第9話 黒色の軍馬
少年が
日は未だ中天に差し
ほんの少しの間だけであったが死を予感させる
立ったまま
絶え間なく口から吐く息を抑えるべく、呼吸を整える。大きく息を吸い吐き出した、その最中に少年は吹き出すように空気を一気に
少年を襲った一頭――シトリーが黒豹の姿のまま、走り去った黒豹の団体について行かず少年に向かって静かに歩み寄ってきたのだ。
少年にとっては喋る黒豹であるだけではなく、襲い掛かってきた天敵に等しい存在だ。それがまさか、正体が綺麗な黒髪を持つ
思わず少年はその場で拳法の防御態勢に似た構えをとる。反射的に、本能的に――手足の力を抜きつつ、相手の出方に
(当然、
だが黒豹の子はそれを見て特に気分を害さず、むしろ喜ばしいものを見たかのように
「君、やっぱり強いね。じゃあ、また今度会ったら、ね?」
見た目と裏腹に可愛らしい少女の声に少年は思わず
「二度と会いたくねーや……」
そっと小さく
言葉の真意は不明であるが、『次、会ったら再戦しよう』という申し出であると彼女の
――何を見て“強い”と? 攻撃を避けたからかな。でもあんな奇跡、二度と起きないってば……。
次第に離れていく黒い影を見つめながら、大きな
やっと張り詰めていた場の空気が
「あぁ、お前は強い」
「えっ?」
背後でボルヴェルグが剣を地面に突き立て、拾った
「その歳で、
「え、あぁ、そう…………ですか」
「本当に、どこか痛むところはないのか?」
「いえ……外傷はないと思いますけど」
自身の上体を捻りながら、怪我がないかを確認する。背中以外をある程度見回したが、切り裂かれた
――外傷はない、か……。
ボルヴェルグは顎に手をやって考え
本来ならば家元に乗り込んで親をシバくなり、
ボルヴェルグも一度だけマルテ出身者の
ボルヴェルグの
――他種族への恐れがある……。やはりマルテ出身の……。
頭の中で描いた
『マルテ出身のこの少年は親から虐待を受けていたが、何とか脱走に成功! だが、監視役でもある砂の民に見つかり奴隷容疑で襲撃を受けた! 奴隷ではないがマルテに戻る訳にはいかないから困っているところ、
と銀の
それに、騎士として戦場へ
「……移動するか。童、
少年の言葉を待たず、左手で鞘に収まった剣を持ち、歩いて
革袋のについた土や砂を掴んだ右手を軽くゆすって落とす。耳をすませばパラパラと小さな音と共に地面へ零れ落ちていった。
「ニール、行くぞー」
ボルヴェルグが連れていた馬へ呼びかける。ニールと呼ばれた黒馬は主に応えるように
「え、あぁ? おわ!? でっかい馬ッ!!」
少し離れてた丘の上にいたため分からなかったが、近づいてくる馬の巨体に少年は大いに驚いた。
軍用馬であるニールはボルヴェルグが乗るのに相応しい大きさを持っていて、更にその黒さもあってか迫力が
――黒〇号か何かかな?
某世紀末の覇者が騎乗していた黒〇谷の馬王を
それでも通常の馬よりも大きく、迫力があるのは間違いなかった。
ただでさえ成長しきっていない子供の目線で見れば怪物に相違ない。しかし主である男はよしよし、と可愛がるように馬を引き寄せた。
ボルヴェルグは馬具である
「…………人、……食べない?」
「食わん食わん」
ニールに指をさして正直な疑問を口にする少年にボルヴェルグは手を横に振って答える。
――マルテでは人食い馬なんて伝承があるのだろうか。
馬の視界は非常に広いが、真後ろだけ死角となっている。そこに何かの気配を感じると、馬は本能的に“身を守るため”に
それでも今から向かう場所は子供に歩かせて進むには少し酷であるから、少年をこの
「そうだった。ニールは気性が荒いからなぁ、……何週間か一緒にいれば乗せてくれるやも――」
一人旅で長らく忘れかけていたがニールは気性が荒く、中々人に懐かない馬であった。さすがに人食い馬とまではいかないが、出会った当時にいきなり突進を受けて倒れたところを踏まれ“もみくちゃ”にされた事を思いだしてボルヴェルグは懐かしむ。言葉を途中までにして馬のニール様子を見ると、ニールが驚くべき行動を取り、少年は当惑していた。
「ほぉ~……珍しいな。本当に珍しい。あのニールがすぐ人に慣れるどころか背中に乗せる許可を出すなんて。……子供相手だからか?」
黒馬のニールが驚き動けなくなった少年の前まで歩み寄り、そっと座り込んだのだ。足をたたみ、子供でも一人で座れるような高さにして黒い水晶のような瞳でジッと見つめて訴えかける、“さぁ、
その姿を見て困惑している少年を余所に、馬の主は『そうだったなら、娘たちにも乗せてあげれば良かったなぁ』と若干ばかり後悔していた。ボルヴェルグは戦場でこそ敵が相手ならば
「乗れって……?」
返答は帰ってこないが、直視しているニールの瞳が肯定していた気がした少年はそっとその鞍に掴まり馬の背に乗ると、ニールはすぐに立ち上がった。馬上でよろけそうになるも足を預ける
しかし、その直後ニールは少年を乗せたまま走り出したのだ。急な加速で前かがみに倒れ込み、横目で視界が流されていくのが分かった。パニックになりつつ起き上がるが、少年は身体に当たる風に押され後方に仰け反りそうになる。
「うわぁああ、わあああ、わああああああ、わあああああああああああ!!!!」
加速による衝撃、景色の変化による驚き、頭を上げて起き上がると想像以上の高さと速度の恐怖、それでもなお止まらない黒馬の上で悲鳴を上げる。その姿を眺めていた飼い主である男はさほど慌てず、
「そんなに気にいったのか。おーい! あまり無茶はするなよー! ……さてと、忘れ物はないな」
落とし物がないか周囲を見回して確認した後に、小走りで追いかけ始めていた。
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