解除不能



 奇械アンティーク技師スミスであるスリアンの営む店内は、様々な奇械アンティークの部品であふれていた。

 奇械アンティークを専門に修理しているスリアンの工房は、遺跡から発掘された部品が雑多に積まれ、隅には委託されたらしい奇械アンティークが整備を待っている。部屋の一角には、なにかしらの検査をするためだろう機器類がそろい、作業台の上にはムジカにもわからない工具のたぐいが妙にきちんと並んでいた。

 ムジカにとっては見慣れた光景で、ふだんは何の感慨も湧かないのだが、今日は緊張を強いられていた。


「なるほど、な」


 一角にもうけられている応接用の長いすに机を挟んで向かい合い、ムジカは昨日の顛末を一から十まで話し終える。

 とたんスリアンの深いため息が響いて、妙に後ろめたい心地でちぢこまった。

 スリアンは、隻眼で机に置かれた自律兵器ドールのエーテル機関と、ムジカの隣に座る銀髪の青年人形を見やる。


「そこで見つけたのがこいつってことだな」

「記憶領域の一部が破損してるらしくて、あたしじゃどうにもならないから。スリアンならこいつがどんな自律兵器ドールかわかるかなって思ったんだけど。ついでにそのエーテル機関も売り払いたくて」

「危なっかしいあんたにしてはいい判断だ。とりあえず、無事で良かったよ」


 若干表情が和らいだスリアンに、ムジカは肩の力を抜いて身を乗り出した。


「なあ、こいつあたしのこと歌姫ディーヴァって呼ぶんだけど、どうやったら解除できるかな。ついでに引き取り手を見つけてくれるといいんだけど」

「それは無理だな」

「え」


 あまりにもあっけなく告げられて、ムジカは虚を突かれた。

 スリアンは艶麗な顔に渋面を浮かべて頬杖をつく。


「あまり知られてないが、歌姫ディーヴァってやつは、自律兵器ドールが自ら選ぶ、特別に相性がいい人間のことだ。その分歌姫ディーヴァになったやつの歌はいっとう効くから、大戦にはべらぼうに重宝されたらしいがな。私も登録解除仕方なんて聞いたことがない」

「そん、な」

「やっかいごとはほかにもある」


 スリアンは厳しい表情を崩さないまま続けた。


「数日前に反吐が出るほど偉そうな研究所の野郎どもが、遺跡内で発掘された自律兵器ドールの情報提供を求めて来やがったよ。奴らの目的は、主に遺跡から発掘される自律兵器ドールらしい」

「そういえば探掘屋シーカー界隈でも、公認探掘隊は部品やらほかの遺物やらには目もくれないとか言う話を聞いたような」

「あんた、同業者と交流できてるのかい……?」


 ムジカがうろ覚えな記憶を探っていれば、スリアンにかわいそうな子を見るようなまなざしを向けられ、慌てて否定する。


「ちゃ、ちゃんとうまくやってるから」


 まさか、必要最低限しか交流していないとは言いづらい。

 父親が亡くなって以降、スリアンはムジカのことを何かと気にかけてくれる人であったから、心配をかけたくないのもあった。

 スリアンには疑わしげな顔をされたが、今ここでは深く踏み込むつもりはないようだ。


「話を戻すぞ。そんでもって、このバーシェもイルジオ帝国も軍備増強のために、喉から手が出るほど自律兵器ドールを欲しがってる。こいつの存在がばれたら、まず間違いなく接収に来るだろうさ。ついでにこの顔だ、街の上流階級もこいつが人形だとわかれば欲しがるだろうな」

「あたしは、別に手放しても……」

「所有者登録が外せない機体を、だぞ」


 スリアンに強調されて、ムジカはようやく事態を飲み込んだ。

 渋い顔になるのを自覚しながら傍らに座るラスを見る。

 とても美しい。銀の髪と紫の瞳は幻想的でさえある。髪の一筋からあごのライン、服を着て関節を隠しさえすれば、全く人間と区別がつかない人形。

 人々が発掘された遺物を欲しがるのは、何も実用のためだけではない。美しくて珍しければ、金の有り余った自称紳士淑女たちがこぞって買いあさるのだ。


「それってさ、あたしごと取り込む。あるいはあたしをどうにかしてでもってことだよね」


 無言でうなずくスリアンに、ムジカは当たって欲しくなかったと心底思った。

 ようやく自分を取り巻く状況に実感が湧いてきたからだ。

 このバーシェで、人の特に中流下流層の命は奇械アンティークより軽いというのは厳然たる事実である。なぜなら人はいくらでも補充できるが、奇械アンティークは現在の技術で再現できないからだ。

 スリアンのように専門の修復師はいるが、修理に使うパーツもすべて遺物から発掘されるものである。

 上層に住まう貴族階級の理不尽な行動を見聞きしているムジカには、見つかった場合の末路が容易に想像できた。


「こいつはお前が思っているより上等な自律兵器ドールだ。ここまで精巧に作られた人型はそうはないし人型の奇械アンティークは普通、獅子型の自律兵器ドールを倒せる戦闘力もない。こいつはアルバが探していた『黄金期の遺産』の可能性が高い」


 ムジカは明確に言葉にされて表情をこわばらせるが、スリエンはさらに追い打ちをかけた。


「何をしてでも欲しがるやつはいる。あんたなんてこいつを従わせるための格好の人質だ」

「ムジカの危険は、俺が排除します」

「てめえには聞いてない。そもそもムジカに降りかかるかもしれない危難は、すべててめえが彼女を歌姫ディーヴァとして登録したことが原因だ」


 厳然と切って捨てるスリアンの言葉に、ラスは口を閉ざす。

 それは間違いなく正しい。

 だがムジカはラスをにらむスリアンへ言葉を発した。


「スリアン、これはあたしの選択だ。だから全部あたしが背負う」


 ラスをかばうつもりはない。

 確かにこれからのことを考えると面倒くさいし、なんてことになったのだと、十数時間前の自分を殴りたくもある。だが、ムジカがこうして生きて地上へ戻ってこられたのは、ラスが目覚めてくれたからだ。

 ならば、これは自分で選び取った問題だとムジカは思うのだ。

 ムジカが青の瞳でまっすぐ見つめれば、スリアンは隻眼の瞳を見開いた。 


「ムジカ……」

「迷惑かけてごめん、スリアン。こいつは口止め料に置いていく」


 自律兵器ドールのエーテル機関だ、この一件を黙ってもらうには十分な金額だろう。これからどうするかじっくり考えなくてはならない。

 ムジカが席を立とうとすれば、スリアンの顔がもどかし気にゆがむ。

 なにかまずいことを言っただろうかとムジカが首を傾げれば、スリアンは深く深くため息をついた。


「まだ借金が残ってるんだから、そんな気前のいいことしてる場合じゃないだろう」

「でも、黙ってもらうんだから何かしらの対価が必要だろ?」


 何か情報を得たり便宜を図ってもらったりするには袖の下が必要なものだ。自分の命がかかわるものならなおさら、それなりの金額を渡さないといけない。

 だがスリアンは苛立たし気に首を振りムジカへと身を乗り出した。


「それでももらいすぎだ。これだと私を雇えちまう」


 意地を張るように明確に言わないスリアンの婉曲な言い回しに慣れっこだったムジカは、意図がわかり目を見張った。


「協力してくれるの」

「これも乗りかかった船だからな」


 むっすりと不本意そうなスリアンに申し訳なく思いながらも、ムジカは表情を緩めてはにかんだ。


「不安だったんだ。助かるよ」

「まあ、やることは簡単だ」


 スリアンは頬杖をついたまま、ラスとムジカを交互に見やった。

 ちょうど、楽しいいたずらを思いついたような表情だった。


「てめえら、一緒に暮らせ」

「……はあなんで!?」


 その提案にムジカが驚きの声を上げれば、スリアンはにやにやと楽しげな顔をした。


「幸い、こいつは関節さえ隠せば人間に見える。多少人のまねを覚えさせれば、こんな上等な人型奇械アンティークが探掘街界隈で泥まみれになってるなんざ誰も思わないさ」


 金と暇の有り余った人間の考えることは、どの時代も似たようなものだ。

 完全な二足歩行の人型奇械アンティークは、愛玩用の高級品と相場が決まっている。

 妊娠の心配をせずに楽しめるという触れ込みで、精巧に作られた人型の奇械アンティークは存在していた。

 だが整備の難しさや燃費の悪さなどで数が少なく、それこそ上流階級にしか流通しないため、ムジカもお目にかかったことはない。

 そのため人間にしか見えなければ疑われる心配はないというスリアンの言葉ももっともだったが、ムジカはそれでも抵抗した。


「そんな見つかる可能性があるのに連れ歩くなんて。そうだ、あたしが休眠を命じて隠しておくとか」

「こんな高性能な奇械アンティークを使わないでおくのか? そっちの方がもったいないだろうに」

「それならあたしが命じるよ、スリアンのところで働くようにって!」

「うちの手はうちの奇械アンティークで十分足りてるし、それはあんたの奇械アンティークだろう?」


 言質をとられぐぬぬと言葉を飲み込んだムジカに、スリアンはにやにやとした笑みを崩さない。

 ムジカがなおも言いつのろうとした矢先、ラスが唐突に口を開く。


「ムジカの安全確保を円滑にするため、そばでの行動を求めます」

「お前には聞いてない!」 


 八つ当たり気味にラスへとかみついたムジカは、どうやって逃れようかと頭をフル回転させていた。

 こんな綺麗な青年にしか見えないものをつれて歩いたら、あらぬ噂が立ちそうだ。

 それに、使い道なんて思いつかない。今まで全部一人でやってこられたのだ。

 自分の生活に入ってくると思うだけで、ものすごく抵抗感がある。

 かといって、これを解体して処分するという選択はこの自律兵器ドールの価値がわかる探掘屋シーカーだからこそ取れなかった。

 葛藤しているムジカにスリアンは気遣うような、やんわりとした表情になる。 


「探掘の手伝いをさせりゃあいい、あんたにもそろそろ相棒が必要だろう?」

「……いるかいらないかはあたしが決める」

「一人で新しいルートを開拓しにいったら、トラブルに巻き込まれたのは?」


 痛いところを突かれたムジカは、スカートをしわが寄るまで握った。


「というか、これだけの自律兵器ドールだろ、あたしの稼ぎで動力なんかまかなえないし」

「通常稼働は空気中のエーテルのみで問題ありません」

「……」


 ラスの追い打ちに、ムジカが沈黙することしかできなくなる。

 スリアンはにんまりと笑った。


「なに、ずっとじゃない。その間に私の方で契約解除法を探してみる。その間の辛抱だ。あんたの借りてるフラットはもう一人くらいふえたって大丈夫だろ。良い働き手ができたと思ってこき使ってやれ」

「あたしの気力が持つ間に、なるべく早く見つけてくれ……」


 観念したムジカは、姿勢正しく座るラスを気にする余裕もなく、頭を抱えてうなだれるしかなかったのだった。

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