕方からすると、この小っこいのが子供かは疑問だけど……わたしと変わらないと言われれば変わらないか……こればっかりは仕方ねえな。

 こいつらへの対処は……この後次第だ。


「オークは上に向いている牙が特徴。でも、こんなに小さいオークは初めて見た……」


「そうなの? オークってこんなに可愛いものなの?」


 可愛いってなんだよ……


「普通は縦も横も人間の倍ぐらいある。だからたいてい怖い」


「それはそれで会ってみたいな……ところで、なんで鼻を摘まんでるの……?」


 何? まさか……?


「なんか臭う……」


くさいって言うな! これでもできる限りキレイにしてんだぞ!」


 はっ……先に反応してしまった……

 ほれ見ろ、小っこい女の方が何か言いたげに見てるじゃねえか。


「え? 何? この子臭いの?」


 こ、こいつは! ホントに失礼なヤツだな!!


 と思ったときには拳を振るっちまった……



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 キャラバンが到着したと聞いて、僕は興味からわくわくして温泉に出掛けた。


 温泉は、完成させたその日に、農作業帰りで泥だらけのみんなに入ってもらって、機能の確認と使い心地を聞いてみた。

 なんと言っても、温泉の中に落ちた泥や汚れは、全て温泉水に変換させるので、常に綺麗で清潔な状態が続くのが利用者にも管理者にも受けが良かった。

 もちろん、設備やアメニティーも、昔家族で行った高級旅館の温泉を参考にしたので、驚かれてばかりだった。

 当然、一番驚かれたのはキシラだけどね。

 村のみんなとすぐに馴染めそうで良かった。


 で、次の日の夕方にキャラバンが到着したから、折角だから外の人の意見も聞こうということで、村長おとうさんから是が非でも入ってもらおうという決定が下されたらしい。

 それを僕の所にマリウスが伝えに来てくれたわけで、僕はすぐに出掛けたのだ。

 今日のミレルはかぼちゃ畑の方に行ってるので、僕一人で出掛けたんだけど……途中でアナスタシアに会ってなぜか一緒に行くことになった。

 最近やけにこの姉妹に懐かれてる気がするけど……『こいつ』の所業を考えると気のせいだと思っておいた方が良いだろう。


 それで、温泉へ行く手前に、この村では見ない大きな馬車が数台止まっていたから見に行ってみると……つまらなさそうな顔をした幼女が馬車に座ってたので、声を掛けてみた。

 するとめっちゃ怒られたんだよね。


 珍しく饒舌なアナスタシアが説明してくれたけど、少女はオークで年齢は僕より上の可能性が高いとか。

 僕の知ってるオークって言うと、粗野で性欲まみれってイメージなんだけど……まったくイメージと合わないから、ぼけーっと眺めてしまった。

 イメージ通りのオークと目の前にいるオークを並べたら、もう犯罪臭しかしないよね。


 なんて思ってたら、においの話になったから、口を滑らせてしまった……

 日本で読んでた小説では、確かにオークってくさいってイメージのある設定もあったから、ついつい言ってしまったんだと思う。

 はい、全面的に僕が悪いです。

 女の子にくさいだなんて。


 見事なスピードで迫る少女の拳を、僕はなんの反応できずにお腹で受け止め──


「なっ!? な、何だ!!」


 僕のお腹に拳を当てたまま、少女は驚きの声を上げている。

 あ、そうだった。温泉で働くダマリスとキシラの護身用に作った魔石が、どのぐらい効果があるか実験してたんだった。


 この魔石に込めた魔法の名前は、衝術『物理防御フィジカルディフェンス』と言って、魔法のレベルが低い者からの物理的な攻撃を無効化できるらしい。衝術はレベル4まで使えるから、レベル3までの物理攻撃無効ってことになる。同レベル以上は減衰効果になるとか。

 衝術は運動エネルギーを操る属性なので、イメージ的には当たる前に止まるとか減速するって感じだ。


 だから、少女の拳は僕のお腹の表面で止まった。

 で、滅茶苦茶驚かれたんだけど……横でアナスタシアも一緒に驚いている。


「い、いくら本気じゃなかったとは言え、わ、わたしの拳がこんな簡単にいなされるなんて!? ありえねぇよ!!」


「弾くのが精一杯に見えた……」


 傭兵もハンターもこの魔法に驚くのか……防御系魔法ってファンタジー小説ではメジャーな魔法だと思うんだけど。

 本当に、魔法が有る世界なのに魔法を使える者が少ないんだね。

 運動エネルギーって概念が難し過ぎるんだろうか……魔力とか謎の力を考えた方が難しそうなんだけど……

 そんなことより、彼女にこの状況を説明をしないとね。


「僕は防御や癒やし系の魔法が得意な魔法使いなんだ」


「そんな出鱈目な魔法使い見たこと無いぞ!! この村まで一緒に来たエルフの風魔法も凄かったけど、お前の魔法は風すら感じなかった!! 一体何だ!?」


 そう言われても……ってこの村に来たエルフ? それって……?


 そう思って僕がアナスタシアを見ると、何か思い出したようだ。


「おじさんが呼んでた……」


 おじさんとは、アナスタシアとイリーナの保護者であるラズバン氏のことだ。まだ聞いてないのでラズバン氏と姉妹の関係は不明だ。

 ラズバン氏は僕が転生して来るまで、この村唯一の魔法使いで、光魔法が使える貴重な存在だとか。そして、その魔法は原初ヴラシエイの森に住むエルフの師匠に教わったと聞いた。

 ラズバン氏に魔法のことを教えてもらったときに、僕は初めて使う魔法で良く分からずに適当にランプ用の魔石を作ったんだけど、それがこの世界では非常識な物だったらしく、彼は師匠が作ったものだと勝手に勘違いしてしまった。

 魔法が使えることをまだ言えなかった僕は、その勘違いに乗っかって誤魔化したんだけど……

 その師匠ご本人が来てしまったようだ。

 おそらく嘘がバレたんだろうから、真偽を問い質したくて、ラズバン氏は僕を呼んでいるのだろう。

 どう説明したものか悩むけど……既に僕の魔法が非常識なのは、美容整形医院の件でも温泉の件でも知れ渡っているから、話しても良いような気がするけど。

 そう言えば、そのエルフの師匠が造ったお酒を貰ったお礼も言いに行ってなかった。


「すぐに行った方が良いかな……」


「待て! わたしとの話が終わってないぞ!!」


 オーク少女に止められてしまった。

 魔法の話はこれ以上説明しても、分からない領域だと思うから……くさいって話の方で良いかな?


「僕はこの村で魔法を使った美容整形医院ってのをやってるんだ。簡単に言うと、人の悩みを解決する仕事だから、悩みがあるなら聞くよ? においがどうとか言ってたし……」


 失礼なことを言ってしまったし、簡単なものなら治療しちゃっても良いだろう。


 少女は少し考えるそぶりで僕の顔を見ている。

 やっぱり、初対面の怪しげな相手には相談しにくいよね。


 どうしたものかと首を傾げて思案していると、馬車の反対側から、一人の男が顔を顰めてこちらの様子を窺っているのが見えた。

 革の軽装鎧に弓を背負っているので斥候かな? となると、目も耳も良いのかも知れない。


 なるほど、人が居るから相談しにくいのか。


「ごめん、アナスタシア、この子の代わりに馬車の見張りをお願いできるかな? 医院で少し彼女の悩みを聞いてくるよ」


「ん……分かった」


 静かに応えてくれたアナスタシアは、少女の代わりに馬車に座った。

 相変わらず、素直だし行動が早いな。


「おいおい、ちょっと待てよ兄ちゃん! 村長の息子だからってそんな簡単に、人のキャラバンに口出ししてもらっちゃ困るな!」


 こちらの様子を窺っていた斥候風の男が、僕に文句を言ってきた。


 あ、もしかして『こいつ』を知ってる人か……?

 なるほど、だからあんな渋面だったのか。『こいつ』ならキャラバンの物を盗み出すかも知れないし。というか、むしろしてたんだろうしね。

 こういときはどうやって信じてもらうのが良いかな……賄賂じゃ意味ないよね? あ、でも、この馬車の物を取る必要が無いぐらいにお金や物を持ってることを分かってもらえば良いのか。


「荷物番ですか? お勤めご苦労様です。喉が渇いていませんか? 飲み物ならすぐに用意できますよ」


 僕はそう言いながら、魔法でコップを作り出して、いつものレモン水を3つ用意した。そして、僕を除いた全員に配る。

 これにはアナスタシアも慣れているので、受け取ったレモン水を早速飲み干して、たぶん笑顔で美味しいと小さく呟いていた。まだ欲しそうにしていたので、追加でレモン水を精製してあげた。

 他の2人は突然出て来たコップと水にやっぱり驚いていたけど、先に我に返ったオーク少女が口を付けて更に驚いた。


「なんだこれは! 旨い!」


 その声に釣られるように斥候男も恐る恐る口を付け──


「うぉっ!? な、なんだこれは!?」


 一口飲んだら止まらないようで、一気にコップをあおっている。

 瞬く間に飲み干してしまうので、僕は何度か精製することを繰り返し、2人が落ち着くのを待った。


「いやいや、こんな旨い水は初めて飲んだ。酒の次に旨いな」


 斥候男は酒好きなのか……この世界は娯楽が少ないみたいだし、酔って楽しめる酒好きは珍しく無いようだけど。


「気に入ってもらえて何よりです。僕は魔法で大体の物は作り出せるので、別に何か物が欲しいわけではないのですよ。その魔法を活かして、この村で相談所みたいなものを今はやってますから、彼女の悩みも聞いてみようかと思いまして」


「そ、そうか。なら良いんだ……でも、そこの嬢ちゃんはオークの代わりになるのか? そのオークは見た目の割にはめっぽう強いんだぜ?」


 オーク少女がキッと斥候男を睨むが、男は気付かないふりをしてこちらを見ている。

 護衛としての強さを気にしているように装っているけど、実際気にしているのは、問題が起きたときの責任転嫁が出来るかどうかなんだろうな……

 一応強さを示して責任はこちらで取ると言えば、許可はもらえそうだ。


「アナスタシアはこの村でハンターをしているので強いですよ? そこの大剣ぐらいならいつも振ってるし大丈夫だと思いますよ?」


 アナスタシアに視線を送ると、すぐに言いたいことを察してくれたようで、オーク少女の大剣を許可を取ってから片手で素振りをしてみせた。

 しかしいつ見ても非科学的な光景だよね。細くて小さい女の子が、自分の身長ぐらいの剣を振るってるのは。

 あれ? でも、アナスタシアって……あ、いや、余計なことは今は置いておこう。


「ほぉ……結構筋が良いな」


 オーク少女がアナスタシアの剣筋を見て感心している。

 僕には何が何だかさっぱりだけど、オーク少女が認めるなら問題ないだろう。

 じゃあ、後はダメ押ししておけば。


「村長の息子として、問題が起きたら責任を取りますので、ちょっとこの子を貸してください」


 この子って言ったところでオーク少女から睨まれた気がするけど、思うところがあるのか何も言わなかった。


「そこまで言うなら……早めに戻ってきてくれよ」


「分かりました」


 よし、許可が下りた。さっさと連れて行って悩みを聞いてみよう。

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