第一章・いきなりバトルの異世界生活~ARURU‘s view③~

             ドゴォォォン!!!

            ドゴォォォォォォン!!!


             ドゴォォォン!!!

            ドゴォォォォォォン!!!


 「ガルルルゥゥゥ……」

 

 「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 突進してきては≪ライトニング≫という攻防を何度繰り返したでしょう。

 

 ライガー族の知能はやはり侮りがたいです。

 

 ただ漫然と同じ動きをしていても、敵はそのうちにわたくしの攻撃パターンを覚え、それに的確に対抗した動きで翻弄してきますの。

 

 もはや闇雲に電撃を放つだけでは当たらなくなってきました。

 

 それに加えてわたくしの消耗。

 

 体さばきが確実に鈍くなり、余裕を持って躱し切れていたはずの攻撃が、直撃まではいかずとも、かすめていく機会が増えてきました。

 

 このままではジリ貧……というやつですわね。

 

 一応、いくつか打開策を思いつきましたが、タイミングが難しいんですの。

 

 何せ大技。確実に倒せる保証がなければ、逆にこちらが大ピンチです。


 「グウウウゥゥゥゥゥゥゥ……」

 

 「……なんですの?」

 

 ホーンライガーがそれまで一度も見せたことのない動きを始めました。

 

 どうやら決め手に欠けて焦れていたのはお互い様。

 

 わたくしが考えていたよりもずっと、あちら様はストレスを感じていたようですの。

 

 「ウウウウゥゥゥゥゥゥゥ……」

 

 「……溜め……ですの?」

 

 苦しげな唸り。

 無防備な前傾姿勢。

 

 突進は突進でも、それなりにスマートに突っ込んできていましたが、今のコイツはカウンターに対する防 御を捨て、全身全霊でぶちかましてきそうな勢い……です……の……。

 

 「……っっっまず!!!≪ライトニング」!!!」

 

        バリバリバリバリバリ!!!

         ドゴォォォン!!!

 

 「≪ライトニング≫!!≪ライトニング≫!!」


        バギバギバギバギバギバギ!!!

     ドゴォォォォン!!!ヂュドォォォォン!!!

 

 人間相手でも魔物相手でも、わたくしだって少しくらい実戦経験は積んできています。

 

 皇女であり研究者である前に、一人の戦士としても気高くあろうと思っています。

 

 そんなわたくしの戦士の部分の直感が告げます。

 

 これはマズイと。


 「≪ライトニング≫!!≪ライトニング≫!!≪ライトニング≫ゥゥ!!!」


        バヂバヂバヂバヂバヂバヂバヂ!!!!!

          ドゴォォォォォン!!!

      ヂュドォォォォォン!!!バゴォォォォォン!!!!


 出し惜しみしている場合ではありません。


 戦局に焦れていたのがお互い様なら、それを覆すために大技をねらうのもお互い様。


 おそらく次の一手、この膠着状態に我慢しきれなくなった敵の、勝負を決める奥の手。


 残弾のことなんて……後先のことなんて考えていたら危険ですわ!

 

 「≪ライトニング≫!!≪ライトニング≫!!≪ライトニング≫ゥゥ!!!」


         バヂバヂバヂバヂバヂバヂバヂ!!!!!

            ドゴォォォォォン!!!

       ヂュドォォォォォン!!!バゴォォォォォン!!!!


 電撃の猛攻を受けてホーンライガーの周りの地面が抉れ、土煙が上がる。

 

 視界は失われましたが、その奥。


 ホーンライガーの二本の角の間に、エネルギーの塊のような球体が光っていたのが見えました。


 それが奥の手。


 何も魔素を魔力に変換して流用できるのが人間だけとは限りません。


 人間には人間の。

 魔物には魔物の魔術や魔属性があるのです。


 「≪ライトニング≫!!≪ライトニング≫!!≪ライトニング≫ゥゥ!!!」


       バヂバヂバヂバヂバヂバヂバヂ!!!!!

          ドゴォォォォォン!!!


 ただ、あれは魔術というよりも魔力そのもの。

 

 術式の代わりに二本の角に魔力を通して生成した魔力弾。……いえ、魔力砲ですか。

 

 系統としてはわたくしが得意とする付与型の魔術と似ていますでしょうか。

 

 おかげでパッと見ではありますけれど、ある程度、威力の目算ができました。

 

 やばいです。

 マジやばですの、あれ。

 

 まともに食らったら、きっとわたくしの魔術耐性でも耐え切れずに灰塵化ですの。

 

 どこまでも規格からはずれた亜種、はみ出しもの。

 ホーンライガーが魔力運用するだなんて聞いたことがない。

 

 ……もう、何でこんな辺鄙なところに、こんなハイレベルな魔物がいるんですの!

 

 どう考えても複数人で組織的に対処しないとマズイやつですの!!

 

 発動前に止めなければ。


 逃げなければ……確実に……死にますの。

 

 わたくしは愚直に電撃を放ちつづけながらも、チラりと目を逸らす。

 

 うまく誘導してだいぶ距離が開きましたし、閃光石は効力切れ。

 また明りの乏しい宵闇が辺りに漂ってそれほど夜目が効きません。

 

 でも、あの丘に一本だけ生えたシラザクラの大樹はここからでもスグに見つけられます。

 

 あの根元にイチジ様が寝ています。

 

 わたくしが無理矢理に連れてきて、無理をさせた体を休ませています。

 

 そうですわね。

 

 イチジ様が目を覚ましたら、まずはもう一度誠心誠意謝って。

 

 それから、あなたが聞きたいこと、言いたいことのすべてを話し、聞きましょう。

 

 あなたを連れてきた経緯。

 この世界のこと。

 わたくしが暮らす国のこと。

 

 そしてあなたにしてもらいたいこと。

 あなたにしてほしいこと。

 すべてをお話ししなければなりません。

 

 長い話になることでしょう。

 王宮まで帰るのに、長い旅路になるやもしれません。

 

 あなたは怒りますか?

 愛想をつかせてわたくしの傍から離れていきますか?

 

 あなたには権利があります。

 わたくしにはあなたの選択を一番に優先して叶えなければならない義務があります。

 

 それでも……。

 

 それでも、許されるのなら……。


 わたくしは……あなたと共にありたいですわ!!!


 「≪ライトニング≫!≪ライトニング≫!≪ライトニング≫!」

 『その一閃は空を穿ち、大地を抉り、海を分つ稲光』


 魔術詠唱……。

 本来、あらゆる魔術は詠唱なくして発動はしない。


「≪ライトニング≫!≪ライトニング≫!≪ライトニング≫!」

『誰がために鳴るのかもわからず、誰がために在るのかもわからず』

 

 術式というものは平たく言えば単なる文字の羅列、文章の集まり、ようするに物語です。

 

 本を開き、文章をなぞり、意味を理解し、頭の中でイメージを膨らませて想像する。

 

 その想像を、今度は魔力という燃料をくべて創造へと変換し、この世に炎や水と言った形と質量の持った現象として具現化するもの。


「≪ライトニング≫!≪ライトニング≫!≪ライトニング≫!」

『我は槍、我は御剣、我は鉾、ただ万物を刺し貫くものなり』

 

 言うほど難しい物ではありません。

 体内で魔力が生成できて、あとはキチンと鍛錬をすれば誰でも簡単に発動できます。

 

 けれど、わたくし、ちょっと今無理をしています。

 やっぱり魔力の総量が少ないわたくしにはこれだけ少ない詠唱魔術でも結構な負担です。

 

 そのくせ二重、同時進行での魔術行使です。


 右手の指から≪早撃ちクイックドロー≫の乱れ打ち。

 左手の手の平から詠唱魔術。

 

 魔術単体での戦闘があまり得意でないわたくしが苦心の末に編み出した裏技。


 我ながらほとほと天才、器用なものですわ。

 

 とりあえず≪二重撃ちデュアラブル≫なんて呼んでいます。


 本当は反動が大き過ぎるのであまり使いたくはないんですの。

 集中力も魔力の消費量も何もかもがいっぱいいっぱいですの。

 

 ……でもまぁ、この際、仕方がありませんわ!

 もってくださいませ、わたくしの体!!!


 「≪ライトニング≫!≪ライトニング≫!≪ライトニング≫!」

 『閃き轟け!≪ボルティック・レイ≫!!!!!』


             ヒュィン……


  ドゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォンンンンンンンンンンン!!!!!!


 「グオオオオォォォォォォォォォンンン!!!」


  左の手の平から飛び出した雷光が、真っすぐにホーンライガーに向かい、一閃しました。

 

 ≪ライトニング≫がレーザー銃ならば、≪ボルティック・レイ≫はビーム砲。

 

 ≪ライトニング≫の間断のない照射で釘付けにしたところにクリティカルヒットですの。

 

 大仰な大爆発が起きてしまい、先ほどにも増して視界が悪くなってしまいました。

 

 ただ手ごたえはありました。

 苦悶の咆哮も聞こえました。

 致命傷は与えたはずです。

 

 倒した……かどうかまでは自信はありませんが、とりあえず、あのとっておきはキャンセルできたのではないかと思いますの。

 

 ……とゆーか、できていて。

 

 さすがに体から力が抜け、わたくしはペタリとその場に座り込んでしまいます。

 もうしばらくは動けそうにありませんの。

 魔術の『ま』の字も撃てませんの。

 

 ……でもどうにか守れました。

 ……イチジ様の命、守れましたわ。


 後は視界が戻るのを待ちましょう。

 魔獣の魂が単なる名も無き魔素へと還っていく、その様を見送らねばなりません。


             サァァァァ…………


 強めの風が吹き、土埃を払っていきます。

 

 ここは本当に気持ちの良い風が吹き抜ける土地ですのね。

 こんなアクシデントがなければ、きっとイチジ様と良い夜を過ごしてい……。


             ブゥン……


 「ふぇ?」


 ああ、こういう時って、本当に世界がスローモーションで見えますのね。


 土埃の切れた合間から右の前足が吹き飛び、二本の角が半ばで折れ、全身あちこちから血を垂れ流すホーンライガーの真っ赤に充血した瞳と目が合いました。

 

 瀕死です。

 

 生きていることが不思議なくらいの手傷を負いながらも、わたくしを怨念のこもった赤い瞳で睨みつけていました。


 そして何か、虫の羽音のようなものが聞こえました。

 

 それほど長音ではありません。

 

 ほんの一瞬。『ブゥン』と鳴りました。

 

 そして……はい、光の筋が。

 

 濁ったというか、くすんだというか。

 

 とにかくそんな不潔な透明に光った一本の筋が迫ってきました。


 そして……そして……そして……。


    デュゴォォォォォォォォォォォォンンンンンンンンンン!!!!!




             ドバァァァァンンン!

 「グフゥ!!」

 

 気が付けば。

 

 遠く離れていたはずのシラザクラの大樹にまで吹き飛ばされ、幹に激突していました。

 

 背中に猛烈な痛みが走り、肺から空気が一息に抜けていく苦しみがありました。

 

 意識が判然としないままに妙な浮遊感があり、それが何なのか突き留める暇もなく、今度は全身に叩きつけられたような衝撃を感じて、頭が揺れました。

 

 どうやらまともな受け身も取れず地面に落下してしまったようです。

 

 「……っぐ!ゲホォ!ゲホォ!ゲホォ!」

 

 二度、三度、吐血します。

 

 酸素を求めて呼吸しても、血を吐き出す力の方が強くてなかなか息ができません。

 

 しかし、苦しんでいるような暇はありません。

 

 直撃を受けましたが、やはり≪二重撃ちデュアラブル≫を食らって、相当魔力砲の威力を削ることができたことは重畳。

 

 この通り、わたくしの体は消えていません。

 戦いはまだ終わっていないのです。

 

 極度の酸欠状態でも、わたくしはなんとか現状の把握に努めようとします。

 

 そう、落ち着け、落ち着くんですの、わたくし。

 

 一端整理、また整理ですわ。

 

 ……そうは思うのに、頭が回ってくれません。

 ……どうにかしなければとは思うのに、体がピクリとも動いてくれません。

 

 モヤのかかったような意識の中。

 

 ハッキリと理解できたことと言えば。

 

 わたくしが負けたのだという事実と。

 

 右の脚を失いボロボロになりながらも、わたくしの方へ向かって駆けてくるホーンライガーが……見えるという……現実だけ……です……わ……。


………

……


 ポン……。


 頭部に感じる温かな感触が、途切れかけたわたくしの意識を辛うじて引き戻してくれました。

 

 ポン……。

 もう一度。

 

 わたくしのケガを気遣うように、本当に触れるか触れないかという静かな手つきで。


 大きな。

 誰も守れなかった、わたくしの小さな手なんかよりもよっぽど大きな手の平が。


 わたくしの頭を撫でていますの。

 

 「……頑張ったんだな、アルル」


 低い声。強い声。殿方の声。

 

 「……あとは俺に任せて、休んでいればいい」


 記憶の迷路を巡る……。


 優しい声。温かな声。ホッとする声。


 これは誰の声だっただろう?


 幼い頃から今までの記憶を辿ってみても、全然、見当がつかない。

 

 記憶、記憶、記憶……。


 人間の脳は、眠っている間に記憶の整理を行うといいますが。


 それなら眠るまでの出来事は記憶に刻まれないということなんですの?

 

 いいえ。

 いいえ。

 断じて、いいえ。


 そんなことはありませんわ。


 「また君に聞きたいことが増えた。だからそのままいなくならないでくれよ?」


 わたくしはこの声を知っている。

 わたくしはこの声の主を……知っている。

 

 「さて……」


 頭から熱が逃げていく。


 ずっと触れていて欲しかったのに。

 ずっと優しく撫でていて欲しかったのに。


 頭からすっと熱が逃げていく。

 

 そんな熱の放射のせいか。


 ボンヤリとした意識が、急激に冷めて、覚めていく。


 クリアになった思考が、新たな現実をわたくしに押し付けてくる。


 目の前に立つ大きな人影。


 それに飛び掛かるもっともっと大きな手負いの獣。


 「グオオオォォォォォォォ!!!!!」


 「イチジ様!!!!」


 ズパァン!!!

 

 ……何かが弾けたような、短く乾いた音がしました。 

 

 そして飛び掛かった勢いもそのままに。


 ホーンライガーが真横に吹き飛んでいきました。

 

 「手ぇ痛。……硬いな、コイツ」

 

 その場で唯一立っている背中。


 わたくしが幹に激突したせいで猛烈に散っていくシラザクラの花弁が撫で。


 雲間からようやく顔をのぞかせた月の光に照らし出された背中は……。


 「お巡りさん相手に随分と元気なもんだ」

 

 わたくしの記憶の中にある、どんな背中よりも大きなものでしたわ。

 

 「逮捕しちゃうゾ?」

 

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