短篇集
四月朔日 祭
第1話 Easy&Easy.
気のいい陽気なコックのトムが血走った目で俺を見上げている。顔をゆがめると「No・・・!No・・・」と血まみれの足を抱えて唸ってからまた俺を見上げる。俺はまだ漂う硝煙の匂いを嗅ぎながら、トムと、その後ろにいる軍医殿を見下ろした。黒人の少年兵で、戦闘に出しにくいからコックをやらされているトム。もういいだろ、甘やかすのはおしまいだよ坊や。軍医殿もヒョロヒョロとしていて戦うのに向いてないな。
すまないな、赦されないとは思うが、誰かが死ななきゃならないから撃たせてもらった。お前たち二人は甘っちょろいんだ。
気のいいトムは基地周辺の住民に食糧を横流ししては小遣いを稼いでいた。俺と軍医殿とは前の戦場以来の仲だ。トムの稼いだ小遣いは俺たち3人の酒代や女を買う金になった。助かったよ、トム。
このシェルターの掃除係だったのがマズかったな。警報が鳴ってデカい「アレ」が隣の村を消滅させやがった。当然、基地も巻き添えで「ボンっ!」だよな。生き残ったのは俺たち3人だけだ。その証拠に3日経っても誰も迎えに来ないじゃないか。死ぬならみんな一緒が良かったんじゃねーかな。埒も無い考えだが。
状況が変わったのは30分ほど前だ。電力の供給が止まるって警告が出た。バッテリーが無くなれば換気も出来ない、明かりも無いってことになる。都合のいいことに30分も歩けば非常用の発電装置がある。なぁに、簡単な仕事だ。燃料コックを捻ってボタンを押せばいいだけ、餓鬼でも出来る仕事。
軍医殿は言ったよな?
今外に出れば放射能障害で1時間も持たないだろうってさ。ソレが本当かどうかは知らねえが、確かにマニュアルには避難時のことが書いてあった。シェルターに留まれば安全だろうが、お外が安全になるまで3週間か・・・電力が無ければ籠城も出来ないしなぁ・・・・
なぁ軍医殿。
そこで足を抱えて蹲ってるトムの治療をするのは誰だい?
なぁトム。
お前がいないと冷凍庫の凍ったチキンの食べ方も分からないんだ。
だからよ?
俺がちょっくらハイキングついでに発電設備のボタンを押してくるから。それでいいよな?足を撃ったのは悪かった、謝るからよ。
それと、生きて戻ったら田舎のおふくろに伝えてくれないか?おふくろは徴兵されていく俺を悲しそうに見ながら
「人を、殺しに・・・行くのかい?」
って言ったからさ、息子は前の戦場、そうそう、あの東アジアの小さな国で人を殺す前に死んじまったってさ。あの国はいい国だったな。デカい「アレ」さえ落ちなければ未だに世界のトップにいただろうに。
じゃ、あばよ戦友。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
トムが足を引きずってキッチンから帰ってきた。いくら俺が軍医でも数時間で銃創の完治は無理だからな。で、どうしたトム?
ああ、あの馬鹿な野郎のことな。
畜生!畜生!あの野郎・・・勝手なことしやがって・・・今度会ったら・・・会ったら・・・
俺が行こうと思ったんだよ、このくじで「誰が死ぬか」を決めるつもりでな。赤い印がある紐が「アタリ」だってことでな。あの野郎は見抜きやがった、いきなり全部抜きやがった。そうだよ、赤い印なんざ無いさ。残った1本がアタリってことにして、くじを作った俺が行こうって・・・畜生・・・
いいから言えよ。今さら隠し事は無しでいこうや?水が無い?どう言うこった?タンクが汚染で?そうか、シェルター内の汚染をさせないためにセーフティが働いたんだな。ミネラルウォーターの備蓄は?無いんだな・・・ふーん、1人ならギリギリで3週間かぁ・・・
なぁ、トム。後ろにあるモニターのスイッチを入れてみないか?救出作戦の予定とか出てこないかなってさ、思うんだよ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
クソったれの軍医め。何がモニターだよ、クソッタレが・・・俺が後ろを振り向いた瞬間、思いっきり殴りやがって。
その軍医殿が天井からぶら下がってるのもクソだな。全部クソだ、この戦争もピクニックも、軍医殿もクソだ。生き残った俺はクソ以下だ。でもさ、ピクニックに行ったアイツのおふくろさんに伝えないと駄目だよな。
「貴女の息子さんは俺の命の恩人です」ってな。
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