13-⑪:いつだって 幸せは 絶望のはじまり。
―どがあああん!!
「「…!!?」」
突如発生した爆風に、レスターはセシルを咄嗟にかばった。しかし、部屋の奥までそのまま吹き飛ばされる。爆風と一緒に吹き飛んできた瓦礫に埋もれ、レスターは腕でそれをどけながら、体を起こす。
「セシル、大丈夫か!」
「ああ…」
レスターは一体何が、と爆発のあった方を見る。瓦礫だらけの部屋の向こう、ベランダに土煙舞う中誰かが立っている。
「誰だ!」
レスターはセシルを後ろにかばい、立ち上がる。
「こんばんは。お邪魔しますう」
「…!」
声は違えど、この話し方にはよく覚えがあった。レスターは咄嗟に、セシルのネックレスに手をやろうとした。彼女を安全な所へ転送させようとして。しかし、その刹那、すさまじい速度で伸びてきた蔓草がネックレスを破壊し、そのまま2人を拘束した。
「どこへ逃げようとしているのかな。人がせっかく遊びに来たって言うのに」
「…!」
土煙を抜けて現れたのは、やはり銀髪の女だった。なんだか重そうな布袋を肩に担いでいる。
だが、その女は前とは風貌が違う。豊かな曲線の体。うねりを帯びた銀髪を、女はけだるそうにかきあげた。
「…アメリー…?」
セシルはレスターの後ろから、呆然とその女を見て言った。
「え…?」
レスターはその言葉に、銀髪の女の顔を見る。その顔は、どこかで見たような記憶がある。
「…!」
記憶を探るなり、レスターは驚愕した。銀髪でお下げではないが、彼女の顔そして声は確かに、武闘会前に街中で見たはずのジェード―アメリア・オルコットだった。
「よくわかったね~、けど残念。ボクはアメリアの体の成分を持っているだけで、アメリアじゃないよ。ちなみに、アメリアならボクが殺したんだけどさ、まあそれはどうでもいいとして」
女は言い終わらないうちに、部屋の入口に向けて爆炎を放った。丁度駆け付けてきた使用人たちを巻き込み、壁が破壊され部屋と廊下が繋がる。
女は唖然とする二人の前で、肩に担いでいた袋を落とした。すると、中身がもぞもぞと動き、這い出てきた。その中身は人間だったらしく、出てきたその人物は顔を上げた。
「…え」
セシルが小さく息を飲む。
「…!」
レスターは、まずいと思った。
奴は、地下牢につないでいたはずのサアラを連れてきたのだ。
レスターは蔓草を爆発させて拘束から逃れるため、体表に無効化の魔力をめぐらせようとした。しかし、遅かった。レスターに蔓草から棘が食い込み始める。
「ぐあっ…!」
「邪魔しないで上げてよ。せっかくの感動の再会なんだからさ」
女はにやにやとレスターを見下す。
「セシル様…」
サアラは目の前の人物が、セシルだと認識すると心底嬉しそうに、にこおっと笑いかけた。
「…サアラ…?」
セシルは変わり果てた姿のサアラを、呆然と見た。鞭打たれたのだろうひどい傷だらけの体に、痩せこけた顔。サアラはその顔に、不気味な影を作りながら笑っていた。
「甘栗おいしかったですか?あなたの事ですから、冷えた甘栗ならわしづかんで取り出すと思っていたんですよ。私、あなたのことずっと見ていましたから、よく知っているんですよ」
「……え」
セシルはすぐに理解できず、呆然とサアラの言葉を聞いていた。
「最初の甘栗もセシル様の口に入ることを祈って持っていったんですよ。だって奥様のためって言わないと、怪しまれるじゃないですか。サーベルンでは、あなたは銀色の悪魔だって嫌われているはずなんですからね。……願いが叶ったのか、セシル様、喜んで甘栗を食べてくれたそうですね、ユリナとかいうあの女が馬鹿みたいに喜んでお礼を言ってきましたよ。後の仕事は思ったより楽でしたよ。一度安全なものを持っていけば、後は勝手に信用してくれますし、あの女が想像以上にお人好しでしたからね」
「何を言ってんだ、お前…」
セシルは呆然と聞き返す。サアラが自身を殺そうとした犯人と同一人物―野菜を届けに来ていた女らしいことを、セシルは頭では理解できた。しかし、感情がそれを認められなかった。そんなセシルに追い打ちを掛けるかのように、サアラは続ける。
「セシル様、私にはずっとあなたしかいなかった。どこぞの貴族に孕まされて捨てられた女の娘。そして、王族の女性と駆け落ちした男の姪…皆に腫物のように扱われていた私に、分け隔てなく接してくださったのはあなたが初めてだった。あなたが屋敷に来た日以来、私の世界は変わりました。あなたがいてくれたから、私の世界は明るく変わったんです」
「……」
サアラは惚けたような顔で話し続ける。それを、セシルは何も返事ができず、呆然と聞き続ける。
「あなたは私の世界の太陽でした。だから、私はあなたが何よりも大切でした。この人を生涯守り、お仕えしようと思いました。そして、その心は、いつの間にかあなたが欲しいという心に変わりました。あなたさえいれば、私の世界は楽しく暖かく明るく輝くから。…だから、あわよくばあなたの妻に、と思ったこともありました。…女性だと知って、一時期あなたの元を離れようとした時もありました。…だけど、あなたがいなくなってしまって、よく分かったんです。私にとってはあなたがすべて…私にはあなたしかいない」
サアラはそこまで言うと、打って変わってセシルを睨んだ。
「なのに、あなたはどうして他の人と一緒になろうとするんですか?私の世界にはあなたしかいない。あなたの世界には、一杯あなたを愛してくれる人がいるじゃないですか。だったら、あなたしかいない哀れな私ぐらい、一番愛してくれたっていいじゃないですか。なのに、なんであなたは他の人を選ぶんですか?なんで私の太陽なのに、私以外の人を選ぶんですか?」
サアラは憎々しげにセシルを見つめた。
「セシル様、ねえ、死んでくださいよ。死んで私だけのものになってくださいよ。だって、ひどいじゃないですか。私はこれほどまでにあなたのことだけをお慕いしてきましたのに、赤毛の不審者と幸せに暮らしているなんて。私をこんな気持ちにさせておいて、私をほうって幸せになるなんて」
「……」
「そんなに私以外の者の方が大事ですか?私をこんな思いにさせておいて、勝手な人ですね。なら、私も勝手にします。あなたを殺して私も死んで、あなたを永遠に私のものに…」
次の瞬間、女が氷の剣を振る。一瞬遅れて、サアラの首が宙を舞う。
「想像以上に面白くなかったから、はい終了~」
「…え」
妙にハイテンションな女の言葉。セシルは、状況についていけずぽかんと、飛んでいく首が落ちるまでを目で追っていた。
「もっと面白い事を言うかと期待して連れてきてやったのに、ただのヤンデレじゃん。…まあ、これはもうどうでもいいとして。じゃあ、早速セシル、ご同行ねがおうか~♪」
女は血の滴る剣を放り捨てると、セシルへと近づいていく。レスターは何とか拘束から逃れようと、片腕一本失う覚悟で、左腕に無効化魔法を発動させようと…
「…おっと!」
次の瞬間、女の背後から現れたノルンが、女の首に横薙ぎの一撃を放った。飛んでいく女の首。それが、先に落ちていたサアラの首の横に落ちる。
「レスター!」
きっと、屋敷の監視装置が、ノルンに異常を告げてくれたのだろう。同じくレスターの脇に現われたロイが、魔力をこめた剣で2人を拘束する蔓を切り払う。
「早くてんそ…え?」
ロイはぽかんと自身の胸を見た。ロイの胸を背から氷柱が貫いていた。攻撃に気づいたレスターが咄嗟に無効化の結界を張ったのだが、威力を殺いだものの防ぐまでには至らず、氷柱は削れながらもロイを貫いたのだった。
「ロイ…!」
セシルは倒れてきたロイを抱きとめる。ある程度削れてくれたおかげで急所はそれていたが、このままでは危ない。原子魔法を、と思ったところで、ノルンのうめき声が聞こえた。
「え…」
レスターとセシルは呆然と、目の前を見た。
「腕一本ゲット~。ジュリエにいちいち飛んで行くのメンドくさいから、欲しいと思ってたところだったんだよね~」
首のない女は血の滴る誰かの腕を片手に、イェイとピースして見せた。その足元には、血だらけのノルンが倒れ伏している。そして、ノルンの左腕はない。
「…そんな、ノルン」
セシルは呆然とつぶやく。セシル達がロイに気を取られていたわずかの間に、ノルンは女に半殺しにされていた。
「この器、今までにないぐらい使いやすいから、今日は絶好調なんだよ。全盛期を思い出すなあ」
女の首がサアラの横でしゃべり、女の体は、うめくノルンの頭をぐりぐりと足で踏みつけている。
「お前…!」
レスターはロイの剣を拾うと、振った。女の体に金色の光を放つ。しかし、女はそれを片手ではじき飛ばす。レスターは、もとよりそれが通用するとは思っていない。レスターはそのまま駆けだした。しかし、女は悠然として、レスターの到達を待受ける。
「…そういえば、キミたちにはボクの名前、まだ教えてなかったよねえ?えっとね、ボクの名前はジュリアンって言いますぅ。リアンって呼んでね~」
「え…」
その時、セシルは一瞬何かにはっとした顔をして、固まった。
ジュリアンという名前。そしてリアンと言う愛称。さらに、吸収魔法。既に死んでいるとの奴らの証言。
―まさか…いいや、そんなはずが。そんなことがあったら、一体奴はどうやって…
レスターは、剣を振る。金色の矢が幾本も女に襲いかかる。しかし、それは陽動で、本命は奴の背後と天井に出現させた魔法陣…
「あ~あ、ウザったいんだよね。ごちゃごちゃ戦うの」
女は迫りくる矢から逃れる動作も見せず、にこーっと笑った。その次の瞬間、女の体が青白く光る。
「ってことで、みなさん、おやすみなさい」
「…っ!!」
―どごおおおん!
ラングシェリン家の屋敷、セシルの部屋だった場所から、爆風が巻き起こる。
竜巻となったそれは、北の空―リトミナのある方角へと消えていったのであった。
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