10②-⑤:愛の告白ですか?いいえ殺害宣言です。

「…セシル?」

 セシルの呼びかけに、レスターは意識を浮上させた。顔を上げれば、必死の形相で自身の名を呼ぶセシルと、彼女を押しとどめるロイとノルンがいた。


「……」

 彼女が、誰よりも愛おしい。

 そう、今となってはイルマよりも。

 もう認めざるを得ない。


 ならば、俺はそれを素直に認めよう。

 ならば、俺はこれからどうすればいい?

 そんなこと決まっている。



 レスターは立ち上がる。セシルに向かって歩みを進める。


「セシル、俺は君が好きだ」

 レスターは自身の気持ちを、素直に口にする。すると、セシルは唖然とした顔をして固まった。ノルンとロイも固まったまま、レスターの顔をまじまじと見ている。



「だからこの世から消えてくれ」

 レスターは剣を抜く。

 彼女がいなければ、俺はこんなにも悩むことは無い。

 彼女がいなければ、俺はこんなにも苦しむことは無い。



「俺がイルマを愛し続けるために、死んでくれ」

 彼女がいなければ、俺はイルマだけを思い続けることができる。


 レスターは、セシルの足元に魔法を展開させた。




「な…!」

 驚愕するロイ。ノルンはロイとセシルの腕を咄嗟に引っ張り、その場から瞬間移動をする。


「何ぼさっとしてるんですか!」

「だ、だって愛の告白が、一瞬にして殺害予告になったら、誰だってぼさっとするよ!」


 ロイは、呆然としたままのセシルを肩に担ぎ上げると、ノルンに続いて駆け出す。


「死ね!死ねえええ!セシルうううう!!」

「うわああ!」

 道に縦横無尽に、金色の魔方陣が出現する。


「「発動!」」

 レスターとノルンがほぼ同時に叫ぶ。わずかの差で、ノルンの方が速く、3人は少し離れた建物の上に移動した。


「ふう…先に言われていれば、一貫の終わりでしたよ」

「お前、もっと遠くに転送できねえのかよ!」


 ロイは指差す。近くではないが、さほど離れていないところで、虚ろな目をしたレスターがきょろきょろと自分たちを探している。すると、ノルンは頭を抱えて、はあとため息をついた。


「あのねえ、ツンディアナからここまで何度も中継ぎしながら来たんです。どれだけ魔力を消耗しているか分かりますか?しかも、マンジュリカとあの訳の分からない女にも魔法を使いましたし。文句があるならレスターと奥様に言ってください。私の忠告を無視して遊びに行くからでしょう…」

「すまん…」

 ロイはそれ以外に何も言えず、うつむく。


「謝ってもらっても、こうなったらもう私の手には負えませんよ…」

 ノルンは自分のおでこに、はたくかのように手をやる。


「我々の魔法じゃあ、無効化魔法相手に勝ち目なんてありませんよ。巨大な蜘蛛の巣にナイフすらなしにつっこんでいくようなものです。せめて、セシルの魔法が使えたら…」

 ノルンはセシルを見た。セシルはよほどショックを受けているのか、呆然自失と立ち尽くしレスターを眺めている。


「これは使えたところで精神的にも無理みたいですね…」

 ノルンは前々から、レスターがセシルに気があることを疑っていた。先程の様子を見るに、どうやらセシルもレスターに気があったようだ。


「…」

 リトミナ王家の人間、ラングシェリン家の代々に渡る因縁の宿敵、そしてマンジュリカの元手下の一人。ノルンはそんな彼女をずっと警戒し続けていた。そして、そんな相手に優しくするレスター達に疑問と反発を抱いていた。何を考えているかもわからない相手に優しさなど向けたら、相手はそれを利用して何をしでかすかわからないと、セシルを敵視し続けていた。



「レスター…」

 セシルは耐えきれなくなったのか、そのままへたり込むようにしゃがみこむ。

「オレのせいで…オレがいなければ…」


「……」

 そんな彼女の様子を見ながらノルンは思う。自分が考えていた懸念は取りこし苦労だったようだ。彼女には立派な肩書があるだけで、一皮むいて見ればあまりにも小さく単純な人間だった。




「出てこいよ、セシル!どこに隠れたんだ!」

 レスターは剣を振るう。魔力が連続して建物にぶつかり、崩壊する。


「さっさと俺に殺されてくれ!!」

 レスターはゆっくり歩きつつ、建物を破壊していく。そうやって、セシル達の隠れた場所を探しつつ、あぶり出すつもりなのだろう。


「いけない…」

 セシルはガタガタと震えはじめる。


「もし誰かを殺してしまったら…」


―自分と同じになってしまう


 今レスターが要るところは住宅街で、皆祭りに出かけているためか、人気のない場所だからいい。だけど、もしもそのうち人が巻き込まれたら?これ以上中心部へ進めば?


 精神操作を受けても、記憶は残る。おそらく今レスターが受けているマンジュリカの魔法は、かつて自身がかけられていたのと同じ、人の感情の一部分を増幅させるものだからだ。だから正気に戻っても、罪のない人を殺したという記憶は消えない。取り返しのつかないことになる。



「ノルン!」

「!?」

 セシルはすがりつくかのように、ノルンの胸倉をつかむ。


「どうにかしてくれ…何とかして、オレの封印解いてくれ!」

「む、無理ですよ…レスターがかけたんですから、私にはどうすることも…」


 ノルンは申し訳なさそうに顔を背ける。


「じゃ、じゃあ、オレにかけられた封印の魔法ってどんなものなのか分かるか?」

「どんなものって…魔力を発生した段階…炎や氷等の具体的な魔法の形になる前に、無効化するようにしたものだと思います」


「具体的には?!」

「具体的には、って……魔力というものは体の細胞の一つ一つから発生するというのは知っていると思いますが、その段階で、発生したばかりの魔力をすかさず無効化するようにした封印です。いくらあなたでも魔力が発生した時に抑えられてしまえば、吸収魔法に変換できませんから、解くなど出来ないと思いますが…」


 すると、セシルは何やら一生懸命考え始めた。やがてはっと顔を上げる。


「ノルン!ここらへんに魔法道具を売ってる店とかあるか?」

「え、ええ?ありますが、そんなのレスターには通用しませんよ」

「欲しいのは魔法道具じゃない。魔術師用のドーピング剤だ!」

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