サブ(ルチル編):お嬢様の憂鬱な日常
ぽかぽかと暖かい春の陽気の中、窓から顔を出した、大きなお屋敷に住むお嬢様は朝一番に言いました。
「つまらない」
(……なんて、こんなんじゃ童話もおとぎ話も台無しね)
橙の髪を太陽の光に照らし、下ろすと肩まで落ちる癖っ毛を右手で掻き上げた。退屈な一日を告げる鳥のさえずりなら、そんなの全然清々しくなんてない。
「はあ……」
今日もきっと長い一日になる。
(どうして私みたいな性格の子が
「どうしてホーン王国のキュラ地区
そう、問題はそっちだった。 物心つく頃、もしくはその前から口ずさんで、呪文のように覚えた決まり
「ルチルお嬢様〜、ご朝食が用意できております。どうぞ下りてきて下さいませ」
「……はーい」
ぶっきらぼうな返事をしたあたしが、もう一人のあたしを
「お嬢様、だって!笑っちゃうね、もうそんな女の子はこの屋敷にいないのに!」
「うるさいよ!あたしは、ルチルは、ブレイク・ロズウェル
「へー、よく言うよ。いつもいつも重いため息ばっかりついて、陰で悪態ついてるくせにさー」
「そ、それは……」
(はい、そこまで)
勝敗がつく前に二人のあたしを
「今行くから、もうちょっと待っててちょうだい」
「かしこまりました」
今日の朝食連絡担当のメイドに一言おいて、あたしは手際よくルーティンをこなしていく。
まず窓から離れて、クローゼットに右足から初めて三歩で辿り着く。あたしの身長よりも大きなドアを一気に開け放って、左から一息に全ての服を流し見る。その中で一番最後に目に留まったものを選ぶ。小物やボトムス、靴などなどは、このとき選んだ服によって選ぶ。ちなみに、クローゼットの扉は左右一斉に、同時に開けれれば成功。
服にはその場で着替え、今度は左足スタートでドレッサーまで歩く。このときの歩数はどうでもよしとしている。今日は六歩で到着した。
「おお、今日はちょっと寝癖強いな……」
予想外に手強そうな
「ふう、じゃあ……そろそろ行きましょうか」
人前に出るとき、スイッチは切り替えるようにカスタマイズしている。昔から、そう出来るように育ててきた。あたし自身のことを。
(大丈夫。今日だって、上手くやれる)
そう思って部屋のドアを颯爽と開ける。優美な階段の手すりが前方右に広がっている……はずだったのよ、あたしの日常では。
今日そこにあったものは、シャンデリアでも、赤い
「や、闇……?」
ぽっかり口を開ける、ブラックホールのような不気味な空間。
あの時は、母と一緒に流星群を待っていた。わずかに残っている記憶の断片でしかないけれど、あたしはその日の記憶の前後をずっと追い求めて生きていた。
(何の記憶?どうして母と二人きりで?流星群なんて限られたタイミング、きっと突き止められる?母はどんな顔をしていたかしら?)
次々浮かんではそのまま漂う疑問は増える一方で、ずっと胸のつっかえが取れない気分だった。
「もしかしてこれは運命なのかしら……」
諦め?不安?違う、と直感が訴えていた。あたしが今感じているのは、受け入れる悟り。ずっとずっとわからなかった問題の答えは、今ここに辿り着くために用意されていた道だった……のかもしれない。
そう思ってしまったあたしは、闇に手を伸ばす。禁断の果実にでも手を出そうとしている気分だったけれど、もう他に方法なんてないと思った。
このつまらない日々から抜け出す方法が。
「連れて行ってよ、あたしを、真実へと」
一歩踏み切る。あたしの体はふわりと黒に飲み込まれる。自然と振り返った先にある景色と、再開することはこの先あるのだろうか。別になくてもいいかな、なんて思った。
(お父様、許してね)
後悔、未練、そんなものあたしにはなかった。あたしは、幼い頃から手に入れすぎたけれど、それだけが原因ではない。
あたしは、閉じ込められすぎた。だから、そんな感情が芽生える以前の問題だったんだ。
スローモーションで遠のいていく風景は、私の中の心残りを映し出しているのかな?それとも走馬灯みたいな?
(ふふふふふ……どっちにしろ、面白いものね)
興味こそ湧いても、恐怖なんて起こらなかった。あたしは、どうやら枯渇しすぎているみたい。
「人生……こんな人で終わるなんて、死んでも死にきれないわ……!」
ワクワクもキラキラも心にない人生なんて、最低。潤いのない肌に等しいのよ。
あたしは先の見えない空間に一切逆らわず、身を任せて途方もない闇に流されていく。楽は人を堕落させるとはその通りのようで、そのうちあたしは目を開けることさえ億劫になってきた。目を閉じて、四肢の力をさらに抜く。
(ああ、こんなに楽なこと、つまらなかったわりにあたしの人生にはなかったなあ……いつも、何してたんだっけ……)
何も起こらない日常、平和でのどかな部屋の中、でも安らぐわけでもなかった。仕事もなくて箱入り娘だったくせに。何も強要されなくて、自由の身だったくせに。楽だったはず。何もない、何も。それなのに、どうしてこんなにも久しぶりの安らぎを感じているのか、甘すぎるとしか思えないあたし自身に対して
(心地いい……)
闇夜のような黒の中、眠ってしまいそうなあたしは思い出していた。流星群、三回、お願い事……。
(お父様と仲良くお外、お父様と仲良くお外、お父様と仲良くお外……)
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