1962年夏(3/5)

千裕さんから封筒を渡された。

封筒の中を取りだしてみたら松代さんのところの自動車学校の申込書や教則本など一式が入っていた。


「えー。これをうちがですか?」

「そう。チセさんが」


本当に千裕さんは突拍子もない事をするんだから。

うちとの約束どうなってるんですか?と思ったけど、千裕さん会計から負担すると言われたので反論する理由はもはや「うちの意思はどこに?」ぐらいだった。


「もちろん、チセさんが嫌なら諦めるが」


そういって千裕さんは微笑んだ。


「でも何か新しい事に挑戦するのはチセさん、嫌いじゃないと思ったけど?」


この点は確かにその通りだった。

家事は新三種の神器のおかげで今までよりもさっさと片づく。

伯父さんや伯母さんの手伝いもやっているけど、こちらだってそこまで時間を取られるような事ではなかった。


「一晩考えさせて」


とうちは言ったけど、あらかたこの時点で気持ちは決まっていた気もする。


翌朝、千裕さんより先に目が覚めたうちはそっとお布団から出ようとした。まだ爽やかな空気が素肌を撫でたところで千裕さんが目覚めたらしく「チセさん」とうちの名前を呼んでそっと手を引いたので彼の腕の中に戻った。


しばらくして流石にそろそろ起きないといけないなと思って彼に口づけすると身体を起こした。お布団からそっと出ると枕元に用意していた着替えを身につけた。彼はそんなうちを黙ってみていた。


「千裕さん。……昨日の話、やってみますけど所定期間内に取れなかったら追加料金とかあったりしません?」

「そりゃ、あったりするかもしれないけど、わしなんか同級生にお前なら割り増しじゃと最初から言われるよりはチセさんの方は大丈夫。万が一そんな事になってもそりゃあ仕方ない事だから気にしない。どっちにしろわしには無理だから。わしに無理な事をチセさんに怒ったりはせんよ」


千裕さんは布団の上で体をおこしながらさらりといった。


「だから気にせず普段通りやったらいい」


千裕さんがうちを信じてくれるのはうれしいけど、それにしても博打ばくちうちな性格をしていると知るのはもっと後の事だった。

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