第30話 心揺さぶらるる時

 アンジェリカは、困惑していた。


「これは大変なことになりました……」


 魔術学園の円卓の間、警邏騎士団団長からの通達。


警邏騎士団は、深刻な状態下にあった。

前回の不正者チーター一斉捕縛作戦で、人員に甚大な被害が出てしまったのだ。


 各地に不正者が集まっていたため、手薄になりながらも、それぞれに騎士団は部隊を分散して派遣した。


 謎の力を得た不正者と言えど、何の訓練も受けていない素人。

敵は、覚悟も戦闘経験や知識もない一般人に過ぎなかった。

訓練された騎士の統率力の前では、数は多くとも問題にはならない。

集った不正者を各地で、捕縛することさえできれば、この騒ぎも収束に向かうはずだった。


 しかし、それはすべて罠だった。


 各地で倒したはずの不正者は、生贄となった。

そう、謎の力により、転移門をこじ開けるかのように、何もない空間から怪物が現れたのだ。その力の源は、自分たちが倒した不正者たち。

首謀者は、騎士たちにあえて不正者たちを倒させることで、その人間たちを生贄とし、怪物を召喚するための礎にせんとしたのだ。


 一部の不正者と、出現した怪物達。

騎士たちは、それを同時に相手取ることになった。


「わたし達は、灰色歩きグレイウォーカーの力もあって無事でしたが……」


 その被害は甚大なものとなり、特に層としては厚い経験の少なかった下級騎士たちが大きな被害を被ることになった。

 

「あの時、灰色歩きグレイウォーカーはこの事件が『ハーメルン』によるものだと言っていました。 それを知るのは、廿日くんだとも……」


アンジェリカは、廿日陽介が、第2級指定秘匿魔術の保持者であることは知っていた。

その詳細は知らなかったが、それが『ハーメルン』だとすれば、話は合う。

だが、だとすると、なぜその魔術が事件に関わることになるのだろうか。


現地で起きた怪物の召喚。

それが『ハーメルン』だとでも言うのだろうか。


「だとすれば、廿日くんが事件に関与している?」


 ……その判断は、まだ早い。

 仮にそう断定したとしても、なぜ灰色歩きグレイウォーカーがそれを知っているのかと言う疑問がわくのだ。


「まずは、廿日くんに会わないと……」


 だが、彼は自室にいなかった。


 なぜか、その場にいたのは、彼の同級生のエルフと魔女。

 廿日陽介の所在、それを知るために彼女は不愛想なエルフに尋ねたのだ。

 ファルグリンと言う名のエルフは、不本意そうに答えた。


 「奴に用だと? ……あれなら今の時間、剣を振るっているだろう」


 アンジェリカが、彼を探しに向かった先は、その自室ではなく訓練所だった。

 廿日陽介は、欠かさず鍛錬を日課とする。


 彼を知る者であれば、それを知っている。

 己の弱さを自覚する彼は、自身に誰よりも努力を課している、と。


 見つけた。

 黙々と剣を振るう小さな体の少年。

 廿日は、小さくつぶやく。


「……呼吸を整えろ」


 アンジェリカは、それを見た瞬間。廿日陽介らしくないものだと思った。

 自分が教えたものとは、違う。

 1年生のころ、彼に軽く剣を教えたことがある。

 でも、それとは似ても似つかない。


 これは、なんだ?

 アンジェリカは、そう自問した。


 廿日陽介の口から呪文のように呟かれるのは、己自身が脳内で描く剣閃。

暗く重い、血なまぐさく湿った想い。


「一太刀でも多く……」


 荒々しい太刀筋。

 洗練されているというより、野性的で獰猛。

 どんな体勢からでも、攻撃を繰り出そうとする。より多く、一撃でも多く、何度でも繰り出そうとする血と肉に飢えた餓狼のような剣技。


 喉元、頚椎、右手首、左足首、左肘後部、右膝、剣を握る指、左上腕骨の隙間、肝臓、右目、腎ぞう、右足の腱……。

 わずかでも狙える箇所を見逃さないかのように、その眼が動く。


 吸い込んだ息を吐き切るように。

 すべてを吐きだそうとするかのように、廿日は絶叫する。


「より早く、より疾く――っ!」


 空中を跳ね、描かれる軌道を見ればわかる。

 敵の攻撃を回避する目的ではなく、より深く切り込むための前進。

 無傷で切り抜けるのではなく、受けるダメージを最小限に留める。血を流しながらも、相手に致命傷を与えるために飛翔する。

 攻めに偏重しているどころか、敵を倒すことしか考えない。やられる前に殺ると言う、一撃必殺狙いの歩み。それを何度も繰り返す。


 廿日陽介が想定している人物は、それをすべて防ぎ、なお、まだ立っている。

 彼は誰もいないこの訓練所に、誰かを想像している。

 自分よりも強い、誰かを。


「その死角斬り裂け……斬月っ」


 伸縮する刃は、変幻自在に空中を薙ぐ。

 円を描くように、弧を描くように。

 その技を彼は、『斬月』と呼んだ。


 アンジェリカには見える。

 あの剣と相対する自分が。

 もし、あの場で廿日陽介と剣を交えたら、どうなるかを。


 その剣の軌道は、相手の視界の外、死角から殺そうとするものだ。

 シールドで防ぐことも、剣で弾くこともさせないように、認識の外から首を断とうとする。

 戦闘中は、視界が狭まるものだ。

側面から刃が伸びれば、反応はできない。


 あれは対人の魔剣術だ。

 剣型魔導器、すなわち魔剣を怪物ではなく、人間を殺すために特化した動きだ。


「そして……穿てっ」


 一番、深く踏み込んだ。

 伸ばされた右腕から、それは放たれた。

 今日、もっとも遠い間合いから、振るわれた一刀。剣術の間合いからかけ離れた位置から、狙い穿つように、刃は飛んだ。

 伸縮自在の刃を持って、敵を串刺しにしようとする瞬即の突きである。


 一秒足らず、数えることすらできず、瞬きの間に剣が伸縮した。

 反動が抑えきれず、剣が跳ねる。

抑え込むが、確かに剣はブレた。


 狙い通りの位置に、突きが放たれなかったのだろう。

 廿日陽介は、その苦々しい表情を崩さなかった。


「まだ……遅い」


 汗を止まらないようだった。

 目に入り、視界が歪むの避け、ぬぐう。


 姿勢を直し、ひとまず剣を鞘に納め、抜き放つ。その己の動きを反芻する。

 今度は、ゆっくりと剣を振るい、正確さを追求する。

 自身の動きに、揺らぎがあると気付いたのだ。


 早く振るおうとすれば、するほどに、その揺らぎが大きくなる。

 ひとつひとつを確かめるように、少しずつ、型を確認していく。

 自身の未熟さを噛み締めるように、剣を振るうのだ。


 と、その表情から、険が解かれた。

 ふわっと和らいで、にこやかになる。


「……なにか?」


 廿日陽介がそこで止まった。

 ゆるやかな小川のように、穏やかな雰囲気を身にまとっている。


 どこか、人間らしさを感じさせない。

 人間臭さを匂わせない無味無臭な穏やかさだった。


「わたしに気付いていたんですね……」

「まあ、途中からね」


 廿日陽介は、ほほ笑む。

 先ほどまでの獰猛さが嘘であるかのように。


「てっきり集中してるものだと思ってました」

「たまに見に来る人はいるけど。 それを把握できないなら、奇襲にも気づけないよ」


 当たり前のことを、当たり前に言うように廿日陽介はそう言った。


「あなたがこんなタンレンをしてるなんて、その、意外でした」

「努力してないように見えた?」

「いえ。 いえ! そういうわけじゃなくて……こんな剣の振り方? を、してるなんて思わなくて……」

「あれ、やっぱり下手だったかな?」

「そうではなく。 すごく荒々しくて、とても響くような…… どんどん迫ってくるようなケンサバキでした」

「……褒めてくれてるんだよね? ありがとう?」


 いまいちピンと来ていない様子で、廿日陽介は自身の頭を撫でつけた。


「でも、どれだけ頑張っても足りないよ。 私は持たざるものだから」

「持たざる者ですか……」

「私は、満足に魔術が使えないからね。 錬金術で作った魔法薬ポーションや、なにか手助けする道具がなければ魔術が使えない」

「だから、こんなにネッシンにタンレンを?」

「それはちょっと違う。 私が才能に恵まれていたとしても、形は違えど鍛錬はしたよ」

「……恵まれていたとしても?」

「ああ。 だって、私は強くなりたいだけだからね」


 その声に熱はなかった。

 覚悟や決意も、熱い気持ちは一切なしに、淡々と自然体だった。

 なにか喪失感が内包されているのかとすら、アンジェリカは思った。

 本来、あるべきなにかが抜け落ちているかのような、そんな声色。

 

「廿日くんは、強くなりたいのです?」

「そうだよ」

「……どうしてなのです?」


 急に、廿日陽介は頭を抱える。

 痛みをこらえるように、顔をゆがめた。


「……大丈夫ですか?」

「あ……。 い、いや。 大丈夫だよ、急に痛くなってね」


 目を細めて、アンジェリカの顔を見る廿日陽介。

 何かを思い出そうとするかのように。

 

「不思議だな。 君を見ていると、私は大事なことを忘れている気がする。 何か思い出せそうな気もしてくる」

「大事なこと……ですか」

「ああ。 でも、やっぱり理由はよく思い出せない。 なぜ、自分が強くなりたいのか。 ただ、確かにそう思ってるんだ。 私は強くなりたい」

「でも、だとしたら……。 廿日くんの求める強さって、誰か……人間を斬るためのものなのですか?」

「え? ……うーん、たぶんそう」

「そんなに斬りたい相手がいるのです?」

「いいや、いない。 そんな相手はいない」

「でも、誰かを斬るためのタンレンをしているのですね」

「そうだね。 私はきっと誰かを…… あるいは、誰であったとしても斬らねばならないのかもしれない。 理由は思い出せないけど、ね」


 そんなあやふやなまま、廿日陽介は人を斬ると言った。


 それは確かに異常だった。

 彼はなにの熱もなく、人を斬るために努力すると言ったのだ。

 ただ、ひたすらに強くなりたい、と。


 アンジェリカは違和感を覚えた。

普通なら、隠そうとしていたとしても、少なからず、そこに気迫や決意が混じるもの。

 それは、廿日陽介自身にも説明がつかない衝動じみたものらしかった。


「廿日くんは……変わっていますね」

「そうかな? よく言われるけど」

「はい。 あなたは『なにか』がちがいます」


 もしかしたら、恐ろしい人なのかもしれない。

アンジェリカは、そう思った。


アンジェリカは生まれながらの剣士である。

剣の乙女レヴィアラタ』の称号。その名を継ぐ、異能の持ち主だ。

 魔力によって形成した剣を作り出し、戦うことのできる能力者。

 剣の力を持って生まれ、それを振るうことを望まれ、そのために生きてきた。


 アンジェリカは、かつて剣を知らなかった廿日陽介にその握り方を教えた。

 その時には、感じられなかった。

 恐る恐る戸惑いながら、剣を握っていた彼とはまるで別人。


 人格が変わったかとすら思える振る舞い、鬼気迫る光景。

 あれは、間違いなく人を殺すための剣術だった。


 でも、今の廿日陽介もまた、そうは見えない。

 剣を握っていない穏やかな彼は、悪人には見えなかった。


 つい、アンジェリカは尋ねていた。


「……なにかあったのですか?」

「なにか? ……よく質問の意味が分からないけど」

「剣を握るあなたが。 その、前とは、すごく違っていたから、そう思いました」

「その前と言うのが、全然思い出せないんだけどね……。 君に、剣を教えてもらった時のことだろう?」

「わたしが教えたのは、剣の握り方とか、基本的なことだけですから」


 もしかしたら。

 もしかしたら、本当に別人なのかもしれない。

 アンジェリカは、思う。廿日陽介少年は、自分との関りや思い出を忘れたのではなく、本当に別人と入れ替わったのかもしれない。

 今の彼と、その時の彼は別人なのかも。


 そんなこと、ありえるのだろうか?


 今の穏やかな彼は、以前の彼と同様にも見えるし、そうではないようにも見えた。

 アンジェリカは、廿日陽介をそれほど深く知らないのだ。


「廿日くんは、その剣を誰に教えてもらったのですか?」

「これかい? ……ロドキヌス師からの紹介でね、会わせてもらえたんだよ。 すごい人にね」

「すごい人……ですか」

「ああ。 日本の魔術化部隊を鍛えた人がいたんだ。 ほら、こちらの世界では、すでに実戦には剣術が使われなかったのは知ってるかい?」

「いえ。 『銃』と言うものが、たくさん使われる武器になっていたのは知っていますが」


 アンジェリカは知っていた。

 日本の魔術化部隊は、『銃』を模した魔導器が使われていると言う。

 銃型魔導器は、魔術を操ったり、構築する才覚や技術がなくても、簡単に扱える武器であるらしかった。


 魔術を扱う経験の少ない、日本政府では重宝していると言う。

 日本には、魔術師が少ない。戦闘に魔術使う兵士がいるだけである。

 言うならば、魔術使いとでもいうべきか。


 銃型魔導器は、それなりの欠点があるものとも聞いていた。


「それと、銃型魔導器があることは知っていますですよ」

「そうか。 誰にでも使える魔導器と言われているらしいね。 本物の銃もそれくらいすごかったんだ。 魔術より簡単な訓練で使えるようになる」

「へえ、そうなんですね」


 それがすごいものなのかは、よくわからなかった。

 元の世界では、武力は限定されていた。

 怪物と対抗するには、魔術が必須だったのだ。

 ただの人間のままでは、過酷な生存競争に打ち勝つことはできない。


「その銃もあって……こちらでは剣術はすでに実戦に使う技術としては、廃れたものだったんだ。 だから、スポーツとして存在していた。 人を殺傷する技としては、もはや扱われなかった」

「そうだったのですね……」

「うん。 でも、何事にも例外とはいるものでね。 世にその例外が残ってたんだよ、本当に存在するかは怪しいが…… 『鬼狩り』とやらを生業にする剣士が存在していたんだ」


 嘘か本当か。

 地球マトリワラルには、古くから鬼と呼ばれる怪物が存在していたと言う。

 それは人間そのものでもあり、人間の負の感情から生まれいでたものでもあり、陰の気から生まれたものでもあると言う。


「とはいえ、私は鬼なんて見たこともないけどね」

「その鬼というのを倒すために、剣術が本当に使われるワザとして残っていたと?」

「そう説明されたね。 私は正直、信じたくないけど」

「どうしてですか?」

「だって、もしそんな化け物が昔からいたんだとしたら。 ……まるで、ここが異世界みたいじゃないか」

「わたしにとっては、地球にも怪物モンスターがいることは変ではないです……」

「君たちはそうだろうけど、ね」


 廿日陽介は、遠くを見るように空を見上げた。

 そこには昼間の真っ白な明るい月があった。

青空の中に、漂う月を彼は見上げる。


「月はどの世界でも……月なのに」

「――え?」

「いいや、なんでもないよ」


 寂しげに、廿日陽介は笑った。

 どこか突き放すような笑みだった。


「私に主に剣を教えたのは、雨竜一斎。 そんな古来から『鬼狩り』を脈々と続けてきた集団、その剣士の一人だそうだ」

「……主に、とは?」

「そうそう同じ人に教わるのは、難しくてね。 立ち替わり何人かに教えてもらったのさ、その『鬼狩り』にね」

「『鬼狩り』ですか。 でも、それにしては…… あなたの剣術は」


 アンジェリカの戸惑うような表情。

 廿日陽介は、アンジェリカのその疑問を読み取った。


「わたしの剣技は、あまりにも対人戦に特化してる、かい?」

「……はい」

「鬼とは人のことでもあるんだよ。 人が変化した怪物でもあり、人が生み出した怪物でもある。 急所は人間に酷似しているだ、それに……」

「それに?」

「日本は昔から、この島国の中で人間同士、殺し合っていたんだ。 戦国時代というものがあってね、この島を国々として分かち、土地や覇権をめぐって争っていた」

「わたしの世界でも、人間が土地をめぐって殺し合うのは、ありましたのです。 ただ、国家規模と言うのは少なかったのです」

「それは意外だな、人間の歴史なんて戦争の歴史だろうに」


 アンジェリカは、笑う。

 地球人は、本当に平和ボケしている。


「人間同士争う余裕はないですよ、いつ滅ぼされるかわからないですから」

「――え?」

「人間はいつ滅びてもおかしくないのです、わたしの世界では」

「それは怪物がいるから?」

「それよりもっと恐ろしい。 大地や空を支配する主がいるのです。 それは、怪物をたくさん命令できます。 生み出すこともあります」


 アンジェリカが言う世界観は、出来の悪い冗談のようだ。

 いうなれば、現代人にとって悪夢そのものなのだから。

 だが、アンジェリカにとってはそれが当たり前だった。


「この世界では、人間は王です。 でも、それは勘違いですよ」


 アンジェリカは、人類存続のためならば、死すら厭わない騎士なのだから。

 『剣の乙女レヴィアラタ』は飾りではなく、その宿命を生まれながらに背負うと言うことだった。


「だから、必要ならば、わたしは死にます。 いつか死んで、人間を救わねばなりません」


 そう、彼女は自らの死を言い聞かせられて、育ってきたのだ。

 それが果たされるべき義務として。


「そんなのダメだ!」

「……廿日くん?」

「死なせない! 私が絶対に君を死なせないからな!」


 廿日陽介は叫ぶ、それはあってはならない、と。

 目には涙がこぼれんばかりに、溢れようとしている。

 いつも穏やかで飄々としている彼が、決して誰にも見せない表情だった。

 年相応の子供のように泣き叫んでいる。


 アンジェリカには理解できない。彼が、どうして、そんなにも感情を揺るがされているのか。

そして、アンジェリカには、その目が自分自身ではなく、別の誰かを映しだししているように得た。別の誰かに向けて、言っているようにすら見えた。


 彼は、はっと我に返った。

 そして、赤面する。


「あっ…… いや、ごめん。 すまない。 すまない、本当に」

「えっと、いいえ。 謝らないでください」

「いや、本当に忘れてくれ。 私は、私はこんなつもりじゃなかったんだ」


 慌てふためていて、廿日陽介は取り繕うとした。

 アンジェリカは、どうしたらいいかわからなくなった。

 

それでもアンジェリカは、こう思った。

きっと、廿日陽介は悪い人ではないんだ。優しい人なのだろう。

 なにか欠落したように見えても、優しい人に違いない。

もしかしたら、なにか大きなものを抱えているのかもしれない、とも思った。


「廿日くん」

「な、なんだ?」

「あなたは『ハーメルン』と言うものを知っていますか?」


 廿日陽介少年の顔色が豹変した。

 さっきまで赤色ばんでいた、その顔が蒼白になったのだ。


「それをどこから?」


 声がふるえてすらいる。

 彼は、乾いた唇をなめた。


「もし、あなたが協力してくれるのなら教えてほしい」

「……協力? なにに?」

「この街で大変なことが起きました、それは『ハーメルン』が関係しているかもしれません」


 廿日陽介は首を左右に振った。


「それはありえない」

「……どうして?」

「ハーメルンは秘匿されている。 あれは、私だけの魔術だ」

「やっぱり。 あなたの秘匿魔術だったのですね」


 アンジェリカの想像の通りだった。

 『ハーメルン』は廿日陽介の研究する秘匿魔術である。

 彼が直接、関わってないとしても、重要な手掛かりになるに違いない。

 灰色歩きグレイウォーカーと、どんな関りがあるのかもわからないが、なにか繋がりがあるはずだ。


「……いちから説明します。 話はうまくありません。 でも、わたしの話をきいてもらえますか? 出来ることなら、助けてください。 助けてほしいのです」


 廿日陽介は、それを聞いて黙り込んだ。

 その瞳は震えていた。

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