第13話 マンガを読んでいるだけで 2


 次の展開を見失った。

 そんな、彼の悩み。

 ……悩みというのにはやや贅沢な趣は、あるにせよ。

 彼はそうして困っているらしい。

 この時期……高校二年生の今を。


「俺は」


 俺は、だからただ……ただ、マンガを読んでいるだけで良かったと。

 そう言う彼。

 私が心配するのを見たくもないらしく。

 煙たがる様子だった。

 

 マンガが読める、特に、この日本に生まれてよかった。

 そう思うことにしよう……と。

 こんなにたくさんの面白いものがあるのだから。


「何ていうか……こんなに簡単なことだったんだなぁ―――て思いました」


 しみじみと、彼は言う。

 その様子、地面を眺める表情は高校生というよりも、私と同年代に見えた。

 ……もっと子供っぽく生きても、いいと思うがね。



「キミは予定外だとも言ったね。 予定になかった……くくく。 では、本当はどういう予定表だったんだね? 君のその高校生活は。薔薇バラ色の高校生活は」


 楽しさ、吹き出しそうになる気持ちを押し込めて言ったつもりだったが……笑みが漏れて出てしまう私だった。

 もっと話は聞く。

 そしてこういった時、何かアドバイスをするのが、教師というものなのだろう。

 そんな、私の態度。

 また息子夫婦からとやかく言われそうな気配がしたが、ここにいるのは教師と生徒である。

 何の問題があるか、と開き直ってみよう。


「予定は予定ですよ。 マンガ読んで、毎週きっかり更新される」


淡白な答えとして返ってきた。


「ううむ……大切にしなさいその毎日を」


 としか言いようがない。

 なんとも落ちのない話を聞かされたものだ。

 そしてそれでいいのだろう、私の直接の教え子ではないにしろ、この学校の生徒が、そのような毎日を過ごすのならば。

 穏やかな日々、談笑。

 それでいいのだろう。


「大切って言われてもなあ……本当に大したことないんだけれど。 なんて言うか、馬鹿だなあって……十七年間生きて、今ごろ気づくのかよ―――っていう。 俺は馬鹿だなと」


 などという風に、ぼそぼそ、呟いていた。

 そうだ……まあ大したことはしていないのである、彼は。

 大したことがないならば、自慢話にもしないだろう。

 さて、それだけに終始するにしても、それこそ展開がない―――彼は何を求めている。

 私も口出しすべきか。


「平和でいいじゃあないか、幸せそうで―――何が気に入らないというんだい?」


「……平和、幸せって」


 別にそんなのはいい―――遠慮いい

 欲しくない。なかった。

 要らないと、首を振る―――欲しかったことなんてない。


 かわいそうと思った。

 私は彼に対して……わが校の生徒なのに。

 なんてことを言うんだと思った。

 彼は。


「まあ、良いこと、かもしれませんが……良いことが一体何になるのか。 あと、良い子になったってなあ? ……俺がもし女子だったら……女だったらその時、幸せになってくれとか。周囲まわりから言われるのかな」


 俺は一度も言われたことがない、と彼は言う。

 私は腕を組んで悩む。

 だが―――ふむ、一考に値する意見だ。

 

 男子はあまり、幸せになれ、とは言われない………。

 私は私で、めでたい日には、そりゃあ激励されたことはあったが―――強く記憶に残ってはいない。


「コンビニでマンガ談議をする―――今日もどうせそうなるって時に……なんか、違うって思った」


 俺のやりたいことではなかったって思ってしまった―――ってことなのかな。

 と、彼は一人、首を傾げる。

 自分でもよくわかっていない様子。

 非礼な行いではないと思うが―――自分でも良くわからず、行動を変化させる。

 人間ならば思い当たる節はあるだろう。


「まあ、迷子ですよ……また、迷子」


彼は言った。

……また?

疑問は感じた、そして感じただけだった。

何も解決はしなかった。

日が暮れてきた―――彼の家は、校舎の近所ではないようである。

そのため急かすように、帰らせた。


「迷子、か……」


私はあのころ。

彼と同じくらいの年だったころ―――何も迷わずに生きれただろうか?

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