境の観察者
大月 帷
第1話 木彫りの鳥
公園で一人少女がブランコに腰掛けている。黒髪青目で、学生なのだろうか。制服を着ている。
しばらくブランコに俯いて座っていた彼女の耳に
「イッショニイコウ」
と声が聞こえる。
振り向くとそこには腕を4本伸ばした不定形の化け物がいた。そしてその無数にある目と彼女の目が合うと、その化け物は腕を彼女に伸ばしてきた。
彼女の額に冷や汗が滲む。
〈触れられたら連れて行かれる〉
そう咄嗟に判断した彼女はブランコを飛び降り、公園の出口向かって走り出した。振り返るとその化け物も4本の腕を器用に伸ばして追ってくる。
「イッショ...イッショニ...イッショニ...イコウ」
後ろでそのような声が聞こえるが彼女は走り続けた。いつかの日と同じ様に。
*****************
彼女には幼少期から幽霊やそれに準じた物が見えた。周囲の人には見えないそれらのせいで、彼女は気味悪がられた。
嘘をつき、周りに不幸をもたらす子だと。
幽霊は見える、見えないに関わらず相手に取り付いてその者に不幸をもたらす。他の人に見えないらしいそれらにとって、幽霊が見えて、その声が聞こえる彼女は面白がられ幽霊がよく集まる様になってしまった。
彼女は見える人間だったため、不浄な者が入れない神社に入ったり御守りを持ったりしてある程度自分の身を守ることができた。だが、周りの人間はそうでなかった。
従って、両親や祖父母、友人、引き取った親族にまで幽霊の被害は及び、親族間をたらい回しにされた挙句、10才で施設に預けられた。
だが彼女の体質から施設でも良い扱いは受けず、頼むから出て行ってくれと言われ、今は施設からのお金で一人廃墟の様なアパートに暮らしていた。
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公園から出て家に戻る途中、彼女は曲がり角で一人の老人とぶつかった。
彼女はよろめいただけだったが、老人は足が悪かったのか杖ついており、ぶつかった拍子に尻もちをついた。
「す、すみません。あの、お怪我とかありませんか?」
そう彼女が聞くと老人は目を丸くして
「君、私が見えるのかい?」
と聞き返してきた。
(しまった)
と彼女は感じた。今まで出会ってきた中で人の形に化けたものなど沢山いた。もし自分のことを知らなくてもこちらから声をかけてしまったということは自分は見える人間ですと言っているようなものだ。
(このままでは連れて行かれる。)
そう思ってたじろいでいると、今度は老人の方から話しかけてきた。
「いや、失礼。まさか今時私達のような者を見る人間がいようとはね。」
〈口を聞いてはいけない〉
そう思った彼女は踵を返し走り出そうとしたが、老人は少女の腕を掴んでこう言った。
「安心してくれ。私はあの者たちとは違う。」
振り返る老人の視線は少女に向いていなかった。視線の先を目で追うとそこには公園に居た化け物が居た。
「イッショニ...オイデヨ...イコウヨ...アッチヘ...」
「追われているようだね。君とは後で話がしたい」
そういうと老人は右手前にかざし、化け物へ合わせると何処からともなく大量のお札のような物がかぜに舞って化け物に取り付いた。
「ウギャ....アアアア...」
お札だらけになった化け物は声にならない悲鳴を上げ、お札とともに消え去った。
ひとまず落ち着いたと安堵の息を漏らす彼女に老人は声をかける。
「大丈夫かい?」
「え、えっと貴方は一体...?」
すると老人は胸ポケットから懐中時計を取り出してこう言った。
「うん、まあその話もだが、君自身についても教えてあげることは出来るだろう。だが、今日は話すには少し遅いな。今日はもう家に帰りなさい。都合が良ければ、明日のお昼にでもどうかな?」
幸い明日は土曜であり、休日である。彼女はコクンとうなづくと老人はニコリとしてからポケットを探り、小さな木彫りの鳥を差し出した。
「これを持っていれば、当分は変なものに追いかけられなくて済むだろう。
それでは明日のお昼にまた、ここで。」
そう言うと老人は去っていった。少女はしばらくそこで立ち尽くして居たが、ふと我に返ったのか大きく首を横に振ると木彫りの鳥を地面に置いて、帰路に着いた。
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