僕たちは冒険者(兵士)

日本人志望クロマニョン人、略してクロマン

プロローグ 明日は君のもとへ

 神が世界から去って数百年の時が過ぎた。


 大気からは魔力が失われ、生き物は神の加護を失った。


 遥かに弱体化した生命たち。それでも、彼らは今日を生きていた。




《ヴェルダリア王国地下4階層C地区にて》


「……は、やァッ!」

 手に握った剣を踏み込みと共に振り上げる。

 精一杯、すべての力をそこへ込めた必殺の一撃。

 ______これならやれる。確かにそう思った。

 しかし、現実は非情。


 ガギィィィィィン!!


 その一撃はあっけなく相手の漆黒の装甲によって弾かれる。

 己の攻撃が通用しないのだと悟らされた。

「……っ、逃げてっ!ハル!」

 勝てないならば、せめて、背にかばった仲間だけは生きて帰そう。

 武器が壊され、装甲もボロボロの彼女では一撃食らえば命はあるまい。

「そんな!カナを置いて逃げるなんて……!」

「いいから!行って!!」

「で、でも」

「早く行け!正直足手まとい!」

 ハルが行きを飲む音が聞こえた。

 そして彼女が駆け出す音も。


「ごめん」


 最後に、そんな声が聞こえた気がした。

 私は後ろを振り向かない。

 敵___ヘルハウンドはハルが逃げていくのを見てそちらに飛びかかろうとしている。

 でも、

「ダメだよ」 

 絶対に行かせない。

「私を見ろッ!」

 私はヘルハウンドの視界を遮るように前へとおどりでる。

 通用しないとわかった私の剣をその鼻先へ向けると、イラついたのだろうか、標的を私に戻した。

 いや、この機構兵士にそんな感情があるはずがないか。

 だけど今はそれでいい。

 ヘルハウンドは姿勢を低くし突撃体制をとる。

 たいして私は動かない。

 さきほどの全力の攻撃は全く歯が立たなかった。

 普通の攻撃では倒せない、だから賭けをする。 

 何故だろう、脳裏に父や母、弟に友人たちが浮かんでは消えていく。

 私、死ぬのかな。

 ダメだ、そんな弱気じゃ。

「まっててね、ベンケイ、コータ。私、負けないからっ……!」

 剣を横にほおる。

 今までありがとう、私の相棒

 この技は、私一人でやらなきゃいけない。

 足を広げ、腰を低くし、両手で構えを取る。


「さあ、来いッ!!」


 駆けてくるヘルハウンド。

 私が最後に見たのは、ヘルハウンドの開かれた黒い口内だった。





 神の加護が失われて数百年。

 発達した魔術文明にとって、なくてはならない空気のような存在であった魔力は大気から失われていき、生き物が体内に保有する魔力も大きく減少した。

 人類に残された最後の魔力源は生き物を除いて他だひとつ、地中に眠る魔力を溜め込んでいた数多の魔鉱石のみ。

 人々は国家を、町を、生活を存続するためにそれを強く求めていった。

 確実に枯渇していくであろう資源を奪いあい、多くの国が戦争に巻き込まれたのは想像に難くない。


 そして、ここヴェルダリア王国もその一つ。


 ことの発端は60年前、小さな島国であった我が国が最大級魔鉱石プラエクラーラを発掘したことに始まる。

 プラエクラーラは世界最高量の魔力を保有していることが研究で明らかになり、その量は無限にも等しいとされた。

 どこから漏れたのか、その情報を知った大陸の強国ジークダット帝国は我が国にプラエクラーラを渡すよう要求、当然我が国はそれを断った。

 ……そして、プラエクラーラを欲する帝国の言いがかりに等しい名目での攻撃により開戦となった。」

 ここまではいいな、と先生は僕らを見回す。

 すると、先生の視点がある一点で止まった。

 僕の隣だ。

「またか……。コータ!」

 先生の大声での呼び掛けに驚いたのか、隣の銀髪が起き上がった。

「は、はいっ!?お母さん!?」

 クラスじゅうに笑い声が上がる。

 完全に寝惚けている、口からよだれは垂れているし目は半開きだ。

「残念ながら私はお前のお母さんではない。そしてそれ以前に私は男だ」

「ならパパ?」

「未だ夢の中にいるのか……」

 先生は一度呆れた顔をして再度コータに呼び掛けた。

「コータ!プラエクラーラ戦争が始まったのは新暦何年だ!!」

 ふぇ?という感じで混乱気味のコータ。

 これは、寝惚けているのか、それとも本当にわからないのか……。

 多分、どっちもだ。

「……コータ、257年だよ」

「コータ、257年です!」

 再度上がる笑い声。

 ああ……、僕まで先生に睨まれたじゃないか。

「コータ……、私の授業で居眠りするのは何度目だ……!私の授業がつまらないと言うならいいだろう……!」


「廊下にたっていなさい!」


 先生の怒りが爆発したようだ。


「助言したベンケイも同罪だ!立ってなさい!」


 何てこった……。



 いつもは喧騒に溢れている廊下もこの時間はどうしたって静かだ。

 だって授業中だもの。

 ちょっと新鮮だな。

「全く、恨むぞコータ……」

「悪かったって。でもなあ、ベンケイ?俺だって教えてくれって頼んだ訳じゃない「へー、ふーん。そういうこと言うんだ。」」

「な、なんだよ……」

「別に?いつもコータに宿題教えてるの誰だっけなあと思ってさ」

 そう言うと急激に顔を青ざめさせるコータ。

「す、すいませんベンケイ様!俺、私が100億%悪うございます!」

「わかればよろしい……なんてね。にしてもコータ、最近居眠り多いね。やっぱりあれをしてるの?」

「まぁな、毎日夜遅くまで親父に稽古つけてもらってるよ、あの人、自分の息子にも容赦しねえから」

 ちら、とコータの右手を見る、そこには手当てされた打撲痕があった。服で隠れているが、恐らく身体中に似たようなものがあるに違いない。

「……そっか、頑張ってるんだね」

「お前との約束だからな、強くならないと。ベンケイの方はどうなんだ?」

「僕は、正直あんまり順調じゃないかな、最近、ちょっとね」

「……ああ。しょうがねえよ。カナさん、未だ帰ってこないもんな、どうしても不安になっちまうよ」

 カナ_____姉さんは上層への探索に出てから2ヶ月帰ってきていない。

 上級冒険者だった姉さんは階層更新の為に激戦区へ少数精鋭で攻めいった。

 姉さんたちを捜索する部隊も何度か派遣されたが、上層の難易度の前に芳しくない状況だ。

 正直、生存は絶望的だろう。

「ベンケイ、俺、カナさんは生きてると思うよ。」

「コータ……」

「だってあのカナさんだぜ?今まで不可能だと思われてたことをいくつも成し遂げ、絶望的な状況からなんども生還した、ほんとにすげー人なんだ。死ぬわけないさ、今度も明日にでもひょっこり帰ってくるさ」

 そうやって誇らしそうに言うコータの目は姉さんに対する尊敬やその他肯定的な感情に満ち溢れていた。

「そうだね、……姉さんは負けない」

 僕はそう言って廊下の窓から学校の外を見る。まるで、そちら側に姉さんがいるんじゃないかと探すように。

 その視界。

 金属製の窓枠の向こう側に見えるのは空ではなく、これまた金属製の天井。

 空に輝くのは太陽ではなく青白い光を放つ最大級魔鉱石プラエクラーラ


 ______60年前、ヴェルダリア王国は帝国との戦争にて多大な戦力差を前に地下への撤退を決意。

 以後、それでもなお攻めてくる帝国に対し地下へと潜っていき、現在地下11階層までを建造した。

 現在、地下11階層まで帝国が攻めきることはできず、40年ほどの膠着状態に陥っている。

 だが、帝国の機構兵士は、上層から今もなお送り込まれている。


 戦争はまだ、終わっていない。

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