第27話 持てる者、持たざる者



「ビアンカ、また眺めているの?」


 親友のミレルからそう聞かれたのは昨日のことだった。

 ミレルが声を掛けてくるのは昨日に限ってのことではなく、いつもわたしが橋の上に居ると、ミレルは呆れ半分心配半分で声を掛けてくる。

 でも、昨日は違った。


 あんな事件に遭ったからどうしようもないと思っていたわたしに、ミレルは教えてくれた。

 過去が消せることを。

 新しい自分になれることを。

 事件を起こした張本人が全ての痕跡を消し去ったのには驚いたけど。

 自分でやったことなんだから当然の罪滅ぼしよね。

 完全に無かったことにするなら記憶も消してもらわないと。

 さすがにそこまでは出来ないだろうけど。


 キレイになったわたしを見て、いつも通りミレルはわたしの背中を押してきた。

 今回はいつもの自分と違う。

 今までの自分と違う。

 わたしも自信を持ってそう言える。

 そう言えるけど……


 やっぱり、準備が出来ないのよ!

 心の準備が!!


 ダメ!!

 伝えて断られることを考えるとやっぱり恐い……

 これは変わらない……

 見た目が変わったところで中身は変わらない。


 それでも迷っていたからか、いつもの時間にいつもの橋の上に来てしまった。

 今日は夜番開けだからダビドの背中を見送ることは出来ないのに。

 帰ってくるところぐらいは見れるかもしれないけど。


 そう思ってしまったからなのか、心の準備が出来ていないのにダビドが街道の北から降りてくるのが見えてしまった。


 隠れないと……

 って焦ってたら、ダビドはこっちを見付けてしまったの!

 しかも手を振ってくるの!!

 わたしの心を理解してここはスルーしてよ!!


 なんて無茶な望みもあったもんじゃないわね。


 そんな無茶はやっぱり通らず、見てる間にダビドはわたしのところに来てしまった。


「やあ、ビアンカ」


「お疲れさま、ダビド」


 なんか硬い。

 挨拶も硬ければ表情も硬い。

 ダビドもなんか緊張してる?

 わたしが緊張してるから?


「今日はいつもと雰囲気が違うな? 何だろう……いつもより、キレイだ」


 うぇぇ……キレイって言った?!

 言ってもらえた!

 でも、面と向かってストレートに良く言えるわね!

 そう言う真っ直ぐなところが良いんだけど。


「そ、そうかしら? 昨日良いことがあったからかも」


 わたしは適当な答えで誤魔化してしまった。


 チャンスなのに!!

 折角キレイになったって褒めてくれたのに!!

 どうしてこういうことだけヘタレなのよ、わたしは!!

 畑で蛇が出たって冷静に対処できるのに!


 でもなんで、今日に限ってダビドはわたしのところへ話をしに来たのかな?


「ボグダンに聞いてな。ボグダンはすごいな、夜に起こった火事を一人で収めてしまったらしい。来たときには何も言ってなかったのに」


 え? なんでボグダンの話? 話題がすぐに思い付かないけど、選りに選ってなんで?

 いえ確かにわたしに掛けた魔法は凄いけど……夜中の火事って? 夜はわたしに魔法を掛けてたのに?


「わたしも昨日の夜、ボグダンに会ったんだけど、何も言ってなかったわよ?」


「そのあとオレのところに来たらしい。どうやらオレのところから帰るときに火事を見付けて、火を消してくれたとか。交代に来た隊長から聞いた」


 わたしに会ってからなんでダビドのところに!

 それって……


「ボグダンに、君が誰かに告白すると聞いてな……」


 な、な、何言ってるの! 何言っちゃってくれてるの!

 『あいつ』は選りに選ってなんでダビドに話してんの!

 『あいつ』はまた人を困らせて!!

 やっぱり赦せないわ!


「だから言っておきたくてな」


 な、な、何を?

 まさか祝いの言葉じゃないわよね? 早とちり過ぎるわよね……


「ビアンカの気持ちを邪魔するつもりはないから安心してくれ。ただ、伝えていないのはどうかと思ってな」


 勿体ぶらないでよ!

 伝えてないってわたしが気持ちを伝えないことを批判しに来たの!?

 そんなことするダビドじゃないわよね……


「……オレは君のことがずっと好きだった……これは答えて欲しいとかそういうのじゃない。そんなヤツも居たことを知っておいて欲しかっただけだ」


 え?

 え!??

 そ、そうなの!!?

 それってつまり両想いってこと!?

 わたしもダビドは愛し合ってるって事!!

 な、なに考えてるのわたし!!

 早とちりしすぎ!!

 だってダビドは過去形で言ったのよ!?

 え?!

 なんで過去形なのよ!??

 『あいつ』に何を言われたのよ!!


「ボグダンは君が、その誰かから祭で花を貰えなかったから、自分から告白することにした、と言っていた。違うのか?」


「違わないけど、違うのよ……」


 だって祭にダビドが出てないことぐらいわたしは知ってるし、だから花を貰えないのは当然だし、だからだから自分から言わないとって思ってたわけだし……言えなかったけど。


 なんで『あいつ』はそこまで言っておいて、肝心のことを伝えないのよ!!

 真っ直ぐな性格のダビドには、わたしが言えてないだけってことが分かんないじゃない!!

 そのダビドの捻くれてないところが良いんだけど……今は気付いて欲しい……

 この気持ちがわたしのわがままなのは分かるけど。


「だから、ビアンカは君の好きなヤツに気持ちを伝えてくれ。時間を取らせて悪かったな」


 えっ! ちょっと、待ってよ!!

 なに自分だけ納得して去ろうとしてるのよ!!


「待って! ボグダンは……他に何か言ってなかった……?」


 なんでこんなに遠回りなのよ、わたしは……

 わたしもよ!って言えば良いだけなのに!


「ん? そうだな……理由も全て話せ、その理由が受け入れられないものかは相手が決める、と言っていたな。オレが今まで想いを伝えなかった理由は、オレは衛士なんかやってるからな。迷惑かと思って」


 衛士が迷惑ってどういうことよ?

 格好いいじゃないの。


「昼番と夜番とあるから、生活時間が合わないだろう? どう考えても負担になるじゃないか。そんなヤツに想いを伝えられたら困るだろう?」


 わたしのことを考えてくれてることにキュンキュンするわ!

 そんなことを考えてくれてる相手に、好きって言われて困るわけないじゃない。

 わたしのこと大事にしてくれそうって思うわよ!


「なら、なんで伝えたのよ……」


 なんでわたしはそんなこと言うの!

 素直に喜びなさいよ!


「それはボグダンの言葉で気付かされたからな。祭なんてお膳立てがあるのに想いを告げられないヤツはなんて情けないんだと思っていたが、自分もそうだったことに。ただ自分は理由を付けて逃げてただけかとな」


 逃げてただけなんて……


「ダビドは逃げてないわよ。逃げてるのはわたしよ……」


 お膳立てもされて目の前にそれがあって、まだ踏み出せないんだもの。


「でも、逃げるのを止めたんだろ?」


 そんな……

 ダビドからこんなこと言われたら、逃げるのを止めるしか無いじゃない……

 ここで逃げたら、今更過ぎてもう絶対に言い出せなくなるもの。


 そういうことなの?

 『あいつ』はダビドの逃げ道を塞ぐことで、わたしの逃げ道も塞いだっていうの?


 『あいつ』の所為なのに!

 言い出せないのは自分の所為だけど……

 くぅぅぅ……『あいつ』の思い通りに進むのはイヤだけど……イヤだけど、もう今しかないのよ!!


「ダビド……今から言うことは嘘じゃなく本当のことなの。ダビドに言われたから流されて言うわけじゃ無いのよ。分かってくれる?」


 ダビドは黙って頷いてくれる。


 さあ、言うのよ、わたし。

 今しかないわ。


「わたしが告白する相手は、あなたなの……」


 言ったわ!

 言ってやったわ!

 顔が熱くなるよ!!

 どうしたってこんなの赤くなるわよ!

 恥ずかしくてダビドの顔が見れないわ。


「え!? 本当か?! いや、先に本当だと言われたな……」


 ダビド、戸惑ってないで、早く何か言って!

 この状況が耐えられないから!


「君に告白させるような情けない男にならなくて良かった。ボグダンに感謝だな」


 そうじゃないでしょ……そうじゃないわけでもないけど。

 『あいつ』に感謝なんて業腹だけど、ダビドから言ってもらえたのは確かだし、わたしが言わざるを得なくなったのも確か……仕方がないから少しぐらい感謝してあげるわ。


「オレで良いのか?」


 そうよ、そういうことを聞いて欲しかったの!


「あなたが……良いのよ……」


 もうちょっとわたし喋れないの?!

 真っ直ぐなところが好きだとか、いつから好きだったとか、色々伝えることあるでしょ!?


「そうか……オレの心配なんて杞憂でしかなかったのか。すまない、待たせてしまって」


 はぁー……

 「待たせてしまって」

 なんて良い言葉なの?

 頭の中で何度も聞き直してしまう。

 胸が熱いわ……

 心が躍るわ……

 なのにすごく気持ちが落ち着いて……

 溜まっていた何かが溢れてきて……


「な、泣かないでくれ! 悪かったと思ってるから!」


 慌てちゃって、そう言うところやっぱり好きだわ。

 あなたの言葉で自分の気持ちがようやく理解できた。


「待ってたのよ……」


 そう待っていたの。

 わたしはただ待っていたの。

 伝えないと!とか、でも出来ない!とか、そんなこと考えても意味が無かったのよ。

 ダビドのその言葉を待っていたのよ。

 それには自分から先に伝えてしまってはダメだったの。

 わたしの気付いて欲しいという思いだったのよ、これは。

 だからこんなにも「待たせてしまって」が嬉しいのよ!!


「すまない」


 突っ立ったまま頭を下げて謝るとか、ダビドらしいけど……

 わたしが欲しいのはそうじゃないのよ?


 もう恐れることは何も無いから、わたしが一歩踏み出せば良いだけなのよね。


 ずっと欲しかったものは貰えたんだから。


 そう思ってわたしはダビドの手を取った。




◆◆◆◆◆




 あたしはダマリス、辺境の村に住む残念な女だ。

 何が残念って?

 それは不細工という言葉があたしの代名詞に使われるからだ。

 それほどにあたしは不細工で、それをあたしも分かっていた。


 顔なんてどうでも良いだろ。


 そう強がってみたところで、引け目は常にあった。

 どうあっても劣等感を植え付けられた。

 だからこんな雑な性格になったんだ。

 ぶっきらぼうで愛想のない。

 顔に愛想もなければ性格まで愛想がないのか、とマリウスには良く言われた。


 仕方ないだろ。

 お前も不細工になってみれば分かる。


 そう言ったところで変わることはない。

 不細工には不細工にしかそのツラさなんて分からない。


 だからあたしは人を信じられなかった。

 そもそも男には相手にされずに話なんて殆どしていない。

 親しく声を掛けてくる女も、自分を安心させるためだけに声を掛けてきている。そう思っていた。


 ダマリスは可哀想、そして自分は大丈夫。


 そんな幻聴が常に聞こえて、女と話すのも嫌だった。


 マリウスは碌でもない男だが、こんな不細工な女に声を掛けてくる唯一の男だった。

 わたしのことを不細工だと嘘を吐かずに話しかけてくる。

 それは信頼に値した。


 顔がダメなら身体を、そう思って磨きもした。


 でもそれも無駄だった。

 たまたますれ違った時、『あいつ』にイライラを拳でぶつけられた。

 身体は傷付かなかったが、不細工だった顔がもっと不細工になり、片目はまともに前を見ることも出来なくなった。


 これはいよいよ生きていく価値は無いな。


 そう思って、村の隅の空いていた家に居を移し、閉じこもった。


 バカバカしい。嫌なら死ねば良かったのに。

 何を期待していたんだか。


 マリウスはそんなあたしを見舞いに来た。

 相変わらず口は悪くデリカシーのない男だが、怪我を見てくれて、食事も与えてくれた。

 『あいつ』に殴り掛かってやり返されて彼の顔もボコボコだった。

 彼は言わなかったけど、あたしが殴られたから仲の良かった『あいつ』とケンカをしたんだと分かった。

 あたしとは腐れ縁なだけなのに良くやる。

 あたしはそう口にしながらも、感謝はしていたし、信頼していた。


 なのに……

 なんで、そんなことになったんだよ。


 いつも通り見に来たマリウスは、別人かと思うほどかっこ良くなっていた。

 『あいつ』にボコボコにされてからは不細工仲間だと思っていたのに。


 似合わねぇ爽やかな顔しやがって!


 ってマリウスみたいに思って、そして、裏切られたと思った。

 マリウスが『あいつ』に治してもらったと言っていた。

 『あいつ』の話なんて聞きたく無かった。

 『あいつ』がそんな事をするわけがない。

 マリウスにはしても、あたしには絶対にしない。


 だから、ここで終わりだと思った。


 深い溝が出来てしまった。


 同じ世界にいたと思っていたマリウスも違う世界に行ってしまった。


 やっぱりあのとき死ぬべきだった。

 ホントに何を期待していたんだか……


 だからあたしは、これで良かった。

 『あいつ』の用意した物なんか口になんかしてやらない。

 そんなことをするぐらいなら、腐った物を喰って死んでやる。

 それがあたしの答えだ。



 次に目を覚ましたのは知らない部屋の中だった。

 寝かされていたベッドは簡素なくせに、石造りの頑丈そうな部屋。

 まるで牢屋のように思えた。

 なのに扉がない。

 扉が無いのに心地よい暖かさがある。


 何だか気味の悪い部屋だ。


 入り口から入ってくる光で朝だと言うことが分かったし、すぐそこが外だと言うことも分かった。

 だからあたしは部屋から抜け出すことにした。


 そして立ち上がってすぐに気付く。

 昨日の不調が嘘のように身体が軽い。


 遂に死んだか?


 そう思ったものの、外に出てみれば見知った村だった。


 見知った村の早朝。

 見知ったヤツらが畑に出掛ける時間。


 そして、隣に見える最悪の建物。


「『あいつ』の家かよ……」


 こんなところには居てられない。

 あたしはすぐに走って家から離れた。


 そして不思議な感覚に気が付いた。


 視界が妙に明るい。

 前がよく見える。

 手で顔に触れてみれば、邪魔だった瘤が無くなっている。


 あたしは近くの橋の上で立ち止まった。


 どういうことだ?

 川に自分の顔でも映して見れば原因が分かるだろうか?


 だが、それを行動に移す前に裏切り者が前からやってきた。

 似合わねぇ爽やかな顔で。


「ダマリス! 身体は大丈夫なのか!?」


 でかい声で叫びやがって、周りのヤツらがこっちを見てるだろう。

 心配なんぞしやがってこの──


「裏切り者が……」


「まだそんなこと言ってんのか……それはなぁ、自分の顔を拝んでからもう一回言って見ろよ」


 何言ってやがる、不細工なのは知ってるくせに。

 ニヤニヤしやがって。

 言っても瘤が無くなったことは気になる。


 あたしは橋の上からそろりと川を覗き込んだ。

 静かな川の流れに映る前髪の長い顔、でも知らないヤツの顔。


 誰だよこれは!


 と思ったら、その川に映った顔も驚いた。

 あたしはそれにまた驚いた。


 あたしがペタペタと顔を触れば、川の顔も同じように動く。


 これがあたしの顔だと……?


 顔を上げて周りを見ると、まだ近くのヤツらがあたしを見ている。

 特に女があたしをじろじろ見て、周りのヤツと陰口を言い合ってやがる。ここまで聞こえないが、絶対悪口だ。昔からそれしか言われたことがねぇからな。


「分かったか?」


「分かんねえよ! なんだよこの顔は!?」


 マリウスがまだニヤニヤしてやがる。

 何がおかしいんだ? 顔がおかしいのは確かだが……


「おめぇも裏切り者だろ?」


「勝手に裏切らされたんだ……あたしは望んでなどいない……」


「イヤならボグダンは戻してくれると思うぜ? もう一度自分の顔を見てみろよ?」


 イヤだろこんなの……


 そう思いながらも、もう一度川を覗いてしまう。


 そこに映ったのはキレイな顔の女だ。

 ホントに自分と認識できない……いや、分かってる。

 面影はあるんだ。


 吊り目の世の中を憎むようなその眼はどう考えてもあたしだ。

 今はその眼も不安に揺れてやがる。

 やたらと長い手入れのされていない前髪も、間違いなくあたしだ。


 頬を引っ張ってその顔を崩してやる。

 鼻を限界まで引っ張り上げてやる。


 なんだよ、くそっ!

 変顔しても可愛いとかムカつくな!

 なのに川に映る顔は怒っていない!

 それがまたムカつく。

 マリウスみたいにニヤニヤしやがって……


 横でニヤニヤしたままのマリウスがもっとムカつく。


 だから振り返りざまにマリウスの腹を殴ってやった。


「ぐぅ……」


 顔をゆがめてもイケメンとかムカつく。

 だからもう一発殴った。

 少しスッキリした。


 なので、もう一度川を覗き込んだ。


「こんな顔になっても誰も嬉しくねえだろ……」


 顔がキレイになろうが可愛くなろうが中身は変わんない。

 愛想がないのも不細工なのも顔だけじゃないんだから。


「いいじゃねぇか、それで馬鹿にされることは無くなるだろ?」


「だったとしても……似合わねえよ……」


 そうだろ?


「似合わねえのはオレも一緒だ。だったら、おめぇはどうなりたかったんだ?」


「どうって……んなの考えたこともねえよ……」


 不細工はあたしの代名詞だ。

 それ以外にあたしを表現する方法を知らない。

 だからと言ってそのままが良かったわけじゃない。

 何がしたかったのか、何が欲しかったのかは分からない。

 そして何を期待していたのかも……?


「マリウス……あんたはそれで良いのかよ?」


「オレが望んだんだ……そうしてくれって」


「そうしてくれって、何を?」


「何をっておめぇが聞いたんだろ。おめぇの顔をそうして欲しいってオレがボグダンに頼んだんだ!」


 顔を赤らめながらマリウスが叫んでやがる。

 何照れてんだよ。

 こいつは何に照れてんだ……?


「なんでそんなこと頼んだんだ? あたしが望むとでも思ったのか?」


「違ぇよ……毎朝見る女の顔はキレイな方が嬉しいと思ったからだよ……」


「あんた、自分の欲のために人の顔を……今……何つった?」


 なんだよ、今のは……


「朝起きてすぐ見る顔は美人な方が良いって言ったんだよ! 不細工よりな!!」


「不細工言うな!」


 反射的にマリウスの腹を殴っていた。


 なんだよ……いつも通りじゃねえか。

 いつも朝見に来てたじゃねえか。

 なのにこいつはなんで照れた顔して言いやがったんだ……

 そんなのまるで……


「もう不細工じゃねえよ! オレの一番好きな顔だよ!」


 なんだよなんだよ……こっちまで赤くなっちまうだろうが。

 いや、違うだろう!

 間違ってるだろ!!


「巫山戯んな! 顔が良ければそれで良いのかよ!!」


「良い分けねぇだろ! おめぇだから良いんじゃねえか!!」


「……なんだよそれ……」


 見てらんねえよ……

 マリウスから顔を逸らして反対を見れば川だ。

 川を覗けば、嬉しそうな顔の女が映っていやがる。

 ああ、もう、ムカつくな!!

 ホントに何を期待してたんだか……


 顔を逸らすあたしに、マリウスは真っ直ぐ前に回り込んで来て、あたしの両肩に手を置いてきた。


「一緒に住んでくれ」


 真面目な顔でこいつは何言ってやがる。

 ムカつく……なのに……なのに……涙が出てくる。


「良いのかよ、こんなので……?」


 なんであたしの言葉はこんなに弱々しいんだ……


「オレが望んだって言っただろ」


「バカヤロウ……もっと早く言いやがれよ……」


 ムカつくからあたしはマリウスの胸に頭突きをしてやった。

 ぽすっと軽い音を立てて、あたしは優しさに包み込まれた。


 あたし弱えな……


 けっ! ホントに似合わねえ……




◆◆◆◆◆◆




「なぜこのわたくし──いずれ貴族となるマリナが畑仕事など……」


 わたくしはそう呟きながら、いつも通り村の畑への道を歩いていましたの。


 昨日見てしまったものがまだ頭に残っているようで、少し心が刺々しくなっていますわね。


 いつもわたくしはわたくしの目標のために自分を律しておりますの。

 いくらわたくしに似合わないことだとしてもやるべき事はやる、そう思ってますのよ?

 ただ、わたくしはいずれ、どこかの貴族様に見初められてその貴族様に嫁いでわたくしも貴族になる身。

 ずっとそう思って自分を磨いておりますし、その結果、村一番の美人であると自負しておりますの。


 なのに、なぜ……橋の上にあんなに美しい──わたくしより美しいかもしれない女が……


 あら、わたくしとしたことが、言葉を乱してしまうところでした。

 言葉の乱れは心の乱れ。

 淑女なわたくしがすることではありませんわ。


 しかしながら、あの娘は誰でしょうか?

 あのような美しい娘は村には居ないはずです。わたくしを除いて。

 そうなりますと、村娘のような格好をしていますがお忍びで来られたどこかの貴族のお嬢様でしょうか?

 あんなにお綺麗なんですもの貴族に違いありませんわ。

 その割には所作が粗いですが、村娘に扮していらっしゃるので演じていらっしゃるのでしょう。


「ダマリス! 身体は大丈夫なのか!?」


 粗忽者のマリウスが粗野な大声で叫んでいます。

 あのような男を朝から目にしてしまうなんて、運の悪い日ですわ。

 いくら『あいつ』よりマシとは言え、彼も粗忽者には変わり有りません。

 『あいつ』のことを朝から思い浮かべてしまうなんて最悪の日ですわ……


 それよりも、ダマリスと呼んでいた気がしますが、その村一番の醜女が見当たりませんが?

 どこかの隅に虫のように丸まっていて見えないだけかも知れませんわね。


 辺りを見回している内に、橋の上のお嬢様が何やらマリウスに声を掛けていらっしゃいます。

 マリウスを罵倒していらっしゃいますが、周囲を鑑みない粗野な声に気分を害されたのでしょうか。

 嘆かわしいです、あのような者が村の者だと思われてしまうのが。

 割って入るべきでしょうか?


 なにやら驚いた様子のお嬢様はそのままマリウスと話を続けていらっしゃいます。

 嫌がっていらっしゃるようにも見えますが、その割には親しげです……?


「マリナ、気付いた?」


 この村でわたくしの次にキレイなルアーナが耳打ちしてきました。

 気付いたとは何をでしょうか? あの方が貴族であることにでしょうか?


「あの娘、どうやらダマリスみたいよ?」


 は?


 ダマリス?


 いえいえ、有り得ませんわ。

 だってダマリスは村一番の醜女。

 そしてわたくしが村一番の美女。

 あそこに立っていらっしゃるのは、顔も身体も美女ですわ。

 わたくしに並ぶぐらいに。

 ……胸が少し大きくて、少し色が白い程度の違いですわ。

 そんな美女は村には居ない、そうですわよね?

 昨日見かけたビアンカも突然ルアーナぐらいキレイになっていましたが、そう、わたくし程ではありませんでしたし。

 そのような突然キレイになる方法があったとしても、ダマリスがそんな美女になることなんて有り得ませんわ。

 そんな方法があるならきっとわたくしが最初に試してますし、わたくしがもっと美しくなっているはずですわ。


「マリウスとダマリスのやり取り聞いてないてなかったの?」


「人の会話に聴き耳を立てるなど淑女のすることでは御座いませんわ」


「あなたね……それで大事な情報を逃したら意味ないじゃないの。原因はボグダンにあるらしいよ?」


 ルアーナはあの娘をダマリスと信じているの?!


「待ってくださいな。まず、あれがダマリスだということが信じられませんの。どういうことなのですか?」


「見たまんまじゃないの。マリウスとのやり取りですぐ分かるじゃない。マリウスの腹を殴ったところとか、まんまダマリスでしょ」


 わたくしは、粗忽者と醜女の些細なやり取りなんて知ったことでは御座いませんわ。

 ルアーナはなぜそうもどうでも良い人のことをいつも見ているのでしょうか。


 ルアーナはなぜかダマリスが美女になってしまったと言いたいのですね。


 そうこうしている内に、いつの間にか橋の上の2人が、なんだか良い雰囲気になってしまっていますわ。


「見てらんないわ……ボグダンのところに確かめに行くわよ!」


「わたくしもですか? 『あいつ』のところには行きたくありません」


「ちょっとぐらい周りを見なさい。『因縁』のある人はみんな動き出してるわよ?」


 周りを見渡せば、確かに幾人かの女性達が同じ方向に向かいだしています。


「それがわたくしに何か関係が?」


「もう! 簡単に言うと、他の女に負けて良いの?ってことよ!」


 わたくしが他の女に負けるですって!?


「そんなことあるわけないでしょ!」


「そうそう、その意気よ」


 『あいつ』のところに行けば良いんですのね!

 行って問い質せば良いのですわね?


 負けるわけには行きませんので、わたくしは我先にと『あいつ』の家へと急ぎました。

 

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