13-⑧:罪とは
「ごめんなさい、私のせいなの。大事な時なのに、私が何の警戒もせずに、あの娘のことを信用してしまったから…」
「母上、過ぎてしまったことはしかたがないです。…母上も少し休んでください。ほとんど寝ていないでしょう?…セシルの事は俺が見ていますから」
レスターは、目を泣き腫らしたユリナを部屋まで送ると、セシルの部屋へと向かう。
「……」
レスターは小さく息をつくと、ドアをノックする。かすれた声が返ってきて、レスターはがちゃりとノブを回した。
「レスター…」
布団を抱きしめて、ベッドに座っていたセシルが振り返る。泣き腫れた目が、痛々しかった。
「セシル…」
レスターは隣に座ると、そっとセシルを抱きしめようとした。しかし、セシルはふいと、その手から逃れた。
「…セシル?」
「…オレのせいだ。オレが赤ちゃんを殺したんだ」
セシルはこれ以上ないぐらい悲痛な表情をすると、ぐっと拳を握った。
「そうじゃない、君のせいじゃ」
「違う!これはオレのせいなんだ!」
「……」
悲痛な叫びに、レスターは何も言えずただただセシルを見る。
「考えてもみろよ。オレは、今まで散々人の命を奪ってきた。そして、散々人の幸せを奪ってきた。…なのに、そんなオレが命を育めるわけなんてない。幸せになるなんてもってのほかだ。…レスターと幸せになる資格なんて、赤ちゃんを産む資格なんて、オレには元よりなかったんだ」
「……」
「オレは自分が犯した罪を全部忘れようとしてた。昔のことを全部。今考えれば、お前と一緒になった時から…いいや、お前にサーベルンに攫われたときから、リトミナと一緒に過去の罪も罪悪感も全部捨てて、自由に幸せに生きようとしていたんだよ。…卑怯だよな、自分でも笑っちまうよ…。だから、これは神様か誰かから与えられた、オレへの罰だ。その罰に、オレがお前や赤ちゃんを巻き込んでしまったんだよ…オレの、オレのせいで!」
セシルは手のひらに爪をくいこませる。それでも自身が受けるべき罰には足りなくて、セシルは太腿に両こぶしを叩きつけはじめた。
「セシル…」
セシルの過去の事はロイから、そして、彼女と一緒に暮らすようになった後に本人からも聞いていた。だから、レスターは何も言えず、自身を痛め続けるセシルを見ていた。しかし、やがて意を決したように、静かに口を開く。
「俺だって、君を巻き込んだよ。…本当だったらリトミナで今頃、自分の罪に向き合わざるを得なかったかもしれない君を、無理やりサーベルンに連れてきた。そうして、罪を忘れさせるきっかけを作った。そして、あろうことか、俺は君を愛してしまった。そして、罪に向き合うべき君を、幸せにしたいと思ってしまった。…そのくせ、俺には君に罪を忘れさせ続ける程幸せにする力なんてなくて、君に中途半端な幸せしか与えられなくて…そしてこの様だ。自分が巻き込んだくせして、俺が中途半端だったせいで、君に罪を忘れさせるどころか、君に更に罪を犯させてしまった」
セシルは、自身を痛めつけるのをやめて、レスターを見上げた。レスターはその目をじっと見つめ返す。
「…オレは罪人を幸せにして、罪から解放しようとした。そして、解放したがために、再びその罪人に罪を犯させた。…これは俺の罪だ」
「ちが…」
「君が違うと言っても、これは俺の罪だ。君が思う君の罪と、俺が思う俺の罪。どちらも正しい。間違ってなんかいない。…俺達は罪人なんだ」
「……」
セシルは息を飲み、ただただレスターを見つめ返した。
「そして、その俺達への罰に、俺達は赤ちゃんを巻き込んでしまったんだ。…俺達が我が子を殺したんだよ」
「……」
セシルは何も言えず、うつむいた。そんなセシルをレスターはそっと抱きしめる。
「俺達は共に罪人だ。共に赤ちゃんに詫びつづけよう。赦されるわけなどない。だけど、死ぬまで、いいや死んでからも共に詫びつづけよう。一緒に地獄で」
レスターはセシルの背を宥めるようになで、ささやく。やがて、セシルは小さく頷き、レスターの背にぎゅっと腕を回した。
「……」
セシルの背を撫で続けながら、レスターは思う。
ああは言ったが、彼女は決して罪人などではない。彼女がこんな人生を送ってしまったのは、運命のいたずらが過ぎただけに違いない。彼女の行いに責任―罪の所在があるべきなのなら、こんな運命を彼女に与えた神にあると思う。
だが、それでも、彼女が罰せられるべきだと神が言うのなら、俺にだって罪はある。だから、俺は彼女と共に地獄へでもどこへでも行こう。
レスターは、セシルのぬくもりを感じながら固く決意した。
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