協奏曲

覚悟

 


 翌日ムジカは朝一番でラスをつれて、スリアンの下を訪ねた。


「もしかして鉄腕ヴァルとやりあったのかい。よく無事だったな!?」


 ムジカが邪魔にならない程度に昨夜のことを語れば、スリアンは感嘆の声を漏らした。

 スリアンは上半身をさらしたラスに、コードで様々な機器とつないで様々な作業をする手を止めはしなかったが、それでも動揺している風だ。

 ムジカも彼女に知っているような口調に驚く。


「鉄腕ってあの護衛のこと知ってるのか」

「ああ、自律兵器を圧倒できる両手足が奇械アンティークの野郎なんて鉄腕ヴァルしかいないだろう。イルジオの元軍人でまだ生身の手足だった頃から奇械アンティーク壊しブレイカーで有名だったやつだよ」


 軍人と言われて、ムジカは妙に納得したがスリエンの話は続く。


「けど数年前に合成獣型キメラタイプを討伐したときに手足がだめになったもんで、移植手術をしたらしい。ただの義肢じゃなくて自律兵器ドールだってことで、奇械アンティーク技師の間では有名なんだよ」

自律兵器ドールの手足!?」


 スリアンの説明にムジカは心底驚いた。

 金さえ用意できれば、現在の技術でも欠損した手足を義肢で補うことはできる。だが、現在出回っているものは日常生活に支障がない程度に動くだけで、激しい運動に耐えられるものではないのだ。

 しかしムジカをさらいラスを圧倒した男の手足は、ただの人間はおろか並の自律兵器ドール以上の性能を誇っていた。

 その謎の答えが自律兵器の腕なのだろう。


「いやでも、自律兵器の移植までしたのに、よくイルジオ帝国が手放したな」

「噂では移植をした研究者と一緒に姿を消したらしい。法的には円満退職だったから、引き留められずに行方不明だったんだが。まさかバーシェにいるとはなあ」


 それがアルーフだったか、とムジカは得心した。


「詳しい性能は分からねえが、たぶん本人に指揮者ディレットの適性があったんだろうな。自律兵器は指揮歌には逆らえねえ。制御ができれば奇械アンティークは生身の人間に勝てるものじゃねえからな」


 しみじみ言うスリアンに、大量のコードにつながれたラスが反応した。


「あの人間の攻撃パターンおよび性能は把握しました。次は制圧します」

「お前、一方的にやられたのが悔しいのか」


 ラスの言葉に少々力が入っている気がして、ムジカが思わず問い返す。

 するとコードを揺らしながら、ラスの紫の瞳がこちらを向いた。


「悔しいという感情は分かりませんが、あのときは動力不足により通常パフォーマンスを発揮できませんでした」

「それ戦場では負け犬の遠吠えって言うんだ。あと動くな手元が狂う」


 妙に辛辣なスリアンの言葉に、ラスが沈黙した。

 ムジカは乾いた笑いを漏らしつつ、彼がそう主張するのもあながち根拠があってのことかもしれないと、改めて彼の体を眺めた。

 コードが露出していたはずの腹は、すでになめらかな質感に戻っている。

 ムジカがうとうとしながらも歌ったおかげか、翌朝にはその状態になっていて驚いたものだ。あまりにも驚きすぎて、昨夜出し損ねたという夕食メニューを並べていたラスのシャツをひんむいたほど。

 乙女としてやり過ぎだったかも知れないと若干反省している。

 ともかく彼が自律兵器として最高位の性能を有していたのなら、十全に発揮できないまま一方的に手玉にとられたことは遺恨があるのだろう。それだけあちらの方が百戦錬磨だった、というのもあるだろうが。

 しかしながら、どれだけ重大な損傷だったか説明しようにも傷がなくなっていただけに、信じてもらえないかと戦々恐々としていたのだが、スリアンはしげしげと修繕部分を観察して言ったものだ。


「ここだけ、妙に新しくなってるな。自分の体を一時的にエーテルに戻して再構成したのはわかる。だがあくまで応急処置だ。質量が足りなくなっているだろ」

「肯定です。乾質スキンと地型硫黄、塩、風型水銀の提供を要請します」

「元素資材の在庫、あったかな」


 そうしてスリアンが出してきた元素資材を。ラスは片翼から伸ばしたエーテルの端子で取り込む。そんな彼にスリアンはもう一つ投げつけた。


「ほれ、飲め。汎用性の高いエーテル液体タイプだ。特別に自律兵器ドール用の高パフォーマンスモデルを出してやる」


 見覚えがあるパッケージングされた液体型のエーテル燃料に、ムジカは口を挟んだ。


「ラスの補給法はそういうのじゃないらしい」

「はあ? 結晶ならともかく液化させたのならほぼすべての奇械アンティークが吸収できるはずだ」


 スリアンのあきれた声にムジカがラスを見れば、銀髪の青年人形はふいと顔をそらした。


「急速に充填される感覚がノイズになるときがあるから、拒否する奇械アンティークもあるらしいからな。ここら辺は機体に差が出るけど」

「……おい、ラス?」


 ムジカが声を低めて呼びかければ、少しの間の後ラスはしぶしぶといった雰囲気で液化エーテル燃料のパッケージを手に取った。


「緊急補給が必要になると、想定していなかったので」


 ムジカがラスの頭をはたいたのも、無理ないと思うのだった。

 とはいえ、おとなしくパッケージの封を開けて中身を流し込むラスはいつもと表情が変わらないようにも思えたが、どことなく覇気がない。

 まさに奇械アンティーク的に液化エーテル燃料を流し込むラスを眺めつつ、ムジカは思わずつぶやいた。


奇械アンティークにも好みってのがあるんだな」

「あるぞ個性もある。こうやって修理してるとな、積み重ねてきた年月がその物を創るって言うのを実感する」


 作業をひと段落させたスリアンは煙草に火をつけ、ふうと紫煙をはいた。

 彼女が好む煙草は、酒場で嗅ぐものとは違い甘い落ち着いた香りをしていた。


「同じ使用人型でも、床掃除が得意なやつと配膳が得意なやつがいる。ただの経験の積み重ねだって言うやつはいるけど、私はそこは人間と変わらないんじゃないかと思うんだよ」


 スリアンがどこか遠い目をするのが印象的で、さらに問いかけようとしたムジカだったが、こちらを向いた彼女は表情を引き締めていた。


「で、これからどうするんだ。その野郎、話し合いでなんとかなりそうなやつじゃねえんだろ」

「まあな。提案だったけど逃がす気はないって意思は感じる」


 ムジカははじめ今回のことについてごまかすつもりだったが、彼女の店に昨夜あの屋敷へおいていったはずの荷物が丁寧に届けられていたのだ。

 荷物をムジカの家ではなく、親しい人間であるスリアンの下へと届けたのは、断るとどうなるかという明確な脅しだろう。そういった面から見てもムジカが選べる手段はないとも言えた。

 スリアンは自分にも危害が迫っているにもかかわらず、隻眼で傍らのラスとムジカを交互に見やった。


「それでも、こいつを手放す気はないんだな?」

「ない。あいつがいけすかねえというのもあるけど、なんか気味が悪いんだ……ごめん」


 巻き込むことに罪悪感を覚えてムジカが謝罪を口にしてうつむけば、盛大にため息をつかれた。


「アルバのことがあったからね。私のことを信用しきれないのも無理はない。だけど私は、あんたを身内みたいなもんだと思ってる」

「あたしだってそうだけど! でも」

「頼ってほしい時に頼られないのはつらいもんだよ」


 スリアンが寂しげに眉尻を下げるのにムジカは息を飲み、羞恥と恐怖に似た感情に動揺した。

 ずっと1人でよいと思っていた。誰かに頼ったとしても利用されるだけだと怖かった。

 でも、とムジカはラスを見る。この青年人形が打ち明けなかったとき、ムジカは裏切られたような悔しさを覚えた。

 それを今までスリアンに感じさせていたとしたら。


「い、いいの」


 震える声で問いかけるムジカを、スリアンは笑い飛ばした。


「ばあか。こいつの存在を聞いたときから一蓮托生だよ。これ以上秘密にしていたら奇械アンティークの材料にしちまうぞ?」


 冗談めかして物騒なことを言う隻眼の美女に、ムジカは泣きたいような安堵に表情を緩めた。

 スリアンはさらに腕を組んで考える風だ。


「それに又聴きになるけど、私もアルーフって野郎の言動はちょいと気になるね。というかそういう人間は信用しないって決めてんだ」


 その言葉に、ムジカもうなずく。


「言ったことと本当の目的が違う気がする。そこに交渉の余地があると思いたい」


 ラスがすべての奇械アンティークの父であるホーエン博士によって造られた特別製の自律兵器ドールで、解体して研究すれば自力で奇械アンティークを製造することも可能だから、ラスを欲している。ただし強硬手段に出るよりも、穏便に無傷で手に入れたいためにムジカに譲渡を求めた。

 確かにアルーフが言っていたことは一応の筋が通っているように思えたが。

 まず前提条件の確認だ、とムジカはラスに問いかけた。


「お前の管制頭脳に賢者の石が使われているのは本当か」

「肯定です。第一原質プリママテリアとなる賢者の石が使用されています」

「こいつの頭と管制頭脳が一般的な自律兵器ドールとは全く違うのは確かだ」


 スリアンの補足もあり、ラスが本物であると結論づけていいだろう。しかし結果的に冷静に考えられるようになった今、どうにもまっすぐ受け入れがたい何かを感じていた。

 それはムジカたち下層民の根底にある、上流階級に対する不信感のせいかも知れない。いつだって世の中は理不尽だ。それでも引っかかったのなら考えるべきだと、最後まで無様にあがこうと思ったのだ。


「あいつらは奇械アンティークを創り出すために、熾天使を発掘しようとしていたってことか? 確かにここは大戦時代、自律兵器の巨大整備工場で激戦区のひとつだったらしいが……」


 スリアンが困惑のまなざしをラスへ向けるのに、ムジカは昨夜の記憶を正確にさらって違和の一つに気がついた。


「いやたぶん違う、と思う。遺跡にまつわるお宝の噂を信じるような奴には見えなかったし、あいつはお宝がこんなにって言ってた。この言い方だとラスが目的じゃない、よね」


 父親の探掘を間近で見ていたムジカですら「黄金期の遺産」は眉唾のものだったのだ。研究者気質のアルーフが本気で信じて探掘させていたとも思えない。

 そこまで考えたところですこし違和を覚えたムジカだったが、ひとまずはアルーフについてだと置いとくことにした。


「あいつは、奇械アンティークを一から造りたいって言っていたし、あいつ自身も研究者とかそんな感じだった。けど研究資料として奇械アンティークを欲しいって言っても、微々たるものだよな? そしたら何で公認探掘隊は探掘してるんだ?」


 首をかしげるムジカに、スリアンは難しい表情で考えていたかと思うと言葉を選ぶように言った。


「探掘隊が現れるようになった数週間前から、ちょくちょく奇械アンティークのパーツが持ち込まれるんだが、強度が低い物が混ざってるんだ」

「ムジカと俺が制圧した蛙型も俺が記録している物よりもろいものでした」


 ラスの証言にムジカが目を見開けば、スリアンももう一つ告げた。


「ついでに知り合いから聞いた話だが、公認探掘隊の研究所が大量の元素資材が輸入しているらしい。バーシェの奇械アンティークを全部直したとしても有り余る量がだ。なのに市内に流通している量は変わらないときている」

「……まさか、本当に奇械アンティークを一から作っているのか。でも研究所が研究成果を発表したなんて話は聞かないぞ」


 政府公認を盾に遺跡内を我が物顔で歩き回る探掘隊が、バーシェ政府にどれだけの功績を約束しているのかと探掘屋シーカーの間では盛んに噂されていた。


 なぜ研究所が探掘屋シーカーに依頼しないのだと文句を言い、初期の頃、探掘屋たちはどれだけの資源が持ち去られるのかと危惧していた。しかし同時期に奇械アンティークの出現が増えてきて興味が集中し忘れられていたのだ。

 そこまで考えたムジカは、話がつながって目を見開いた。


「アルーフは、遺跡のどこかで奇械アンティークを組み立てほっつき歩かせてるのか!?だから知らずに探掘屋シーカーが鹵獲した新しい奇械アンティークの部品が出回ってる?」

「それなら、ラスが自律兵器ドールってばれた理由も説明がつく。自律兵器ドールのほうに記録装置がつけられてたんだろう。あんた達が捕獲した蛙型、その後どうした?」

「べつに欲しい獲物じゃなかったから、その場で怪我した採掘夫の治療費にしてくれって丸投げした」

「あんた、妙なところで気前がいいな」

「うっさい。……ああそうだ! そういえば、ウォースターさんが渋い顔してた! 研究所の野郎に蛙型を強引にとられたって! 祝勝会をやってる隙にやられて悔しがってた」

「それだな。あんたらを知る機会はあった」


 スリアンに賞賛の目を向けられ顔を赤らめたムジカだったが、新たな疑問が出てくる。

 せっかく造ったはずの奇械アンティークを、遺跡内に徘徊させている理由がわからない。なにせ久々の稼ぎ時だと探掘屋シーカーたちが嬉々として鹵獲して壊しているのだ。無駄以外の何物でもないだろう。やはりこの推論は間違っているのだろうか。


「なんか、ほかに変わったことなかったっけな……」

「遺跡内を徘徊している自律兵器ドールおよび奇械アンティークの中に、行動パターンが未熟な機体が見受けられました」


 エーテル燃料を飲み終えたラスの証言に、ムジカはもやりとした引っかかりを覚えた。

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