あまんじゃく

一日一作@ととり

2018年3月15日 第1話

瓜生清志郎はまだ寝ている。天城玄治は寝床から抜け出すと、朝餉の支度をはじめた。天城は大柄な男だ。手もごつごつとしていて指も太い、いかにも武骨そうだが実は繊細で器用な質だった。料理などは得意中の得意で、包丁を持って大根や人参を剥いたり、葱を小口に細かく刻んでいると、体内から力が漲るような、いい気持になってくる。出来た料理も素晴らしく、瓜生などは小料理屋をやればよいのにとからかう。だが、天城はこの道場の師範だ。


瓜生は名前の通り細面のうりざね顔、なかなかの美青年である。刀をぶら下げて行き倒れ寸前だったところを天城が道場の前で拾った。それきり道場に居ついている。天城の道場は閑散としていた。昨今の武芸流行りで道場が乱立し、特に名前が売れているわけでもない、宣伝をまめにするわけでもない、天城の道場に人が来るわけないのだ。そういう部分では非常に不器用なのが天城だった。


だからのんびりと天城は朝餉の支度をした。それこそ最初は女中を雇っていたが、それも必要ないと考えて、今では家事全般を天城がやっている。そんなふうに師範が箒をもって玄関を掃いてようじゃこの先弟子が来ることはないなと瓜生は笑う。やがて鍋から出汁のいい香りが漂ってくる。天城はそれに味噌を溶いて仕上げをする。ふと気が付くと瓜生がだらしなく着物を巻きつけて台所の入り口でこっちを眺めてくすくす笑っていた。


「瓜生、もうすぐ飯だぞ」そういうと、天城は釜の蓋を開けた。蒸らされたご飯がふっくらと炊きあがっている。銀シャリとはいかない雑穀米だが、十分旨い。味噌汁と香の物とご飯と青菜のおひたし。そして、鯵の開き。朝はこのくらいがいい。瓜生は朝は食が細い質だから、ご飯を軽く盛る。自分はどんぶり飯だ。お膳に乗せて、部屋に運ぶ。部屋は布団が畳まれて小綺麗に片づけてある。お膳の前に座布団を敷いて座ると「いただきます」といって飯をかっこむ。うん、旨い。瓜生は箸で青菜をつつきながら静かに食べる。瀬戸焼の白磁の茶碗がよく似合う。それは、天城の死んだ嫁の茶碗だった。戸棚に隠して置いていたのを、瓜生はいつの間にか見つけ、猫のようにそれでしか飯を食べなくなった。嫁の茶碗だということは未だに言えていない。


飯を食い終わると瓜生は庭を眺めて縁側に座っている。天城は後片付けだ。瓜生は本当に何もしない男で、野良猫が居ついたような雰囲気だった。「のう、天城」と瓜生は聞いた。天城は洗った茶碗を拭きながら「なんだ?」と聞き返す。「主は、私の素性を尋ねないのだな」瓜生は背中を向けて天城に問う。天城は考えた、瓜生が自分から素性をいわないのは何か訳があるからだろうと思う。興味がないわけではないが、聞き出そうとは思わない。そう天城が答えると、瓜生は笑った。「隠すようなことではないのさ」「それなら教えてくれ」天城は布巾をかけて畳に上がった。「私は狐なのだ」瓜生はそういうとじっとこちらを見つめる。「ほう、狐か人に化けてるのは初めて見る」そう天城は答え、瓜生を眺めた。「尻尾はあるのか?」瓜生はぷっと噴き出すと「本気にしないでおくれ」と笑った。「尻尾があるかないかくらい、いつも見てるじゃないか」天城は笑った「解らない、狐の術で尻尾を見えなくしてるのかも知れない」天城は瓜生の隣に座る。瓜生がしなだれかかってくると、天城の顎の先を舐めた。無精ひげが伸びてざらざらしている。


瓜生はこの家で何もしないで居られるのは、女役として天城に夜の奉仕をしているからだ。天城は瓜生に誘われるまで自分にそんな気持ちがあるなんてことに気づかなかった。今は瓜生が好きだ。瓜生の口で愛撫され、瓜生の身体の中で果てるのは、天城にとって無くてはならないものになっていた。(未完 2018年3月15日)

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