12-⑦:第二関門

 その日の夕方。王都の屋敷の、レスターの部屋。


「うまくいきましたね」

「ああ…」


 レスターはノルンに頷くと、腰掛に腰を下ろす。その横では、セシルが「ああ、疲れた」と腰掛の肘掛けにしなだれかかったところだった。ロイは、先にツンディアナの屋敷の方へ事情を伝えに行っているため、この場にはいない。


「これで一件落着だな」

 セシルがあの女だと疑られることの無いように―そしてサーベルンが彼女を誘拐したことがばれれば、臨戦状態のリトミナにさらに刺激を与えてしまうため―嘘の捕縛の事実を公表する。リトミナの者は、セシルが行方不明になってからどこで何をしていたのか分からないはずだから、そのようなこちらの嘘の真偽を確かめる手段を持たない。だから、ばれることはないはずだ。


 そして、リザントの一件から推測される事実も同時に明かし、セシルがあの女だと確実に疑われないようにするのと同時に、彼女の利用価値―リトミナに対する牽制用の人質―について皆に気づかせ、彼女の身の安全を保障する。そして、ラングシェリン家に彼女を迎えるための口実として、セシルの魔法を唯一封じ込められる家系の家だからということにする。


 全てセシルを生かし、レスターの元に置くための嘘だった。だが、全部が全部嘘ではない。ジュリエの民の事は本当かもしれないし、マンジュリカの狙いも、先程国王が皆に言ったとおりかもしれない。あの祭りの日、もともと奴らは何か事件を起こすつもりでサーベルンに来たのだ。そして、あの銀髪を大衆の目にさらさせて、何か事件を起こし、リトミナとサーベルンとの間に、戦を引き起こす目的があった可能性は捨てきれない。


「……」

 ともかく、これでセシルを自分の元に置くことができる。レスターはふうと息をついた。しかし、そんなレスターにノルンは鋭い視線を投げかける。


「何言っているんです、早速第二関門ですよ」

「へ?」


 レスターは情けない声をあげてノルンを見る。ノルンはレスターの呑気さに、盛大にため息をついた。


 何故呆れられるのだろう。セシルをラングシェリン家に迎え入れることに成功したはずだ、とレスターは思う。


「今はセシルを傍に置ける状況を作っただけです。このままでは結婚など出来ません」

「…そう言えば、そうだな」


 レスターは気づく。これから毎日セシルの傍にいられるとはいえ、それは人質の見張りと警戒という名目なのであって、彼女を自身の伴侶として迎えいれた訳ではないのだ。しかし、元々そのような名目で迎え入れられる訳もなかったから、どうしようもない。これでもまだ、傍にいられるだけいい方だ。


 そんな馬鹿真面目なレスターに、ノルンはもう一度ため息をつくと、口を開く。


「さっさとセシルを孕まして下さい」

「「は…!?」」


 レスターは驚愕した。セシルも目を見開いてノルンを見る。


「…人質への『おてつき』と言うことで、セシルがレスターの子―ラングシェリン家の跡継ぎを産んだ時に結婚するのです。つまり、段階を経て正式に夫人とするのです」

「跡継ぎ!?」

 セシルは目を白黒とさせる。


「はい、跡継ぎです。そうすれば、跡継ぎを産んだ女性を妻とすることに、誰も強く文句を言いませんよ。敵国とはいえ王家の由緒ある血筋の女性なのですから、反対する者も最後には仕方ないと折れてくれるでしょう。それに、リトミナ王家の血を我が国に入れられる点では、皆諸手を挙げて歓迎するでしょうし。とにかく、レスターには励んでもらわないと。できるだけ早く正式な夫人にしたいので、一人目は男の子にしてほしいですね」


 ノルンは「だから、今から早速頑張ってください」とレスターを見た。



「…」

 レスターは、隣に座るセシルを見る。瞬時、セシルは顔を真っ赤にして、腰掛から飛びのいた。目が「オレに触るなケダモノ」と言っている。


「……」

 ノルン、せめてその話題はセシルがいないところで俺にしてほしかった。頑張れるものも、相手に嫌われてしまっては頑張れそうにない。


「セシル、大人しくレスターに抱かれてください。そうしないといつまでたっても結婚できませんよ」

「や、やだよ…!そりゃレスターの子供は可愛いかもだけど…あんな破廉恥な事やるなんて。お断わりだ!」

 すると、ノルンは「そうですか」と暗い顔をした。


「仕方ないですね。なら、昏倒でもさせて、その間にレスターに襲ってもらいましょうか」

 セシルは「ひい」と声をあげて、その場を駆け出す。しかし、転送魔法を使ったノルンに、セシルはあっという間に捕まえられる。


「さあ、レスター。どうぞ」

「やだああ!誰か助けてええ!」

 ノルンは肩に担いだセシルを、ほれ受け取れとレスターに差し出す。



「…」

 いや、差し出されても、俺にどうしろと。いいや、襲えと言っているのはわかるのだ。しかし、婚約しているとはいえ、それは人道的にどうなのだろうか。


「……」

 と思いつつも、レスターはありがたくセシルを受け取る。



「夕食の時間までには終わらせてくださいね」

 ノルンは無感情に言うと、もう自分の仕事は終わったと言わんばかりに部屋を出て行く。が…


―…なんてね。今日はゆっくりしてください

 部屋の扉を閉めると、ノルンは誰にも聞こえないように呟き、くすりと笑った。



「エロ!スケベ!見損なった!レスターなんてもう嫌いだ!」

「はいはい」


 レスターは暴れるセシルを宥めながら、ベッドに運ぶと座らせる。しかしすぐに逃げようとするので、それを少し強引に引き戻しながら、レスターはセシルの体を腕に閉じ込める。


「やだ!やだやだやだ!まだ心の準備が!」

「…大丈夫、何もしない。ただこうしていて欲しいだけ」

「…え」


 セシルがその言葉に抵抗をやめると、レスターはぎゅっとセシルの体を抱きしめた。


「やっと君を手に入れられたことをさ、しばらくの間こうやって、実感したいんだ」

 レスターは、彼女の肌の暖かさと髪の柔らかな香りを感じながら、目を閉じた。


「……」

 セシルはしばらくの間、男性に密着されて触れられている恥ずかしさに、顔を赤くしていた。



 だが、やがて、ふっと幸せそうにほほ笑むと、レスターの背に腕を回した。

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