第9話 蒸しパン星人


 コンビニおとことは、主に放課後学校が終わってから話すことが多くなった。

 でも朝に出会うこともあった。

 登校時間帯のコンビニだ。


「あらおはよう」


「ん、待ってくれ―――せめてこのマンガだけ見さして」


「そんなに慌てなくてもいいのに………学校行く前に読めるの?」


「二作品は余裕」


 ギャグマンガ入れたらもっといける。

 そう言うコンビニおとこを置き去りにして、私はペットボトルの飲み物あたりを買って登校していた。

 授業はちゃんと大人しく受けているし、教室移動時間はガチャ子やミナキたちとおしゃべりくらいはする。

 普通に学校生活を演じていた。




 昼休み、ガチャ子はガチャを回していた―――奴はいつだって、ガチャを回している。


「今日は出る。ASRエーエスアールが来る―――私の中の神が言っているのよ」


 不穏なつぶやきをしつつ、彼女は真剣な顔をしてガチャを回す。

 彼女は独り言を言うが、それは私のようにぶつぶつと念仏のようなものと違い、なんらかの歌みたいだった。

 今日はヤバい、朝の占いでも、しし座は上から数えて四番目だった気がする、などと述べながら、ガチャを回した。

 引いた結果は見せてくれなかった。

 まあNノーマルかなにかだろう。


「いやいや、すげーの出たって」


「そうなの?え、出たなら見せてよ」


「見せないー」


「………ガチャ子」


 ふと、思いついて言ってみた。

 ガチャ子の元気の良さに、辟易はしないものの、たびたび疑問を覚えている私だった。

 前向きだ、前向き過ぎる。


「ガチャ子は何か―――上手くいかなかったことってあるの?」


「え?まああるに決まっているけれどなんで、………急に」


「うーん………なんかガチャ子っていう人間は、悩みが無さそうだからさ」


 ガチャ子はなんか青汁を飲まされたような表情をした。

 面白かったので、軽く笑ってしまう。

 どぅふふふふ。

 ちなみに私は飲んだことないのだ、青汁。


「ねーミナキ聞いて―?ぼたんがなんか………わたしをおバカキャラみたいに言う~」


「おーどうしたんだい」


 ミナキのショートカットの髪は運動部らしく、後ろ姿のシーンだけ、そのカットだけを見るならば、綺麗な男子にも見える子だった。

 実際に話してみると私などよりもよほど落ち着きのある子で、面倒見がよさそうだった。

 ミナキはお弁当をそろそろ食べ終わるようだ。

 ガチャ子は蛸さんウインナーを持ち上げて、蛸の足だけをぱくってする。

 それを風景として、ミナキが呟く。


香奈子かなこはどうしてガチャを回すんだい」


「そんなの、なんとなくさ。ガチャを回すのは」


「もちろん」


「まぁ、みがちゃんの影響はあるけどねたぶん、最初はそうだった」


「あー」


 みがちゃん、は有名なユーチューバーだ。

 主にゲームのプレイ動画を投稿している。

 みがちゃんという名前、ハンドルネームはガチャからとったらしいし、もじったらしいし。


 高校生なら、知っている子は多い。

 というか知らない子の方が少なくて、知らなければ話題に乗り遅れる。

 私は乗り遅れたことがある。

 インターネット禁止されていたからね。

 私の両親はユーチューバーを異常に嫌っているので禁止したのだ。


 そもそもネット世代ではないからネットの全てを好きになれないのかもしれないけれどね。

 好きになれなくても、せめて禁止はやめてほしい。

 親はいいかもしれないけれど私が困るんだよ、毎日、友達と話題が合わなくて。

 地味にきついんだなー。

 少しずつ、友達が減っていくような焦燥。



「絶対に引けるわけではない。保証もされてない。運営は意地が悪い。どう足掻いても金持ちには勝てない。だけど、挑戦しなければ、進まなければ、手に入る可能性はない―――だから、それなら私は、挑戦を選ぶ。挑戦し続けること、を―――」


 開いた窓から入ってくる風が、肩にかかった彼女の髪をなびかせる。

 なんだかガチャ子が格好良く見えた。


「格好いいね………やっていること自体は、ガチャを回すだけなのに」


「私の人生はガチャなのだ。まあ、とにかく、面白いじゃない?それでいいのよ」


「ふーん」


「一回も引かなかったら、なあんもパーティも組めないしね」


 そりゃあそうだろう。

 キャラクターが一人もいなければ成り立たない。

 私はこの時、マンガで連想した。

 ストーリーが生まれない。


「狙ったやつを引けなかったら?」


「その時はその時―――明日やるのよ。明日のログインボーナスでやるの。ていうか逆に聞くけれど何で引かないの」


「お金とか」


「バイトするのよ」


「バイト出来る奴はやっぱり違うねえ」


 うちの高校では、原則としてアルバイトは禁止である。

 他の高校ではどの程度なのかは知らないが、とにかく私の高校には校則がある。

 ただし成績がきわめて良好など、または家庭の経済の事情などがあり、教師が許可をした場合などは認められる。

 そういうルールがあり、少なくとも、私のクラスの子の大半はバイトをやっていない。

 おそらく。

 でもガチャ子はそれを満たしているらしい。


 条件を満たしているガチャ子はアルバイトをできる子なのだ、あれはあれで頭いいのね。

 恨みはしないが、何故私は成績が上がらないのだろう。

 ものすごく成績を上げたいわけじゃあないから、かもしれない。

 と思うと私はむしゃくしゃする。

 蒸しパンをむしゃむしゃ。


「むしゃむしゃする」


「ぼたんの食べ方が面白い」


しパンうめえ~むしゃむしゃ」


「きゃはははは、その表情カオ!その表情ヤバい、ほら、ミナキも見てェ、ぼたんが!」


「ぶふふぅうう!」


 お昼どきに友人たちを爆笑の渦に叩き込むべく、私は表情筋を駆使して頑張った―――蒸しパン星人ごっこをした。

 まあ単なるヘンがおなんだけどさ。

 そこまで笑うかって言うくらいの大受けだった。

 やったぜ。


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