第1話 エルフ少年と抹茶パフェを食べた
前は、野郎のエルフと抹茶パフェ食べることになるとは思わなかった。
人生とはわからぬものである。
ちなみに生前とは言ったものの、今の私は幽霊ではない。二度目の人生を歩んでいるだけである。いわば来世ともいえるだろうか。
それはさておき私の知る限り、エルフはみな美しい。
それはもちろん、同席するこの男にも言えることだった。
「人間が作ったとは思えないほど美味だな」
エルフの男は差別意識を露わにして、パフェを評した。
いや、男というには、少し幼すぎたか。そう、私と一緒にパフェを食べているのは少年のエルフだった。それでも店内の女性たちの目線をくぎ付けにしているのだから、将来が恐ろしいものである。
古来より、イケメンはモテるものだ。エルフなんて街中を歩けば、女性が列をなしてついてきそうなものである。なんの大名行列だ、それは。
「聞いているのか、陽介」
「もちろん聞いているよ」
「ふん、どうだかな。 ただでさえ人間は寿命が短いんだ、ぼーっと生きて無駄にするほど余裕があると思うなよ」
「耳が痛い忠告だね、気を付けるよ」
「ああ、そうしろ。 僕が人間に忠告することなんてそうはない」
彼は何かと人間に対して差別的意識があることを、人間である私にすら明言してくる。
と言っても、彼に悪意はない。非常に差別的でエルフが最もこの世で優れていると思っているだけで、基本的に善意の人(エルフ?)である。
毒舌なのは機嫌が悪いからではなく、これが素だ。むしろ今は、彼の機嫌は良いくらいだった。
いつもは口をへの字に曲げ、眉をしかめている様なのだが、今は穏やかに眉毛がアーチを描いている。まあ、どんな表情をしていても美形は様になるのだからうらやましい。
私もそんな上機嫌な彼を見て、嬉しくなった。
「そうかい? 君に気に入ってもらえて何よりだよ」
私は彼に微笑みかけた。
「せっかく一緒に食べるのだから、君にも楽しんでもらえないとね」
「ふん。 最初はどんな粗末な場所に連れていかれるかと思ったが、悪くない店だ。 ……それに、この抹茶といったか」
スプーンでパフェを掬うたびに、彼は満足そうにうなづく。
「実に素晴らしい。 ぜひ、父上にも食べさせてやりたいものだ」
この尊大な少年エルフ、その名もファルグリン。
古いエルフの言葉で、運命を司る精霊を意味するのだそうだ。
なおフルネームもっと長い。エルフは祖先を大事にしていて、尊敬する人の名前をいくつも受け継ぐルールがあるそうなので。
もっともフルネームを名乗るなんて人前でみだりにする習慣でなく、大事な儀式の際に口にすることがある程度の頻度らしい。
なので、ファルグリンと私は良き友人であるのだけどフルネームは知らなかった。
「にしても、この国の和風スイーツとやらは、実に罪深い」
ファルグリンは真剣な表情で、そう和風スイーツについて考察した。
何言ってるんだ、このエルフ。
「罪深い? それは……なんというか、未知の見解だね」
和風スイーツが罪深いとは、生前生後を含めて初めて聞いた。
「ああ、人間にはわからぬ感覚だろうが、な」
「それはエルフの文化に関係することなのかな」
「まあ、そうだな。 原初のエルフは『始まりの大樹』より産み落とされた。 いわば、世界樹とも言える存在を母体としている」
「なるほど。 授業でエルフ史について、すこし聞いた気がするよ」
ファルグリンとは、同じ学校の同級生だった。
エルフは見た目で年がわからないものだが、ファルグリンは見た目通りの年齢である。
見た目通りじゃないのは、ある意味むしろ私の方だった。なにせ一度死んでやり直している身である。
「ならば話は早いだろう。 エルフにとってすれば、植物こそが血肉だ」
「ああ、そうなる……のか?」
いまいち感覚的に納得できなかった。
「僕らの感覚からしてみれば、サラダなんて人間の食事の仕方は非常に野蛮だ」
「え、本当に?」
「ああ。 僕や父上は食べるがね、古代じゃあるまいし」
「へえ、君はなかなか革新的なエルフなんだね」
サラダを食べるエルフは、革新的。自分で言っていて、意味が分からないね。
「それはそうだ、こちらの世界に留学するくらいだからな」
「文化的ギャップが激しそうで、世界を超えてくるなんて尊敬に値すると思うよ」
そう、生前との大きな違いはそれだった。
歴史があちこち改変されて、第二次世界大戦のさなかに日本は異世界とつながっていたのである。他にも、アメリカやドイツがつながっている。
ここだけ聞けば夢がありそうなものだが、異世界の事情は深刻であり、異世界とこちらが繋がった理由も悲劇的なものだった。それには核兵器が関係しているのだから。
「なにより、最初は言葉が不自由だったな。 今となっては造作もないことだが」
「突然、異世界に飛ばされた日には、すごく苦労しそうだ」
「それは大事件だな」
わりと小説やアニメの中だと、よくありそうな大事件である。
「話を戻すが。 僕はばかばかしいと思うが、頭の古い連中の中には、植物食をなるべく避けようとする考えもある」
「あー。 昔の日本は、食肉を避ける文化だったよ」
「それはかなり野蛮だな、野菜ばかり食べるのか」
「それを君が言うのか。 いや、魚や鳥は良かったからそれを食べてたんだよ。 魚が一番一般的だった」
「随分と中途半端な考えなんだな」
「たしか宗教的な理由だったんだ、動物の殺生を禁じるとかで」
「植物はいいのか、変な考えだな」
「だから、君がそれを言うのか」
サラダをばりばり食べるエルフに言われたくないところである。
でもこの考えからいくと、いろいろと面白いことが考えられる。たとえばエルフからしてみると、ベジタリアンなんて相当な野蛮人に違いない。
ダメだしをしている割に、ファルグリンは興味深そうだった。
「この国の宗教に関する話も面白そうだな、実のところエルフでも一部の僧は完全に植物食を禁じている」
「それは……大変だな」
「ああ。 実際に行うのは、かなりの苦行だな」
そういいながら、ファルグリンは抹茶ドリンクを飲み始めた。
抹茶ドリンクは、人間でいう牛乳に当たるのか、それともステーキジュースみたいなやばい飲み物になるのか、はたまた豚骨スープ的なものになるのか。ちょっと面白い。
「エルフは『始まりの大樹』を信仰してるんだっけ」
「信仰というか……基本的には『それ』になるのを目指すのが、僧だな」
「『それ』って?」
「大樹になるんだ。 エルフの僧は、『始まりの大樹』と同じものに変化しようとする」
「エルフが木になるの?!」
「何が不思議なんだ? 元がそうなんだ、難しいが成れないこともないさ」
はじめて聞いた話だった。
「大樹を目指す僧は、植物を断つ。 それに対する欲を捨てるんだな」
「じゃ、家畜の肉でも食べるの? 牛とか、ブタとか」
「……僧に言わせれば、人間の文化で一番野蛮なのは、木を伐採することでも、野菜を育ててサラダを食べることでもない。 家畜を育てることだぞ」
「え、なんで?」
「動物を育てるのに、餌に大量の植物を消費するだろうが」
「ああ、なるほど」
と、なるとベジタリアンはエルフのなかでアリなのか、ナシなのか。考えるのに困るところである。
「って、あれ? それだと食事がままならないんじゃ?」
「自然の中で生きるのが、エルフの僧だ。 狩りをするのさ」
「あ、それっぽい」
「ぽい?」
「狩りの名手って、エルフっぽい」
「……今時、そんなことをしているのは、大樹に寄り添って生きてる連中だけだがな」
「そういうものか」
「お前たちだって、普段から狩りをしてるわけでもないだろう」
「うん、そうだね」
こうやって、抹茶パフェ食べてるくらいだもんな。
「その理屈で行くと、畑で野菜を育てて食べるのは、わりとエルフとしてはありなのか」
「全部がありという訳じゃないがな。 人間でいうと、家畜を食べる程度の概念に当たるんじゃないか。 少なくともこの国だと、犬や猫はあまり食べないだろう?」
当のエルフであるファルグリンは、自信なさそうに言った。
「なんか、はっきりしないね。 どの野菜が犬や猫なのか、まるでわからないし」
「……僕は別に全エルフを代表してるわけじゃない」
「そりゃそうだ」
至極まっとうなことを言われてしまった。
私だって、全人類や日本人を代表しているわけでもなかった。人間の文化だって地域差があるものだし、考え方だってそれぞれ違う。
きっとファルグリンと話をした内容だって、大樹に寄り添うエルフや、エルフの僧に直接聞いてみれば違った答えが返ってくるはずだった。
「でも、そういった文化があったのを考えると、確かに和風スイーツは罪深いね」
「ああ、背徳的な快感をもたらしてくれるともいえる」
変態か、このエルフ。
そんなわけで、彼と和風スイーツを食べてまわりながら、とりとめのない話をするのが今後の日課になるのだった。
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