LOST DAYS~It‘s a wonderful WORLD~⑥

 「ほら、イっくん。これがわたあめだよ」

 

 「……棒に刺さったワタだ」

 

 「ワタ状にしたアメを棒に絡めた食物。それこそが、わたあめ」

 

 「……そのまんま」

 

 「そのままだったら『わたあめ棒』とか『棒わたあめ』とか『わた棒あめ』になるんだよ」

 

 「なんで『棒』は省かれたんだろう?」

 

 「重要なのはあくまでも『ワタ状にしたアメ』であって、必ずしも棒に絡められることがその本質ではないからなんだよ。むしろ、薄々のビニール袋に入れられるなんてパターンの方が一般的かも」

 

 「……袋?」

 

 「そう、袋。アニメのキャラクターなんかがプリントされた安っぽい袋にふんわりとカサだけは立派に詰められて、600円とか800円とかいう原価率10%くらいの法外な値段をつけて、キラキラと目を輝かせた無垢な子供のお小遣いをむしゃぶりつくす物。それが『わた袋あめ』」

 

 「……『わた袋あめ』……悪だな」

 

 「いいえ、イっくん。この世に明確な悪なんてものは滅多に存在しないんだよ。あるものはただどこまでも純粋な正義だけ……」

 

 「……あのぉ、お嬢ちゃんたち?」

 

 「人と人とが争う理由の最たるものはなんだと思う?そう、それは正義。お互いの譲れない正義同士がぶつかり合うことによって生じた激しい摩擦が、結果として戦争というものを生み出してしまうんだよ」

 

 「……なるほど……深いな……」

 

 「いや、わたあめ一つでそこまで掘り下げないで。てゆーか店の前で原価率とか生々しい話はやめてほしーんだけど……」

 

 「えーどうしてぇ?わたしは同じわたあめを売るにしても、あえて棒を選んだお姉さんの判断を最大限称賛しているんだよ?粗利の誘惑にとらわれず、確定申告の恐怖にも屈しない強固な魂。一本250円(税込)という50円分だけ色を付けてみた価格設定から様々な葛藤が垣間見えるんだよ」

 

 「……値段つけたの、あたしの父親だし。あたしただの家の手伝いだし……」


 「みなまで言わなくとも大丈夫。わかってる。わたしには全部わかっているんだよ、お姉さん」


 「……なんか変な子にからまれちゃったなぁ……」

 

 「お友達が男女3人づつのグループでお祭りを回っている最中、お姉さんは家の手伝いに駆り出されて美味くも不味くもないわたあめを提供する屋台で汗水たらして働いているんだね」

 

 「……え?」


 「女の子たちがそれぞれおニューの浴衣なんかで着飾って、気になるアイツに猛烈なアピールをしているのに、あたしはこんな汗臭いTシャツ姿で何をやっているんだろう……。別に手伝いなんているほど忙しいわけでもない。むしろ親は遊びに行けと言ってくれたのに、あの時のあたしは、頑なにそれを拒んだんだ……」


 「ちょ、ちょっと、あんた……」


 「……だって、邪魔したくないじゃない?マユミがさ……今日……エイジに告るって……花火を見ながら、エイジに好きって言うんだって。……あれさ……絶対に牽制だよね?そんなの聞いちゃったらさ……あたし、一緒になんていけないじゃん。……ううん、いいんだ。エイジには、ガサツなあたしなんかより、マユミみたいな女の子らしい可愛い娘の方がお似合いだもん。……うん、きっとうまくいく。あいつと……エイジと幼馴染をずっとやってきたあたしが言うんだから間違いない。あたしはさ……いいんだ。あいつと恋人にはなれなくても一番の親友であることだけは間違いないもん。……昔、あの公園でした結婚の約束なんて、所詮は子供同士の他愛のないおママゴト。……どうせあいつも忘れてるんだろうし……うん……いいの……今のままの関係の方が、ずっとエイジのそばにいられるんだもの……そう……うん……いいの……」


 「ストップ、スト~ップ!!やめてやめてやめて!!ホントにこの子わかってる!!全部わかられてる!!え?いや!あたしの友達にマユミはいないし、あいつはエイジじゃないけれども!!その背景が完璧すぎるんだけど!?」


 「いい、イっくん?これが近すぎる距離感のせいで、大好きな異性の幼馴染と素直に恋仲になれない系のラブコメなんだよ」


 「……なるほど……深いな……」


 「きゃー!きゃー!やめてぇ~!!恥ずかしぃからぁ~!!恥ずか死ぬからぁ~!!」

 

 「でも安心して。わたしとイっくんは確かに幼馴染ではあるけれど、それ以上に姉弟だから。それにわたしは素直に自分のイっくんへの愛をずっと伝えてるし、もはやマユミなんていうポッと出の女が出る幕なんてないんだよ」

 

 「だからマユミって誰!?ってかあなたたちって姉弟!?え?姉弟でそういう!?」

 

 「背徳も貫けば純愛へと昇華されるんだよ」

 

 「やばい!潔くてカッコイイ!!なんかこんなところでウジウジと不貞腐れて、わたあめ売ってる自分が情けなくなっちゃう!!」

 

 「あ、それでね、イっくん?あの二軒となりの屋台で売っているものが焼きそば。ゴムみたいに固い冷凍豚こま切れ肉と、それ以上に固いキャベツの芯付近が盛りだくさんだけれど、熱々の鉄板と屋台補正がかかって不思議と美味しく頂ける、お祭りの最定番。キング・オブ・夜店フード、それがYAKISOBAなんだよ」


 「話の切り替えの仕方!!そしてそれは焼きそばの屋台の前でやってくれないかなぁ!?」

 

 「……ふむ……深いな」


 「君も君でいちいち雰囲気ださないでぇ~~!!」

 

 「なにを騒いでんだよ、ノリコ?」

 

 「え?あ、マモ……じゃなくて、タカムラ!?」

 

 「せっかく真面目に働いている労働者様に差し入れ持ってきてやったのに随分と暇そうだな?」

 

 「え?ええ?だって……だってあんたサチたちと一緒に回ってたんじゃ……」

 

 「ああ……なんつーか……回ってたには回ってたんだけど……な」

 

 「……さ、イっくん、いこっか?」

 

 「なんかつまんなくてさ……やっぱ……祭りっつったら、おまえが横にいんのが昔から当たり前みたいなところがあるし……」

 

 「ば、ばか……下らないこと言ってないで早くサチのところに戻りなさいよ……。あたし……仕事あるし……」

 

 「さっきさ、ノリコのおじさんたちの方に顔出して、こっち代わってくれるようお願いしてきた」

 

 「だ、だけど……」

 

 「……花火……見たいんだよ。……それくらい付き合ってくれよ、ばか」

 

 「もう……ばかは……あんたでしょぉ……」

 

 「……なぁ……ノリコ?」

 

 「なによぉ……グス……」

 

 「おまえさ?あの約束……覚えてる?」

 

 「……ばかぁ……グス……ばかマモルぅ……」



             @@@@@

 


 「さすがはお祭り。今どきあんなコテコテの青春ラブコメを見られるなんて思ってもみなかったんだよ」


 マリネは俺に持たせたわたあめを横から頬張りながら、ホクホクとした顔で言う。

 

 「ただでさえ甘ったるいわたあめが、なおさら甘く感じちゃうんだよ」

 

 「……食べるなら自分で持てよ」

 

 「だってぇ~この方がイチャイチャしてる風に見えるでしょぉ?わたしだってあのお姉さんたちみたいな甘々な恋に憧れるお年頃なんだよ。ラブコメりたいんだよぉ~」

 

 そう言う彼女が、またわたあめにかぶり付く。

 

 「きっとこれから二人は、どこか見晴らしのいい場所……それも小さい時に二人で見つけた秘密の絶景スポットで誰にも邪魔されずに花火を眺めたりするんだよ」

 

 カプリ……。また一口。

 

 「お友達を出し抜いちゃったことや、自分の恰好が地味なTシャツ姿ということに何だか後ろめたい気持ちになるんだけれど、そんな不安を察した彼がさりげなく、そして優しく手を取ったりしてくれたりなんかしちゃったりするんだよ」


 カプリ……。カプリ……。


 「きゃ~普段ぶっきらぼうなくせに、こういう時には必ず優しくしてくれる幼馴染……ああ、胸がキュンだよ。エイジはホント胸キュンハンターだよ」

 

 カプリ……カプリ……カプリ……。

 

 一応、俺の為にと買ってくれたハズのわたあめが、一度も口をつけないうちにみるみる棒だけになっていく。


 ……重要なのは棒ではなく本体ではなかったのか?


 俺はそのわたあめが、マリネの言うところの本質から大きくそれていく様を、ただ見送ることしかできなかった。

 

 「ほらほらぁ、黙ってないでイっくんも食べなよぉ」

 

 「……棒を?」

 

 「実を言うとね?棒にこびりついた芯の部分がわたあめの一番美味しい部位だったりするんだよ」


 「さすがに、それは嘘だとわかる」

 

 「あ~お姉ちゃんを嘘つき呼ばわりぃ?ひどいんだぁ~。そっかそっかぁ……じゃぁわたしが頂いちゃうんだよ」


 言うが早いか、マリネは俺から棒を奪い取り、ペロペロと舐める。

 赤く色づいた小さな舌が、細い木の棒を這い回り、わたあめの残滓を舐めとっていく。


 その光景は、本人が理由もわからずに流した俺の涙を受け止めてくれたいつかの夜を思わせた。

 ただあの時とは少しだけ趣が違って、どことなく色気のようなものを感じる。


 「ほら、美味しい」


 「ぜんぜん美味しそうに見えない」


 「ふ~ん、イっくんはお姉ちゃんの言葉を疑うんだぁ?わたしのこと信じてくれないんだぁ?」

 

 「いや、マリネお姉ちゃんのことは信じてる。……誰よりも」

 

 パクリ……。

 

 俺は棒に絡んだわたあめというか、わたあめをこびりつかせた棒を口に含む。

 

 甘い。

 美味い不味いは別にして、まぁ、甘い。

 

 本体と比べてどうかはわからないが、ガリっとした食感も、砂糖の塊を食べたような暴力的かつ直情的な甘さも、どうにもイメージしていた物とは違った。

 

 やはり、所詮はただの甘い木の棒か。

 

 「おおおぅ……。ここにも胸キュンハンターが……」

 

 「マリネお姉ちゃん?」

 

 「ごめん、大丈夫。……甘い物と甘い言葉の過剰摂取。そして苦節一年、ようやくイっくんの口から『お姉ちゃん』という言葉を聞けるようになった感動で鼻血を吹き出しそうなだけなんだよ」

 

 「?」

 

 「……イっくんってばなんてジゴロなんだよ。しかも100%天然由来。この先、そこいら中にフラグが乱立しそうな予感がプンプンでお姉ちゃんはとても心配です」

 

 「??」

 

 「いつ何時、マユミやらコズエやらクリスティーナやらが現れるとも限らないし……これからはより一層、姉への愛をイっくんに刷り込んでいかなきゃ……(ブツブツ)……」

 

 よくわからないことをブツブツと呟きながら、自分の世界に入り込んでいるマリネ。

 手持ち無沙汰になった俺は、改めてぐるりと周囲を見渡す。


 ノリコとマモルの恋愛劇を最後まで見届けることなく屋台を後にした俺たちは、夜店が軒並ぶ参道をまた歩いていた。

 

 風の吹かない真夏の夜。

 小さな村だとはいえ、住人すべてが集まっているのではないかというくらいに人いきれで溢れた狭い参道はとにかく蒸し暑い。

 

 楽し気であったり威勢が良かったり、一つ一つは聞き取れない無数の言葉たちが闇雲に飛び交い、喧騒となって耳に響いてくる。


 香ばしさや甘さ、アルコールや化粧品類の科学的な香りと、境内を取り囲む鬱蒼とした木々や幾分湿った土の匂いなどの自然界の匂いが複雑に絡み合って鼻腔を刺激する。

 

 月明りでも星灯りでもない、人工的で直線的なライトの強い照明と、参道に沿うように張られた提灯のゆらゆらとした仄かな灯りが、神社全体を昼間のように明るく照らし、夜の侵入を頑なに阻み続けている。

 

 「…………」

 

 なんなのだろう、この感覚は?

 

 聞くモノ、嗅ぐモノ、見えるモノ。

 そのすべてにハッキリとした輪郭を感じることができる。

 

 これまで日々のほとんどを立神の屋敷の中で過ごしていたが、たまに『龍神たつがみ』の敷地内の極々狭い範囲とはいえ外を散歩する機会もあった。

 

 マリネ以外の人間に会ったことももちろんあったし、少なからず言葉をかけられた。

 

 季節の移ろいによって姿形を変えていく山々の景色を眺めたり、風にのって運ばれてくるさまざまな匂いを感じたことだってある。

 

 ……しかし、どれもがボヤけていた。

 

 聞くモノ、嗅ぐモノ、見えるモノ。

 そのことごとくが、透明なフィルターを一枚通してでもいるかのように薄ボンヤリとしたものだった。

 

 現実感の希薄さ。もしくは曖昧さ。

 

 こちらに向かって放たれた情報は、そのほとんどが原型から何かを……それも多分、大事な何かを削ぎ落された形で俺のところまで辿り着いていた。

 

 「…………」

 

 けれど、今はどうだ。

 

 肌に感じる人混みの熱気が熱い。

 うごめくような言葉の乱立が騒がしい。

 わたあめなり焼きそばなりの香りが鼻から直接胃袋を小突いてくる。

 

 見渡す限りのものにちゃんと色がある。匂いがある。形がある。

 触れるものにちゃんと感触がある。感想がある。感情がある。

 

 ……何より、現実感がある。

 

 どこか他人事のようにしか思えなかった自分の存在が、自分以外の存在を感じ取ることで徐々に確かなものとなっていく。

 

 霧が晴れていく。フィルターが解けていく。

 

 真黒なだけだった空白が何かで埋められていく。

 真っ白だった視界を核心的な何かが引き裂き、拓けていく。


 「……イっくん??」

 

 隣を歩くマリネが声を掛けてくる。


 結い上げられた豊かな金髪と、そこからのぞく色素の薄い肌の中でも一際白いうなじ。

 その髪を留める名前も知らない小さな紅い花の髪飾り。

 先ほどまでわたあめにかじり付いていた、薄く紅の塗られたプルリと肉感的な唇。

 

 そしていつもの和装とはまた別の浴衣。


 藍染にアサガオと思われる花の模様が白色単色で描かれ、そのシンプルさを補うようにした帯の色は紅色。

 髪飾りや唇よりも少しだけ明度が抑えられているために決して派手になり過ぎず、しかも帯留めのクッキリとした黒が更に引き締めの効果を与えてくれることによって、浴衣とそれを着る主役である本人の魅力をしっかりと引き立てている。


 いつものマリネ。いつも通り俺に過保護なマリネ。

 

 ただ、つい数時間前までのマリネとは明らかに違う。


 少女と女の狭間で揺蕩う不安定なマリネでもなければ、姉と立神の孫娘という立場の間で一人迷い続けるマリネでもない。


 どこか異国的でありながら、それでいてやはり日本人特有の奥行きのある艶さを持つ、女としての一つの完成系……その階段に一歩足をかけたマリネがそこにいた。


 何かを決意した。

 もう後戻りなど絶対にしないのだと固く心に誓った潔さみたいなものが、彼女の行き場もなく持て余し気味だった奔放な美しさに、そのまま方向性を与えてしまったかのようだった。


 「イっくん?」

 

 マジマジと見過ぎたのだろう。

 マリネが小首をかしげて俺の目を見つめ返す。

 

 相変わらず青い。

 青くて、蒼くて、碧い。

 

 澄み切った青空を連想させたマリネの青い瞳。

 どんな汚れも、邪なものも混じり込まない、マリネの人間性をそのまま投影したような屈託のない青い瞳。

 

 その瞳に見つめられるのが好きだったのだと思う。

 その瞳を見つめるのが好きだったのだと思う。

 

 希薄な現実感、ただボンヤリと生きていた俺の世界にあって、唯一、マリネとマリネの碧い瞳だけが確かなものだった。

 

 「……そっか……イっくんもなんだね?」

 

 「……マリ姉ちゃんも?」

 

 「うん」

 

 「俺のせい?」

 

 「ううん、イっくんのおかげ」

 

 「じゃぁ、俺も、マリ姉ちゃんのおかげだ」

 

 「そっか……ふふふ……」

 

 マリネがそっと左手を差し出す。

 彼女の利き腕だ。

 

 俺は右手でその手を取る。

 

 計算式や文字を書いてきた俺の右手。

 赤鉛筆を持ってその採点や添削をしてくれたマリネの左手。

 

 ようやくまともに箸を使えるようになった右手。

 そこに優しく添えるようにして一から教えてくれたマリネの左手。


 わたあめを持っていた右手。

 わたあめの棒だけを持っていた左手。


 「もうちょっとだけ静かなところまで歩こっか?」


 「うん」


 躊躇いなく引き金を引いた右手。

 拳銃以外にもあらゆる武器を持ったことがあるであろう左手。


 「…………」


 「…………」


 何の感慨も込めずに人を殺した右手。

 おそらく迷いばかりを込めて、それでも血に染まり続けてきた左手。


 「…………」


 「…………」


 その二つの小さな手が、柔らかく重なり合う。


 「…………」


 「…………」

 

 互いが互いの足りない何かを埋め合うように……。

 互いが互いの心に触れ合うように……。

 互いが互いの罪を庇い合うかのように……。

 

 二人、そっと、溶け合うように……。


 「…………」


 「…………」


 二人は歩き始める。

 参道の真ん中を、人の流れに逆らいながら。

 二人は歩く。


 過去の残滓が行き過ぎる。


 真面目な顔で絵本を音読する俺がいた。

 その傍らで微笑むマリネがいた。


 簡単な計算式に頭を悩ます俺がいた。

 その横で熱心に解き方を教えてくれるマリネがいた。

 

 ザックリと切られた前髪の束をジッと見つめる俺がいた。

 てへっと悪戯っぽく笑って誤魔化すマリネがいた。

 

 今よりも幼いマリネ。

 それよりももっと幼く小さな俺。

 

 男の子みたいに野山を走り回るマリネ。

 それに振り回される俺。

 

 はぐれないようにずっと繋いでくれていた小さな左手。

 いつの間にか頑なにこちらに触れようとしなくなった左手。

 

 俺の右にマリネ。

 マリネの左に俺。


 響く祭囃子。

 灯る提灯。

 回る風車。

 

 真っ暗な夜空。

 舞い上がる火柱。

 咲く花火。

 散る花火。


 湧きおこる歓声。

 弾け飛ぶ音。


 二人はそんな花火の音にも、美しい光にも構うことはなく。

 人々が夜空を見上げて立ち止まる間を縫うようにして歩き続ける。


 言葉はない。

 未練もない。


 ただこれまでの穏やかな日常の終わる場所。

 これから始まるであろう新たな日常の幕を開ける場所。


 それに相応しいところに向かって、歩き続ける。


 ……イっくんはね。

  

   ……人間じゃないんだよ。

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