12-⑧:人間は死んだら終わりじゃない。

 それから、2週間たった。レスターはツンディアナの屋敷の庭で、芝生に寝転び一人ぽつんと空を眺めていた。


「いい天気だな…」


 秋の高い空を見上げながらつぶやく。セシルを迎えることになった屋敷の者は皆、セシル―銀色の悪魔に恐れおののき大騒ぎで、その騒ぎを収めるのに慌ただしかった。だが、それも日が経つごとに落ち着き、やっときた今日の平和な日にレスターはふうと吐息をつく。


 セシルは、与えられた部屋で、母上に着せ替え人形にさせられている真っ最中。堂々とセシルを可愛がれるようになった今、母上は自身のタンスの肥やしコレクションを、あれこれとセシルに着せているようだった。

 レスターが先程様子を見に行ったとき、セシルは泣きながら助けを求めてきたのだが、それはそれは可愛らしく着飾られていたので、レスターは安心してユリナに後を任せていた。



「…」

 しかし、ふとレスターは憂慮を思いだし、物憂げな表情を浮かべる。


 人質を取られたリトミナは、大人しく退いたようだった。しかし、まだ安心はできない。リトミナは、何とかしてセシルを取り戻そうとするに違いない。

 それに、今度はセシルを人質にとったことを口実に、サーベルンに戦を仕掛けようとするかもしれない。それに、マンジュリカ達もいつまた、セシルを狙ってくるか分からない。


「……それでも」

 レスターはぐっと目に力を入れ、天を見る。


―もう何があってもセシルを手放すつもりはない




「…おい、レスター」

 その声にレスターは体を起こす。ロイが少し硬い表情をしながら、立っていた。


「ロイ…」

「隣、いいか?」

「ああ」


 ロイはレスターの隣にすわると、ごろんと仰向けになった。レスターもおずおずと、再び仰向けになる。



「……」

 昔なら当たり前のように何ともなかったその行為に、レスターは緊張する。考えてみれば祭りの日から後、彼とこうして2人きりになる機会はなかった。

 ロイもそれは同じだったようで、しばらくぎこちない空気が二人の間を流れた。しかし、やがてロイが意を決したように口を開く。


「…セシルの事、よろしく頼むな」

 レスターは驚いたかのようにロイを見る。ロイは空を見ていた。


「…ロイ、すまなかったな。その、お前もセシルのこと…」

 レスターは今まで言う機会を逃していたことを、思い切って言った。すると、ロイは苦笑しながら顔をレスターに向けた。


「謝んなよ。別にお前は、オレに何も悪いことしてないだろ?たまたま好きな子がかぶっただけだ」

「…」

 レスターは何も言えなかった。そんなレスターをやれやれとロイは見る。


「お前ら、そっくりだな。あいつも謝りに来たよ。『ごめん、プロポーズお断りします』って。謝る必要なんてないのにさ。何も悪いことしてないんだから、堂々としていりゃいいんだよ」


 レスターはその言葉に、「え」と驚いた顔をした。レスターは、ロイがセシルにプロポーズをしていたことを知らなかった。ロイは「まったく」と息をつきながら、祭りの夜にセシルにプロポーズしていたことをレスターに明かす。


「…あいつがお前を選んだんだ。選ばれなかったオレが、選んだセシルや選ばれたお前に文句をつける資格はねえよ。それにオレは、お前があいつを幸せにできる奴だってことを、よくわかっている。だから、何も文句はねえ」

 ロイは体を起こした。レスターもつられるかのように体を起こす。


「それに、謝るならオレの方だ。あの時ひどいこと言ったろ?人間は死んだら終わり。イルマは虚像とか…」

 ロイは申し訳なさそうに目をそらした。そして、少し考え込むような顔をすると、レスターをもう一度見た。


「本当は、イルマはそんな事を望んじゃいないって言いたかった。だけど、今考えると、あれは全部、オレが心の底で知らず知らずのうちに思っていた本音だと思う。それでお前を傷つけた。ごめん」

「……」


 レスターは深く頭を下げるロイを、黙って見ていた。しかし、やがて口を開く。


「…本当にそうかもしれない。人間は死んだら終わりで、魂も天国も何もかも人間がつくりあげた虚像なのかもしれない」

 ロイはその言葉に、驚いたかのように顔を上げた。そんなロイに、レスターは「だけど」と続ける。


「イルマが俺に教えてくれたものは、俺に与えてくれたものは、俺の中にちゃんと残っている。彼女が今の俺を形作ってくれたんだ。例え神や天国が存在しなくとも、俺と言う人間が生き続けている限り、彼女もまた生き続けるんだ」

 レスターは微笑み、空を見上げた。そこには雲一つない空が広がっていた。


「だから、人間は死んだら終わりじゃない。今もイルマは俺の大切な一部だ。そしてこれからも共に歩いていくよ」

 そのレスターの横顔を、ロイはじっと見つめていた。しかし、やがてふっと小さく笑うと、同じ空を見上げる。


「…実はさ、今まで黙っていたけど。あの懐中時計、あの後、焼跡をノルンがネズミに探させて見つけたんだ。もし先に他の奴に見つかったら、事件とラングシェリン家の関わりが疑われるかも知れないからさ。…だけど、熱でゆがんで、原型がほとんどなくて」


 ロイは「どうする?」と首をかしげてレスターを見る。どこか挑発的な視線が混じっている。まるでレスターの先程の言葉の確認をとるかのように。レスターは何を分かりきったことを、と苦笑した。


「イルマの墓に納めるさ。遺骨がわりにね」

 そして、彼女に今までのお礼を言おう。そして、誓おう。これから共にセシルを守ることを。


「…」

 ロイはそんなレスターの顔を満足げに見ていた。




「レスター!助けてえええ!」

 その声に2人がはっとして見れば、セシルが必死の形相で駆けて来ていた。その後ろでは両腕に服を抱えたユリナが追ってきている。


「「…」」

 レスターはロイと顔を見合わせた。そして、可笑しさに腹の底から笑いあったのだった。

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