1962年秋(1/3)
事務のお仕事は確かに礼子さんの言う通り市役所の経験が役立った。
また教官の人たちとも話す機会が増えた。
「古城さん、わしら怖いかのう」
教官室に配乗予定表を届けに行ったらよくうちの技能教習に当たっている薩摩教官に呼び止められてそんな事を聞かれた。見た目はイカツイ50代のお父っつあん。本当は優しいんだけど言葉と声量がちょっとね。
「うーん。皆さん本当は優しい人達だと今は知ってますけど」
「今は?」
「まあ、元警察官の方ってちょっと怖い印象はありますよねえ」
「うーむ。古城の奥さんにまでそう言われるとは。辛いな」
まあ、薩摩さんに限らず皆さん迫力あるからなあ。
「なんかあったんですか?」
「女性生徒が入ったじゃろう?」
あー。それ。泣いて帰った子いたなあ。
「誰か泣かせてましたねえ。事務室でも話題でした」
とりあえず微笑んでおく。
「あれなあ。教習で危ない運転されたから、コラッぐらいは言うで」
「そう言った理由は説明してます?」
「そりゃ、危ないじゃろうがぐらいは言っとるよ」
「どう危険だったか具体的に言ってあげないとわかんない子もいると思います。この場合もそうじゃないですかねえ」
「うーん。次の教習で言ってみるわ」
「そうしてあげて下さい」
別の日に薩摩教官と会ったら「ありがとう。よく説明したらわかってくれたわ」と喜んでいた。
うちの教習も順調に進んで秋頃には仮免許も取れて卒業検定も見えてきた。
松代自動車学校はいち早く県の公安委員会指定自動車教習所の認定を取っていた。
おかげで技能、卒業検定は学校で受ける事が出来た。
そんなある日、松代さんに校長室へ呼ばれた。校長室では礼子さんも待っていた。
「古城さん、折り入って頼みがあるんや」
「何ですか。お二人揃ってえらく改まって」
「今度、県警の交通部長が視察に来るんや。多分検定の同乗立ち会いを言ってくると思う。その日にならんと誰が当たるか分からんのやけど古城さんの卒業検定、その日にしてくれんか」
「この人、交通部長と喧嘩しちゃってさ。それ自体はどうでもいいんだけど内容は女性に運転免許は向いてないとか交通部長が言い出してこの人が怒って否定してうちの生徒を見ていれば国民総ドライバー時代は予見できるんだって言っちゃったんだって」
呆れている礼子さん。
「そこにきて視察でしょ。あなたを入れておけば多分検定同乗の指名が掛かると思う。あなたなら心臓強いし大丈夫かなって」
あ、他の女性生徒の検定は入れない気だな。
「ハハハ。今のうちの立場だと断りにくいですねえ」
他の女性生徒の人じゃ災難過ぎると考えたんだろうなあ。多分このアイデア出したのは礼子さんだろう。
「落ちても補講代はうちで持つから。助けると思って」
この夫妻からのたってのお願いじゃ引き受けるしかないか。
「分かりました。交通部長さんが来るのはいつになるんですか?」
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