第二章・一から学ぼう異世界生活~ARURU‘s view①~

 「……フ~フフン、フ~フフン、フンフンフ~ン♪」

 

 トトトトトトト……。

 ジャァァァァァ……。

 

 「……フ~フフン、フ~フフン、フンフンフ~ン♪」

 

 コトコトコトコト……。

 グツグツグツグツ……。

 

 「……さてさて。……(ズズズ)……うん、おいし♪」

 

 ふふふ、我ながらホント天才。

 

 一国の王女にして、魔術学園総合主席兼魔術歴史学特別講師にして、一流魔術道具メーカー『アルルズ工房』の取締役兼筆頭エンジニアにして、絶世の美少女。

 

 その有り余る才能のほとばしりはとどまることを知らず、ほら、こんな風にお料理一つとってみてもプロ顔負けの腕前ですわ。

 

 「ムフフフ……ああ、自分の全能ぶりがおそろしい」

 

 ピカピカに磨かれた食器類。

 チリ一つ落ちていない床板。

 窓の外では洗いたてのシーツや衣類が、気持ちよさそうに春風と踊っています。

 

 ああ、なんという女子力。

 

 料理を取り分けるだけで家庭的な女アピールした気になっている偽物とは違います。

 

 いますぐに誰かの元へと嫁いでも、即戦力で一流の良妻になれる自信がありますわ。

 

 ええ、良妻です。

 お嫁さんです。

 

 お仕事で疲れて帰ってきた旦那様を笑顔で迎えて労をねぎらい。

 温かな食事の並ぶ食卓で、その日にあった出来事をお互いに交換し合い……。

 

          …………

           ………

           ……

           …

 互いにお風呂を済ませた後、あなたは晩酌がてら読書をします。

 

 わたくしはあなたがページをめくる音、ときおり傾けるグラスの音を聞きながら揺り椅子の上で編み物をします。

 

 『何を編んでいるんだい?』

 

 あなたがふと思いついたように、何の気なしに尋ねます。

 

 『……靴下ですわ』

 

 わたくしは少しだけ顔を赤らめながら答えます。

 

 『靴下?その割には小さいようだけれど。一体誰の物なんだい?』

 

 『……わたくしたちの……いつか生まれてくる、わたくしたちの赤ちゃんの物ですわ』

 

 『……そうか……そうだね。そろそろ俺たち、子供を作ってもいいのかもしれないね』

 

 そうしてあなたは本を置き、静かにわたくしの方に近づいてそっと背中から抱きしめます。

 

 『……俺を君の子供の父親にしてくれるかい、アルル?』

 

 あなたがわたくしの耳元でそう囁きます。

 

 甘く優しいその声に、わたくしの胸は高鳴ります。

 ドキドキ、ドキドキと鼓動が早まります。

 

 『……ええ、してさしあげます。……どうぞわたくしをあなたの子供の母親に……世界一幸せなお母さんにしてくださいまし』

 

 わたくしは恥ずかしがりながらも、首を回してあなたの方を向き、そんなわたくしの唇に、あなたはゆっくりと顔を近づけて……それからあなたはわたくしを抱っこして寝室へと運び……それから……それから………………。


 チュンチュン、小鳥が外でさえずります。

 

          …

          ……

          ………

          …………

 「ぴゃ~ぴゃ~ぴゃ~~~!!!(スープ鍋をお玉でグルグル)」


 甘い!甘いですわ!!

 だだ甘ですわ!!!ただただ甘いですわ!!!!


 わ、わたくしったらクネクネしながら何を!!なんてはしたない妄想を!!!

 

 恥を知りなさい、アルル。

 アルル=シルヴァリナ=ラ・ウール。

 ラ・ウールの名を冠するものよ。

 

 あなたは何をおいても一国の王女。

 

 王国すべての女性の手本となるべく、美しく貞淑であらなければいけないのです。

 

 誰よりも清廉で高潔で、尊き存在であらなくてはいけないのです。

 

 あのような、ベタベタあまあまなラブコメ妄想など不潔です。

 口から砂糖を噴き出してしまうようなスウィーツイチャラヴなど破廉恥ですわ。

 

 ですからあのように……。

 あのように……お、お嫁さんとか……俺たちの子供とか……朝チュンとか……。

 

 「ぴゃ~ぴゃ~ぴゃ~~~~!!!!(スープ鍋をお玉で高速グルグル)」


 「……なにしてんの?」


 「ぴゃい!!」


 「料理ってそこまで熾烈な動きが必要なものだっけ?残像とか見えちゃってたけど」

 

 そんな声がする方を、わたくしはギギギと油の切れた機械のように振り返ります。

 

 そこには、いつものように感情があるような無いような、ぬぼらぁ~とした顔をした旦那様……こほん、もとい、イチジ様が、古びた手斧を肩に担いで立っていました。

 

 「……い、いつからそこに?」


 「うん?ああ、ついさっき」


 「あ、ついさっきですの……ほっ……」


 どうやらいい具合に一番恥ずかしいところからタイミングは外れてますわね。


 「うん、君が陽気に鼻歌を歌っていたと思ったら急にクネクネし始めた時くらいかな」


 「これ以上ないくらいのジャスト・タイミングですわぁ!!!」


 「???」


 狙い澄ましたようにアジャストですの。

 

 「まぁ、ただいま」


 「……お帰りなさい……ですの」


 「なんでそんなに打ちひしがれてるの?」


 「乙女の諸事情ですの……お気になさらないでくださいまし……」

 

 ふむ……と、訝し気な声を出しながらも、それ以上は何も聞かずにイチジ様は担いでいた手斧を道具置き場に戻します。


 こういう時、この殿方は本当にあっさりとしていて助かります。

 

 全く興味がないから……という冷めた見方もできますが、それなりに彼の人となりを知っている今のわたくしには、それがただ、恥じ入るこちらの心情を推し量って黙っていてくれているイチジ様なりの優しさなのだということがわかります。

 

 「ふぅ……汗だくだな……」


 ええ、そうなのです。


 彼は本当に優しい方……。

 

 今、暑そうにパタパタと自分を扇いで風を送っているあの手。


 16年間、国民の模範であろうと気を張り続け、内面の未熟さを胡麻化すように背伸びし、凝り固まってしまっていたわたくしの心を、優しく解きほぐしてくれたあの手。

 

 ゴツゴツとして固くて大きくて。


 それなのにわたくしの頭をポンポンしたり手の平を合わせた時はすごく柔らかく感じて。


 不思議な手。

 魔法の手。


 そうです、それは本当に≪魔法≫。

 

 かの憎き性悪年増、リリラ=リリスでも作り出せないであろう、わたくしという一人の人間の生き方そのもの、頑なに揺らぐことのなかった法則を改変してしまった、イチジ様固有の大魔法。

 

 魔術への耐性には結構な自信はありますが、そんなものなどまるで意味をなさない。

 

 必殺にして必中。


 さりげなくもあっけなく、わたくしは数日前のあの時、大泣きに泣きながら彼の≪魔法≫にとらえられてしまいました……。

 

 あ、背中を向けてしまいましたの。

 ああ、でもその背中もやっぱり大きいですわ……。

 

 ホーンライガーに勇ましくも立ち向かった背中。


 こちらの民家までたどり着くまで静かに、それでいて頼もしく導いてくれた大人の背中。


 サイズが合っていない、家主にお借りした木綿の肌着がピタリと張り付いた逞しい背中……。

 

 「……(ポー)」


 「……嬢ちゃん。ワシの存在忘れてない?」


 「ぴゃい!!」


 またしても、わたくしは壊れかけの自動人形のようにギギギとします。


 「……い、いつからそこに?」


 「嬢ちゃんが小粋に鼻歌を歌っていたと思ったら急にクネクネし始めた時くらいじゃな」


 「…………」


 「そして嬢ちゃんが、一緒に入ってきたはずのしょぼくれたジジイには目もくれず、汗の光るあんちゃんの腕や背中に見惚れて乙女な表情を浮かべながらポーっとしていたところまで全部見ておった」


 「ぴゃ~~~~~~!!!!!!!(スープ鍋をお玉で亜音速グルグル)」


 「……ホントなにしてんの?」


 このオジイ様、乙女の諸事情、推し量ってほしいですのぉ!!!!

 

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