第1章------------「酔いどれ船と喧嘩ばな」

街は香のにおいであふれ、ぴんとした緊張と駆け引きとで賑わっていた。

男衆、少年らの後を追って、ロートラウトは俯く。身なりが身なりなため、人目につきたくない。

なんのいっても男装中、初々しいロートラウトの様子に心を掴まれた女たちが、紅や化粧をぶら下げて大きな口を構えてくるのだ。

熱気に頭を呑まれる。

ロートラウトは禁忌のにおいに考えられなくなっていた。

ここは、夢のような場所だ。

ロートラウトは街を行く。

少し乱雑な舞踏会場のようだ。

ロートラウトとて、こういう街の存在を知らないわけではない。けれど、もっと穢らわしいものと捉えていた。


人間は変わらない、貴族も平民も。


「てめぇ、前見ろやぁ!!」


訂正しよう。

ロートラウトは驚きと怒りにないまぜになって、顔を上げた。

どうやらぶつかったらしい。

「す、すまなかった……」

「すまなかったぁ?ん?」

すぐ横に汚れた胸板、顔を上げるとギョロ目気味の男の顔。思った以上にタッパがあり、自分と同じ素材でできているとは思えないほどザラザラした質の肌を持っていた。

慎重になろう。速やかにおさめて、少年たちの後を追わなければいけない。帰るためにだ。

そしてロートラウトは思った。こんな怒りを向けられるのは初めてだ。

「随分といい身なりじゃねぇかぁ、ほぅ?坊ちゃんの筆下ろしってわけ!いいねぇ、青臭いねぇ」

男が笑い、丸太のような手がロートラウトの肩に伸ばされる。むやみに振り払うべきでないと思う前に、ぬっちりと体重をかけられた。

「ここはどこもかしこもクセェなぁ。女クセェ。なぁあんた……」

不意に男が足元を見て、その瞳孔が開かれる。その異様な光に、ロートラウトは自身が引き裂かれる幻想を見た。

と、後ろから声が飛んできた。

「おっさん!おいおっさん!!」

バタバタと立ち止まる足跡。振り返ると、そう年の変わらなそうな2人組の少女がカンカンにいきり立っていた。

「んだぁ?」

「アンタぁ、払うもん払ってから行きな?大事な子ぉ汚しやがって!」

年上らしい、肉付きの良い少女が、もう1人を指さした。

ロートラウトははっとした。その子がブロンズの肌を持っていたからだ。いや、大胆にはだけている。乱暴に脱がしたのかドレスが伸び、ボタンがぶら下がっていた。

そして、張りつめた顔でうつむいている。

「高くお止まってんじゃねぇぞ、そのなりで?」

男は頬をひくつかせ、年上の子に噛みつきかかった。

「娼婦なんてどこも同じじゃねぇか!ましてや……っ俺は確かに払ったはずだっ……このガキ、散々暴れたくせにぼったくりやがって」

「はっあれが? なぁに図々しいこと言っちゃってんのさ、お初が高いのは当然だろう?」

お初だと?

男の顔がしまった、と歪む。

これきたと少女が畳み掛け、男は悪態をつくと、逃げようとして警備らしき男たちに取り押さえられた。

立ち尽くしているロートラウトの袖を、誰かが引っ張る。

見ると、あのもう1人の少女だった。


ロートラウトは息を呑んだ。

黒い、眩しい瞳がこちらを覗き込んでいたのだ。


それもつかの間、視線はぱっと外される。少女はロートラウトから手を離すと、ついっと顔を背けてしまった。

「今のうち!……」


おいで おいで

手のなるほうへ


ふと あまい匂いがした


ロートラウトは立場を忘れ、手のなるほうへと進んでく。



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