7. 勧誘

「火力、発電所……?」


 マコトは茫然としながら、ただアツオの言葉を繰り返した。アツオはただ、表情を消して新しい煙草に火を着けた。


「だって、じゃあ葬儀システムは? E-terが言ってることは、嘘?」


 E-terが全ての有機資源に分け隔てなく与えている珍しいシステムの一つに、「葬儀システム」と言うモノがある。生命活動を終えた有機資源の遺体は、仲の良かった有機資源友人と面会を許され、一定期間を経て死体処理施設に輸送される。そこで火葬された有機資源の遺体は、それぞれのクラスに該当された共同墓地に葬られるのだ。Bクラス以上であれば、希望によって個別の墓を用意できるオプションも用意されている。


「遺体に面会させてくれるシステムは実際にある。だがな、その後の死体処理施設での火葬ってのが真っ赤な嘘なんだよ」


 ふう、と煙を強く吐き出された煙を浴び、マコトは少しむせた。それに構うことなく、アツオが話を続ける。


「死体処理施設ってのは、文字通り「死体を処理する場所」ってことになってる。話の通りならそこで死体は燃やされて、骨になって、残るのはリン酸カルシウムの塊、それだけ」

「そう、だよね。そういう話、だよね」

「だが、俺たちが調べたらそんなの嘘っぱちでしかなかった。あそこは火葬場なんかじゃない。だったんだ」

「……は」


 目の前のアツオの言葉を飲み込むのに、時間を要した。信じられない、といった表情で何度も言葉を紡ごうとして、その度に唇から吐息だけが零れていく。アツオはそんなマコトの様子を見て、一度だけ問いを投げた。


「……マコト。ここから先、聞きたいか」

「なに、を」

「お前みたいに、E-terに全幅の信頼を置いてるEクラス有機資源は珍しい。聞いたら、戻れないぞ。それでもいいのか」


 マコトを睨みつけながら、アツオが問いを投げつける。老いて目尻には皺が寄っているが、その奥の瞳はぎらついた光を湛えていた。

 マコトはごくりと生唾を飲み込む。アツオの言う通り、この話の続きを聞けば今までの自分はなくなってしまうのだろう。


 でも、ここまで聞いて引き下がれない。マコトは躊躇いながらも手を伸ばした。


「……煙草」

「あ?」

「煙草、一本ちょうだい。話、聞くから」


 アツオはしばらくマコトの表情と差し出された手を見比べ、苦笑してポケットから煙草を取り出した。震えているマコトの手に、着火装置と煙草が乗せられる。マコトは震えを抑えるようにそれを握りこんだ。


 先端から煙を細く燻らせながら、マコトが匂いに顔をしかめた。普段から吸う習慣をつけておらず、たまにこうやって他人から貰う程度にしか彼女は煙草を嗜んでいない。


「……まず、俺はE-terが気に入らない。このくそったれなシステムが何もかも決める世界の在り方には、うんざりしてる」


 突然の攻撃的な話題に、マコトは身体を強張らせた。いくら監視カメラもつけられていない部屋とはいえ、ここまで堂々と反抗的な事を口にするなんて彼女には考えられないからだ。だが、アツオの言葉は止まらない。


「有機資源は、何処まで行っても有機資源だ。俺たちだって生きる矜持を持って然るべきなのに、E-terが決めたからってだけでまともな扱いもされない。機械に全部お膳立てされた道を進んで何が楽しいんだ?」

「そ、れは……」


 マコトは、言い淀んだ。そんなことを問われたことも無ければ考えたこともない。ちり、と小さな音を立てて、マコトの煙草の灰が少しだけ床に落ちた。


「配給の質も、俺たちEは最悪だ。知ってるか? 一般有機資源の奴らは暖かい飯が食えるそうだ。信じられないだろう。俺たちは良くて合成の栄養バーだ。仕事が出来なきゃただのビタミン剤になる。死なない程度に生かしておく、とでも言いたいんだろうな」


 苛立ちを示すように、アツオがちびた煙草を踏み消した。何度も、何度も執拗に靴底と床の隙間にこすりつける。その吸殻がなんとなく、虐げられているEクラス自分たちに見えてマコトは唇をきゅっと引き結ぶ。自分の端末の時計をちらりと確認したが、まだ作業までは少しだけ時間があった。


「技術も、尊厳も、行動も、何もかも「Eだから」ってだけで認められない。そんなのがまかり通るこの社会を、俺は許せない」


 剣呑な空気に、マコトの背には冷や汗が流れ落ちる。今まで、自分はこの目の前にいる男の何を見ていたのだろう? E-terから与えられる仕事をこなし、他のエリアの有機資源からも慕われ、一種のカリスマ性を備えたEクラスの有機資源。マコトはずっと、アツオの事をそう思っていた。だが実際はこの通りだ。


「それで、どうして私なの」

「あ?」

「どうして私にそんな話をしたの。オッサンはEだけど頭が悪い訳じゃないって私は知ってる。E-terに従って生きてる私に反抗的な思想を植え付けて、何がしたいの?」

「俺がお前に声を掛けたのは、お前が「蟻」だからだ」


 アツオは言葉を切り、椅子に座りなおして立ったままのマコトを見た。その真っすぐな視線を受け止められず、マコトは目を逸らしてしまう。


「「蟻」はシステム安全運用特化部隊だ。E-terを護るためのガードマン、防衛システムでは対処できない事態に駆り出される働き蟻。言ってしまえば、セキュリティの穴やファイヤーウォールについて知り尽くしている存在だろう? 普通のEクラスやDクラスはそこまで深くE-terに介入できない。だが、お前は違う」


 無意識のうちに、マコトは首から下がっているゴーグルにそっと触れた。整備をする時も、「蟻」として仕事をする時も使用する大切な付属機器だ。これを端末に接続することで音声認識と視覚化した情報のオーバーレイ処理を行い、直感的な機材の操作を可能にしている。


「俺たちが今必要としているのは「蟻」が持っているセキュリティホールと防御態勢の情報だ。新兵器は開発途中だが、相手の出方さえ分かれば今度こそあの忌々しいデータバンクの奥にある主電源をクラッキングしてやれる」

「待ってよ、オッサン。俺たちって、どういうこと? ほかにもいるの?」

「案外頭の回転は遅いのか? 「蟻」に選出されるくらいだからもっと頭のいいやつだと思ってたがな」


 鼻を鳴らして、アツオが作業服のジッパーを下げその裏地をマコトに見せつけた。

 猛々しい動物を象ったマークだった。狂暴な顔で牙をむくそれは、マコトの記憶が正しければ狼と呼ばれる生き物だったはずだ。鎖と思われるモチーフが絡み合い、円を形作っている。右端に小さく、爪で引き裂かれたような字体で「F」と書かれていた。


「Eクラスの不当な扱いをやめさせる。そのために俺が設立したのがこのレジスタンス、「フェンリル」だ」

「フェンリル……じゃあ昨日のテロもまさか」

「そうだ。俺たちがやった。実行部隊は全員捕まっちまったがな」


 鼻を鳴らし、アツオは作業着の襟元を直し服装を正した。その言葉に、マコトの脳裏には昨夜のサーチライトがちらついた。空を我が物顔で往く特殊追跡ドローンの機影を、マコトは何度も見ていた。やはり、テロリストを追うのに妥協はしなかったと言う事か。


「マコト、お前もフェンリルに入れ」


 アツオの言葉に、マコトは動揺で目を見開いた。今の言葉は、E-terを裏切り反逆の道に進む誘いだ。


「わ、私は……」

「お前の「蟻」としての技術と知識があれば、E-terをぶっ壊してEクラスももう少しマシな暮らしが出来るようになる。いや、もしかしたら階級制度もなくなって全員が平等な世界になるかもしれねえんだ」

「でも」

「無理にとは言わねえ。でも、お前はこの話を聞くって言ったな」


 ハッと、マコトは自分の指に収まっている煙草を見た。灰を落とすことなく放置していたそれは、もう葉の部分の方が短くなっている。細々と煙を上げる煙草を口元に持っていき、マコトは心を落ち着かせるように吸い込んだ。指で軽く灰を落としもう一度吸う。


「……私は、E-terに反抗するのは賛成できない。「蟻」はそういうやつを追いかけてたから知ってるけど、捕まったら本当に死ぬんだよ。いくら不満があるったって、危なすぎる」

「じゃあマコトはEの生活に満足してるのか」


 戸惑った。マコトは、その問いに素直に答えられなかった。アツオはもう一度だけ煙草をふかし、その吸いさしを地面に押し付けた。


「……二週間後、俺たちはまたE-terのメインシステムに強襲をかける。フェンリル俺たち側に来るか、「蟻」E-ter側に就くか、その時にまた聞く」

「オッサン、私」

「選ぶのは自由だ。このくそったれな社会が与えてくれた少ない権利でもある。だがな、マコト。



 忘れるなよ。「蟻」として働いたとはいえ、お前は有機資源を殺した。昨日の実行部隊だったアオイたちを殺したのはお前だ。罪悪感を感じる部分がお前に残ってるなら、それもよく考えておけよ」


 アツオはそれだけ言い置くと、椅子から立ち上がって部屋を出て行った。


 その背中がいなくなるまで立ち尽くしたマコトは、思い出したように自分の吸殻も床に押し付けて消した。アツオが捨てっぱなしにした吸殻も拾い上げ、くずかごに放り込む。



『昨日の実行部隊だったアオイたちを殺したのはお前だ』



「……E-terが私に望んだことは、Eの皆には望まれてない……」


 くずかごに詰め込まれた三本の吸殻を見ながら、マコトはため息を吐いた。胸中にわだかまる不安は、それでも消えない。


 突然、マコトの端末が軽い電子音を立てた。力なく腰から端末を外して見れば、仕事が始まる時間を知らせるアラームだ。マコトは消化しきれない感情をぶつけるように、端末を力いっぱい握りしめた。


 ……――どうすればいいなんて、分かるわけない。


 今までE-terに生きる道全てを任せ、流されてきたマコトに初めて突き付けられた選択の自由がこれだ。

 それでも、課せられた仕事はこなさなければならない。休憩所から出て行くマコトの足取りは酷く重たく、そして遅かった。


 廊下をすれ違う有機資源の視線が冷たいような気がして、作業帽を深く、目元が隠れるほどに被った。

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