信じるべきは己のみ

「バァックショォイ!!」


人気の無い裏道に大音量のクシャミが響く。

辺りに何回か反響し段々と消えていった。


「あぁー。まだあんのかぁ?どんだけ汚れてんだよ……てか何年放置したらこんなことになるんだっての」


掃除を始めてかれこれ4時間は経過している。あれからだいぶ時間が経ち、太陽は頭上を通過しそうになっている。そして俺が引っ張って歩いてる黒髪の女は今も気を失ったままだ__さっきよりも髪の色が赤っぽく見えるが気のせいだろう。


朝から色濃いオッサンに囲まれ、知らない人に襲われて、何故か自分で後始末。……何やってんだ俺は。こんな事する予定組んでないし早く包帯回収しに行かなきゃだし、もうさっさと終わらせちまうか。

しばらく包帯の代わりに手袋をしている左手を見つめて考える。そして……


「ファイアー……」


……辺り一面焼却でもしようかと思ったが僅かに残っていた自制心がそれをすんでのところで止めることに成功しスキルは空撃ちに終わった。



先程から掃除をしているこの裏道は碁盤の目状に道がひたすら続いており、同じところを行ったり来たりしているように錯覚することがしばしば。

__さっきこっちから曲がってきたから……こんどはこっちかな?



既に俺はどこから来たのか分からなくなっていた____。




さっきから一つだけ意識している事がある。

万が一、さっきの__と言っても、もう数時間前なのだが__残党がいた場合に備えて角を曲がる時は必ず戦闘態勢を取りながら素早く切り返すようにしていること。

今回も、気を抜かずしっかりと警戒しながら切り返して曲がった先__そこには最初に見た石とは別の小さな綺麗な球体の石が目に止まった。

それを見た時、ふと、違和感を覚えた。

__そういえば……この女、一番最初、なんで俺を呼び止めたんだ……? わざわざ俺に声をかけなければそのまま走っていなくなってたかもしれないのに……まじ怖かったし。それに、治安が悪いって聞いてたのにあれからまだ誰とも出会っていない。……もしかして何か関係してるのか?

必死に思考をめぐらし、違和感の正体に手が届く寸前____


「まだ居たのね。流石に帰ったと思ったのに……あと、そこ危ないわよ」


その直後、目の前にあった小石が赤く膨れ上がり____爆発した。



─────────────



裏道の床に座り込み向かい合う二人の姿がそこにはあった。

「じゃあ、あなたは本当に関係ないのね?」

このやり取りはもう五回目だ。

「だぁかぁらぁ! そうだって言ってんだろさっきから!なんで俺が名前も知らない相手を騎士団に勧誘しに来なきゃ行けないんだっての!そんなもん少し考えたらおかしいって分かるだろうが」

「それも……そうね。本当に私の事を知らないなら。だけど」

ダメだこりゃ。ここまで来ると流石の俺もため息をこぼさずにはいられない。

「俺が騎士団ならもう力ずくで連れてってるよ……多分もう会うこと無いと思うから名前だけでも教えてくれねぇかな。いきなり襲ったお詫びはそれで許してやる」


女は少し何か考えたあと、分かったわ。と嫌そうな顔をしつつも頷いた。


「私はエアリカ=フローレス、さっきは悪かったわね。これでいい?」


「エアリカ……ね。おーけー、覚えた。……それじゃ、俺はこれにて失礼させてもらいます。ここら辺の掃除もさっきの爆発で綺麗になったからな」

俺は騎士団の敬礼を真似て、足を揃え指先を伸ばした右手をおでこに付けるような動作をしながら、じゃあな!と一方的な別れを告げて撤退しようとしたのだが__「あなたの名前を聞いてないわ? まさか聞くだけ聞いて逃げようってんじゃないでしょうね!」と文句を吹っかけてきたので俺もあからさまに嫌そうな顔をしながらへリク。と簡単にだけ名乗り、さらに何か声をかけられる前に身を翻し、爆速でギルドに向かった。


「へリク……ね。……いつエンハンス使ったのかしら。なかなかの実力者なのかも!」

はたから見たらその場に置いてかれた風のエアリカは楽しそうにそう呟いた。



──────────────



シャクナ帝国のトリガート学園には毎年5000人以上が入学する。 この学園では卒業時、上位30人が帝国騎士団に入隊する権利を得る。学園最終試験終了時の上位10名は権利確定、残り20個の枠は上位90名が争い、勝ち残ったものが権利を獲得する。万が一、上位10名が帝国騎士団入隊を辞退した場合でも追加枠は作られない__正確には作る必要がない。必死になって争奪戦を勝ち残った生徒らが入隊を辞退するわけがない、という自信からだろう。これらの理由から毎年20人は帝国騎士になる。実際の所、帝国騎士団入隊を辞退したという話は聞いたことがないのだけれど。学園で毎年開かれる権利争奪戦は一般市民にも有料で公開され帝国の名物として盛んになっている。


そして今は丁度その時期にあたる。

学園の権利争奪戦が始まるのは3月23日から28日までの5日間で、今日は3月の20日。そのせか街中の様子も普段より活気づいている。



そんな中、ため息をつきながら一人歩く青年がいた。

「とんでもねぇ奴がぁいたもんだなぁ……」

なぜかオジサン口調で今の気持ちを言葉にする。散々同じことを聞かされたせいか、あの女の声が頭の中で響いている。しかも同じ内容をずっと、何回も繰り返している。意識して話題を逸らそうとしても無理やり意識を引き込まれるようだ。


……そもそも騎士団はなんであんなにもエアリカに固執しているのだろうか。強い人なら他にもいたわけだし、たった一人抜けたくらいでそんなに戦力が変わるとも思えない。量より質というのは分からなくはないが、まず騎士団に入る人間の質が高いのでその線はないだろう。……そうなると、ますますアイツを騎士団に無理やり入団させようとする理由がなくなったな。もう一回だけアイツの話、整理してみるか。

そう決めると、へリクは道のド真ん中で腕を組んで突然ピタリと停止した。


……エアリカはシャクナ帝国唯一の異能力スキル育成学校__トリガート学園で比較的平和に過ごしていた、らしい。さらに成績も優秀で卒業時は八位、入団の権利確定という文句無しの学園生活を送っていた。だが、誰もが憧れる騎士団の誘いをなんでか分からないが断ったらしい……勿体ない。勿論、この時点で前例のない事なのだが、勧誘を断られると思ってもみなかった騎士団は戦力強化のために躍起になって強引な勧誘をしてくるのだという。それに嫌気がさしたエアリカはこの近辺にいた荒くれ者達を武力で従わせ自分を騎士団から守らせていたというのだ。最も治安が悪いって言われてる所を統治するくらいの実力はあるのだろうけど結局、それ以上の、本当の実力は分からないままだ。……もしかしたら、そこに騎士団が意地でも入団させようとする理由があるのかもしれない。


__チャンスがあったらもう一度アイツに会ってみるか。

へリクは顔を数回軽く両手で叩き、気持ちを切り替える。この件はもうしばらく置いといて、いよいよ包帯奪還作戦開始だ__!




時刻は午後二時。シャクナ城門前__


少し遅めの昼ご飯も食べ終わり気温もポカポカと暖かく昼寝にはもってこいの状態なのだが、今日に限ってそれが出来ない__まずそんな時間が無い。

__やっぱりここに来てたか……。あの車、昨日の魔導車と同じ型番、ナンバーだ。


包帯を落とした可能性のある草原まで走っていくのは非常に骨が折れる作業なので、時間短縮できるし包帯も回収できるし一石二鳥だなーと淡い期待を寄せてここに来たら予想通りだった、気づいてない、拾っていない可能性もあるのだがこの際そんなものは関係ない。


とりあえず俺は城門の前にいる量産型の銀色に輝く鎧で全身を包んだ騎士に話しかけ、城の中を案内してもらおうと考えた。

「あの……あ、暑い中お疲れ様です」

みたか! 相手に対する気遣いを忘れない神対応!

「あぁ? なんだ餓鬼、ここはお前みたいな奴が来る場所じゃねぇぞ」


……この野郎!気遣われたって事に気づいてねぇのか? どんな神経してんだ!


流石に言われっぱなしは癪に障るので反論してやる事にした。

「……餓鬼が城に用事あったらおかしいか? ストレス発散は別の機会にお願いしたいね!」

そう言って俺は態度の悪い騎士の横を通り過ぎようとしたのが城内に足を踏み入れる瞬間、目の前に鋭く尖った槍が物凄い勢いで飛んできた。

反射的にしゃがんで槍を避けた俺は顔を上げた。すると、目の前には今さっきまで俺の後ろにいた騎士が槍を持って立っていた。

「誰の許可貰って入ろうとしてんだぁ?さっきも言ったよな……餓鬼はお呼びじゃねぇんだよ。分かったらさっさと帰れ」



__また厄介事に首突っ込んだなぁこれ。


自分の悪運を呪いながらも、もう少しだけ怒らせてみようと思ったへリクであった____。




─────────────




辺りは闇に包まれ、街の賑やかさもどこかへ行ってしまったようだ。そんな中、暗闇を打ち消す淡い光が裏道の方から漏れている。

「ごめんなさい、治った?」

「え、えぇ。ありがとうございます……」


「まさか彼がアナタより強いと思ってなかったの……少し子供っぽい雰囲気があったからその程度なのかなって、なんの根拠も無い理由で勝手な判断をした私に落ち度があるの」


__これは本当の事。相手を見た目だけで判断して痛い目を見たのはこれが初めてじゃないのに。


「ち、違います。一方的に攻撃を仕掛けたのに返り討ちにあったのは私の実力不足でエアリカさんは何も悪くないんです!……まだ修行が足りませんね」

まるで自分の事のように落ち込むエアリカをみて、女は優しく微笑んだ。


「実力だけでこの世の中どうにかできる程、簡単には出来てないわよ。そんな事だったら私だって今ここに居ないわ。……そのお陰で貴方達とも出逢えたのだけれど」


そう、ここに集まってくるのは訳アリの人ばかり。生きるのを諦め周りを巻き込み暴れる者、周りの声に耳を傾けず一人で苦しむ者、居場所を失った者。

治安が悪いと噂を広めておけば迂闊に近づいてくる人も減る、そう考えたのはエアリカだった。実際、効果はあった。たまに遊び半分で笑いながらやってくる奴らもいたけど、少し攻撃したら泣きながら走っていくのがほとんど。今回のパターンは過去に例がなかった。実力者というのはこんな落ちこぼれの集まる場所にわざわざ来る理由が無い、だから今回来たのもどうせ弱いと勝手に決めつけてしまった。


「……何日か後にみんなを集めてこれからの事、話し合いましょう。私達の居場所がこれ以上奪われないように、今出来ることを考えましょう」


「そうですね……これ以上みんなの悲しむ顔を見たくないですから……そろそろ帰りますね。……すぐそこなんですけど」

少し照れ臭そうに別れを告げ、スキップをしながら寝床へと戻っていった。

エアリカはそれを最後まで見届けると、それとは反対側に向かって歩き始めた。


「どうして……何も悪くない私達がこんなに苦しまなくちゃいけないの……」


その叫びが誰かに届くことは無かった。



─────────────



「はぁ……はぁ……な、なかなかやるじゃねぇか餓鬼」

「あんたも結構強いじゃん……こんな所で憲兵してるのがもったいないくらいだ」


最初に槍が飛んできてから30分が経っただろうか__街の中心地、シャクナ城門前で堂々と戦闘を繰り広げていた。


「……あんた、名前は! そんな重い鎧つけて大変じゃねぇか?」

「戦闘中にお喋りたァ余裕なこったなぁ!!糞ガキ!」

顔のすぐ横に音を立てて槍が飛んでくる。顔を少し傾けて回避すると相手の腹部目掛けて渾身のローキックを打ち込む。

「ほぉ……悪くねぇ、気に入ったぜ餓鬼!記念に名前くらいは教えてやる。 俺の名はシャスタ=ボルーク、所長に雇われた護衛の一人だ」


__所長……ご、護衛!?

「しまっ……」

シャスタから発せられた驚きの一言に油断し、大きく隙を作ってしまった。もちろん、それを見逃す程あいても腑抜ふぬけじゃない。

槍の持ち手部分でみぞおちを打たれむせ返るが、なんとか相手から距離とる。

「あ、あんたあのオッサンと知り合いなのか!?」

「あぁ?だからそう言ってんだろ。俺は雇われの身だからな。近づく奴はみんな殺していいって言われてんだわ。……喋りすぎたわ、なんでもねぇ、忘れろ。それでなんだ?あのハゲに用事でもあんのか?お前みたいな餓鬼が」

「だからさっきから言ってんだろ……オッサンが俺の必需品持ってるかも知んねぇから確認しに来ただけだって!あと餓鬼は余計だ!」


それと同時にシャスタが武器を置き、ありがちな銀色の兜をとった。

「わぁったよ。今回だけは見逃してやるから気が済むまで待つなり探すなりしろ」

「あ、あぁ……助かる」

拍子抜けするくらいアッサリ許可されたので、すぐには信じられなかったが城門をくぐり抜けても後ろから槍が飛んでくることは無かった。それを本当の意味での無言の了承と捉え、城の広場を突っ切りやっとの思いで城の中に入った。

「深追いだけはするなよ、糞ガキ……」

シャスタは兜をつけ、何事も無かったかのように持ち場に戻る。


……それから数時間、なんの問題も起きず、ひたすら城門の前に立ち続けるのであった。



───────────────



城から出てきた時、世界は青から赤に塗り替えられていた。

「いやぁ……見つかってよかった」

俺の予想通り、あの場で包帯に気づいた彼らが拾ってくれていた。なぜかオッサンに合わせてくれなかったが__名前を聞いてないのでそう呼ぶしかないのだけれど__代わりにアンズさんが優しく手渡してくれたので結果オーライ。特に包帯に何かされているわけでもなく、恐らく普段通りだ。

城の中を駆け回り彼らを見つけるのにかかった時間はなんと二時間超。あまりの広さと客室の多さにげんなりしメイドさんでも捕まえて聞いてやろうとも思ったのだが……いきなり来た部外者に来客者の居場所を教えるくらい馬鹿じゃないだろうとすぐに気づきそれも使わなかった。なので結果的には一階から五階までの数百個ある客室のほぼすべてを誰にも見つからないように少ーしだけドアを開けて中身を確認するという作業をして回っていたのだ。

結論から言うと、彼らがいたのは五階。王室のすぐ隣にあった見るからにヤバそうな扉の向こう側だった。中に入りはしなかったが、扉の前にアンズさんが待機していたのに気づいたのでステルスを解除し正面から聞きに行った。

シャスタが言っていた事、一般人には到底近づくことすら出来ないであろう最高級の部屋にいた事からの想像だが彼らには計り知れない闇のようなものを感じる、あまり深く関わらない方がいいかもしれない。


俺が城門前まで来た時、そこにはまだシャスタがいた。すぐその横までいき、大きく身体を伸ばす。

「ふんっ……ふぁぁ……」

包帯を回収したせいか一気に疲れが出てきたみたいだ。

「じゃ、俺は先に失礼するよ」


「…………」

__なんだよ、無視か。いいぜ、もう関わることもないだろうからな!


一方的にそう割り切ってへリクは自宅のある商店街方面に歩き始めた。


「………………」

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