LOST DAYS~It‘s a wonderful WORLD~➆

 「イっくんはね。……人間じゃないんだよ」

 

 参道の賑わいから少しはずれた神社の境内。

 そこから更に林の中へ分け入り、喧騒からも煌めく明かりからもだいぶ遠のいた静かな場所。

 

  サラサラと流れる小川のほとりまで歩いてきたところで、マリネはそう言った。

 

 向かい合うわけでもなく。

 繋いだ手を離すでもなく。


  花火が散った後の幾らか霞んだ星空が映り込む川面を並んで見下ろしながら。


 ポツリと、普段通りの何気ない調子で前置きもなくそう言った。

 いや、おそらくこれが前置きということになるのだろうか。


 これから彼女の口から紡がれる、『タチガミ・イチジ』というナニかの正体を語る上での……。

 

 「人間じゃないんだよ、イっくん」

 

  「うん」

 

 「比喩でも例えでもないよ?」


 「うん」


 「なんかそれっぽく言ってカッコつけてるわけじゃないんだよ?」


  「……うん」


 「あれだよ?改造された仮面バイク乗りだとか、異能持ちのストレイティックな人間だとかそういう意味でもないんだよ?」


 「……うん?」


 「あれだよ?あれなんだよぉ?ジゴロなイっくんが五股だ六股だと掛けた挙句に、いつの日か『この人でなし!!』と言われて背中からブスリと刺される未来を予言しているわけじゃ決してないんだよ」


 「…………」


 「文字通り、生物学的に『ヒト』ではない……そういう意味なんだよ」

 

  「……うん、わかってる」

 

  「ショック……ではなさそうだね?」

 

 「ここでショックを受けないことこそ、俺が人間じゃないっていう確かな証明になる」

 

  「ふふふ……一丁前なこと言えるようになっちゃってぇ~。このこのぉ~」

 

 手をつないだまま、マリネが肩で小突いてくる。

  俺はウザったくて眉をしかめる。

 

 「ホント、一丁前になったんだよ、イっくん」

 

 「俺なんてまだまだだ」

 

 「そんなことないんだよ」


 「体だって小さいし」


 「成長期の本番はこれからだよ」


 「頭だって悪い」


 「もう九九だって全部覚えたでしょぉ?それに暗算がすごく早い。むしろ頭の回転はすごくいいんだよ」

 

 「俺には何もかもが足りてない。……マリ姉ちゃんや、あの爺さんに比べたら全然足りてない」


 「そうやって自分と真正面から向き合えるんだもん、やっぱりイっくんは充分に一丁前なんだよ。……わたしを含め、自分はまともだって顔をしてシレっと生きている人たちよりもよっぽどちゃんとした人間」


 そしてマリネは繋いだままでいる俺の手をおもむろにニギニギとする。


 「……うん、肌はスベスベだけど、指の関節や骨はゴツゴツと硬くて……やっぱり男の子の手をしてる。キチンと一人前の男に向かって成長してるんだよ」


 「くすぐったい」


 「そして一人前の男になった暁には一体この手でどれだけの数のいたいけな少女の大事なものを掻っ攫っていくのやら……(ギリギリ)……」


  「……あの……マリ姉ちゃん?」


  「ああ、恐ろしい。末恐ろしいんだよ、イっくん。胸キュンハンターな上に恋泥棒とか……どこの三世さんなんだよ……(ギリギリギリ)……」


  「あの、手……」


 「いいイっくん?この先、投獄された御令嬢の部屋に忍び込む機会があっても、小粋な手品とか披露して『今はこれが精一杯』だとか格好つけちゃだめだからね?あの手の箱入り娘は、ちょっと優しくされたり、ちょっと頼もしい背中で守られたり、ちょっと年上の余裕なんか見せられたりするだけでコロっといってしまう空前絶後のチョロインなんだからね?」


 「手が……手がものすごく痛いです……」


 「そうイタイんだよ。イタイっ娘なんだよ。『ですわ』とか『ですの』とか語尾に付けたり、お上品ぶってイっくんのことを『様』付で呼んだりする、一国のお姫様みたいに育ちの良さそうな女の子には特に警戒するんだよ?世間知らずなお花畑な恋愛脳はあっという間に恋に恋しちゃうんだから」


 「…………」

 

 「『ぴゃ~』なんて言ってワタワタてすれば可愛く見えると思ってるんなら大間違いなんだよ。……ねぇ~イっくん?そんなあざとい女なんかタイプじゃないもんねぇ~?」

 

 「いや……知らんし」


 なんとも軽い空気だ。


 俺たちはまるで二人の部屋にある、あの縁側から庭を眺めてでもいるかのような肩肘張らない調子で、小さなせせらぎの前に佇んでいた。


 どんなに重たそうな話も高尚な哲学も、マリネの手にかかってしまえば不思議と日常の風景の中に溶かし込まれてしまう。

 

 それこそが立神マリネ。

 

 血なまぐさい自分の日常を断固として俺との日常へ持ち込むことのなかった、この少女を姉たらしめる過剰気味な気遣い。

 

 こんなところでも、どんな時でも。

 

 俺がたとえ人間ではなくても。

 自分がもはや人でなしの所業を何度も繰り返し続けていたとしても。


 マリネは変わらず俺の『姉』であるのだと、暗にその態度で示そうとしている。


 そんな風にしてマリネは語った。


 一夜にして変わってしまった何もかもの中で、それでも変わらないものがあるのだと、俺に言い聞かせるみたいに。


 立神マリネは何気なく、立神一という人間ではないナニかについて語り始めるのだった。




 ああ、なるほど。


 そりゃぁ、確かにバケモノだ。

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