「『ファイナンシャル・ドリーム』へようこそ!~ここは坂上町だぜ!~」
工藤千尋(一八九三~一九六二 仏)
第一話「夢の保険屋さん!目指せ世界一!」
「君ぃ!今日のスケジュールはどうなってるのかな?」
いつものように高いテンションで秘書の大山恵子に橋本広幸は指を鳴らしながら尋ねた。パリッとしたスーツ姿に爽やかな笑顔とトレードマークの赤ぶち眼鏡。
「社長。本日は新規契約希望者が二名の予定でございます。この後十時からと午後三時からの予定となっておりますでございます」
大山も秘書らしくビシッとスーツ姿にトレードマークの教育ママのような淵の尖った黒ぶち眼鏡を中指で押し上げながらスケジュール帳を開き、答えた。
「いいねえ!いいねえ!本日は二人も新規契約希望者が我が社にいらっしゃるのか!君ぃ!我々の仕事は何だい?」
コントを演じるように橋本が欧米人のようなリアクションを取りながらいつものように尋ねる。
「私たちのお仕事は『保険屋』でございます」
これまた大山まで足を開き、腕を組み、何度も中指で眼鏡を押しながら答える。
「そう!我々の仕事は『保険屋』!しかし!た、だ、の、保険屋とはちがーう!!何故なら?」
「人生には常に」
「そう!人生には常にリスクがつきまとう!!ああ、あの時、私は何故あんな選択をしてしまったんだ…、とか!あの時もし保険に入っていたら…、とか!そう!例えば君が、うーん、恵子君。君の趣味は何だっけ?」
「社長。私の趣味はラーメン屋巡りでございます」
「うん!いい趣味だ!」
橋本が三度指を鳴らし、大山を指さす。異常にテンションの高い橋本とそれに普通に付き合う大山。誰も見ていないのに二人ともオーバーな身振り手振りをしながら続ける。
「ラーメンが好きな君が!ああ、新しいラーメン屋発見!!ほうほう、食べロックの評価も星四つ!!行列も出来ている!!これはとんでもなく美味しい店なんだろうなあ!!行列に並んで三十分!!やっと座れてはい注文!!ヘイお待ち!!ラーメンいっちょう!!いただきまーす!!ズルルル!!ん?はああああああああああああ?くそまずいぞおおおお!!なんだこりゃああ!!金返せ!!と、なるよね?」
「ちょっと店主を呼んでいただけるかしらでございます」
「だよね。そうなるよねえ。そんな時!我が社の保険に入っていたらあ?それは災難でしたねえええええ。でも大丈夫!保険適応!お金を保証しましょう!!こんな保険屋、我が社以外日本にあるかい?」
「ございませんでございます」
「世界にあるかい?」
「ございませんでございます」
「そう!我が社は世界にただ一つ!人生には常にリスクがつきまとう!!そのリスク、全て保証するのが我が社!」
「『ファイナンシャル・ドリーム』でございます」
「今日の契約希望者の要望は?」
「午前十時に『高校受験保険』希望者、午後三時から『パチンコ保険』希望者でございます」
「おおお!!『受験』に『ギャンブル』かあああ!!!これはもうリスクだらけだあああ!!危ない!危ない!危なーーーーい!!はい、ご一緒に」
「危ない!危ない!危なーーーい!!」
「よし、じゃあ今日も君のコーヒーをいただこうか。ドリンクカムトゥルー!オー、シャンデリゼー♪オー、シャンデリゼー♪おしゃれ、おしゃれ、おしゃれ、おしゃれ」
「サーイエッサーでございます」
橋本の指示で大山がそのまま給湯室へコーヒーを入れに行く。このコントのような二人。もともと一緒に務めていた保険屋を独立し、『ファイナンシャル・ドリーム』を三年前に立ち上げた。
「もう、普通の保険屋はつまらない。そんな時代は終わりだあああ!保険屋がリスクを背負わないでどうする!枕営業?辞めちまえ!!掛け捨てで月に二万?辞めちまえ!!出し渋り?辞めちまえええええ!!やるなら世界一だ!そして誰もやってない世界に一つだけの保険屋になるのだあああ!!」
この冗談のような二人の男女。人生に不安を覚えた依頼者の全てのリスクに対して保険を受ける。本来、保険とはもしもの時の為に備え、希望者が保険料を支払い、そのもしもが起きた時に損害を埋め合わせるもの。もしもが起きなければ保険屋は儲かる。もしもが起きれば保険屋は金を支払う。とても便利な仕組みであり、人間は将来のことを考え、転ばぬ先の杖として保険に多かれ少なかれ関わる。日本でも国民健康保険には加入していない人間を探す方が困難である。また、保険にも様々な種類があり、そこに金銭が絡むので最初の契約も穴がないように作られ、それでもその穴をかいくぐり保険金を騙し取ろうとする人間もいるし、保険金目的に人間は時にとんでもないこともしてしまう。
「何いいい?『ホールインワン』で保険が貰える?面白えええええ!何々?同行者が四人とキャディが一人証人になるだってえええ?こんなの証明出来るのおおお?それならいくらでも保険は作れるじゃん!!」
そんな志を持って大手保険会社に就職した橋本は現実にがっかりした。
「クソつまんねー!!」
現実の保険屋は全然人生のリスクを保証してない。足繁く通って、情に訴えて契約を取ってきたり、他社と比較してお得さを売りにして契約を取ったり、無知に付け込んで契約を取ったり、ヤクルトおばさんのような委託の保険屋のおばちゃんは枕営業をして契約を取ったり。
「おまんこ!許さんぜよ!!」
橋本は社内で叫んだ。
また、大山も無能な上司の元、優秀な成績を「体」を使わずに上げたが疎まれた。
「なんでこんな簡単な仕事が皆様は出来ないのでございますかでございます」
「え?契約が取れないからこの仕事を辞めるでございますかでございます。あなたには最初から向いてなかったでございます」
「どなたも皆さんお給料分の仕事はなさらないとダメなんじゃないでございますかでございます。ノルマが厳しいでございますかでございます。それは頭がよろしくないのでございますでありませんかでございます」
大手保険会社の異端児二人が話し合った。
「もうここはダメだねえ。世界一どころか日本一も永遠に無理だねえ。二人でやるう?」
「世界一でございますかでございます。よろしゅうございますねでございます。やるでございます」
『ファイナンシャル・ドリーム』の二人。実に面白い。
「あー、ここからは僕の独り言になる。我が『ファイナンシャル・ドリーム』はS県坂上町にオフィスを構えている!広告?そんなものネットなどには出さない!ホームページもない!今の時代、ネットで保険を決められるのか?そんなの値段で比較されるしかないだろう!お客様と実際に対面しないと保険屋など成り立たない!!広告はポスティングで行っている!これは実に心苦しい点もある!!人様のポストにゴミを勝手に入れているのと変わりないからね。そこは謝ります。ごめんなさい!!保険屋は基本的にエリアが決まっているのだ!だから我々の顧客は全員坂上町の人間と決まっている!!しかし!今はこんな小さな町の小さな会社だが目指すは日本一の保険屋!!そして世界一の保険屋!!」
「社長の独り言は実に分かりやすいでございます」
「そう!僕のモットーはまず誰にでも分かりやすく!!それでは『受験』編の巻ぃ!」
ピンポーン。
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