2-④:クマですか?いいえ、ただのナルシストです。
「ふふふ…ふふふふふふ」
狂気に取りつかれたカーターは、セシル達が自身が足を進めるごとに後ずさるのを、楽しむかのようにゆっくりゆっくりと近づいてくる。
警護の兵は動かないのか?
セシルが客席の方をちらりと見れば、パニックになった客が出口に殺到している。混乱を防ごうと多くの兵が客席を走り回っているし、入口が人で埋まっている現状、出られなければこっちには来られない。余計な結界のおかげでグラウンドに飛び込むこともできない。
競技場の外にも警護の兵はいるはずだが、内部の様子など知る由もないだろう。悲鳴で異変に気づくか、誰かが知らせに行ってくれればいいのだが、と思ったところで、セシルはさっき「誰か外の兵士呼んで来い」と言っておけばよかったと後悔する。
「カイゼル、ここはオレが時間稼ぐ。お前、外のやつらに知らせに行ってこい。後、オレの分も武器を持って帰ってこい」
セシルは後ろにいるカイゼルに小声で言う。
「はあ?!あんな化け物相手に時間稼ぎなんて無理だろ!ここ魔法も使えないってのに!」
「だけど、あんなやつ、会場の外に出したらえらいことになる。結界張ってあるから客席越えれないけど、バックヤードとおして街に出たら大変だ!」
「どっちにしろ、一端武器取りに行かないと」
「いやアイツ、絶対オレが目ェ離した瞬間襲ってくる」
「まるきり熊じゃねえか!」
「とにかく!どうにか時間稼ぐから早く!」
どれだけの距離を後ずさったのだろう。客席の陰に入り、後ろがバックヤードへと続く入口になったことに、2人は気づいた。
「さっきからごちゃごちゃと何を相談しているのかなあ、ネズミちゃんたち?」
呼びかけられ、セシルはゾッとする。
「そうか、わかったぞぉ。強くなった僕を見て怖気づいたんだね」
カーターは自分で言っておいて、そりゃそうだよなと誇らしげな顔をして頷いている。こんな時なのに、セシルは自分に酔ったナルシストを心底うぜえと思う。
「おい、お前の相手はこっちだ化け物!」
その声にはっと振り返ると、武器を取りにいった面々が戻ってきたらしい。毎年試合の合間にお茶菓子をくれる気前のいいおっちゃん―グレイダルが、さっとオレとカイゼルを後ろへと押しやり、他の面々も後ろへ後ろへと押しやってくれる。
セシルはほっと息をつく。良かった。相手が優位な立場を悠々と楽しむ、馬鹿なナルシストのおかげで。
オレがお前だったら、いちいち相手がおびえる様子なんて楽しまないし、訳の分からん御託を並べずに瞬殺していたところだったよ。
そう思った時、過去の光景がちらりと脳裏をよぎり、セシルは慌てて考えないようにした。
―だけど、これで形勢逆転とはいかないよな
セシルは思う。あの化け物に、魔法抜きの人間業でかなう訳はない。しかも、今いる選手の面々の中で、トップクラスのグレイダルでさえ負けた相手だ。しかもあの時は、今ほど強くはなかったように思う。理屈は分からないが、まるでオレとの戦いの後に急激に進化したような。
―やっぱ剣だけじゃ無理だ
と思った時、セシルの前にいたヘルクが剣を持っていない手で、自身の腰の帯を軽くひき上げた。
―ああ、そう言う事か
オレは小さい、相手は気づかない。
「かかれえ!」
グレイダルのその声と同時に、セシルは
騎士たちは剣を手に持ち、カーターにかかっていった。
カーターは余裕の笑みをたたえたまま、身構えることもせず悠然と立っている。
グレイダルが剣を振り上げ「やあ!」と叫んだ。
それと同時に、騎士たちは、真ん中に道を開けるかのように、左右へ飛んだ。
―バン、バン、バン、バン、バン、バン!
何かがはじけたような、乾いた音が会場に響く。
すぐ傍で、しかも連続で爆発音を聞いたカイゼルは、耳が痛い。耳が、きーんと鳴りはじめる。
―何が起こった……?
カイゼルは思わず閉じていた目を開ける。すると、カーターが絶叫を上げつつ体をよじり、前のめりに倒れたところだった。
「……へ」
隣を見れば、30センチぐらいの大きさの、鉄のパイプを両手に持ちカーターに向けているセシルがいた。そのパイプの先からは、つんとした匂いのする細い煙が立ち上っていた。
「……うっしゃあ!当たった!」
セシルはそれを持ったまま、ガッツポーズをした。カイゼルはそんなセシルをぽかんと見た。
「お前、なんだそれ……?魔法道具か?」
細身ではないが引き金があることといい、銃によく似ている。しかし、カイゼルは頭の中で否定する。何せここはグラウンド上の絶縁結界の内側だ。しかも今年は客席にも絶縁結界が貼ってあって、二重の防護となっている。そんな内側で魔法道具を使えるわけがない。
「ああ、お前知らなかったんだな。だいぶ前に完成したんだけど、銃をまねた筒型兵器。ちなみに2代目。爆発する物質を調合してつくってつめて、その上に鉄や鉛の弾を入れる。引き金を引くと内部の爆発物質が引火して爆発。爆発の力で繰り出された弾は爆発から受けた威力そのままに、相手にあたって傷つけることができるって武器だ。銃と違って1丁につき6発しか打てないし、撃ちつくしたらまた爆発物質と弾をつめなおすのが面倒なんだがな。とにかく、それで相手の手足を怪我させた」
「はあ……」
分かったようなわかってないような顔でカイゼルは頭を傾げた。鉄や鉛の弾…?銃と言えば、細いパイプの奥に魔晶石を組み込んで、火や雷撃を相手に向けて打ちこめるようにしたものである。魔法が使えない人でも、手軽に使えるということで護身用に人気がある。
「オレ、前にセスの家に行った時に、見せてもらったんだ。カッコイイだろ。ちなみに小型化した3代目もあるんだが、飛距離がちと短いからこっちを2丁持ってきたんだ」
からくり好きのヘルクがその武器を1つ「あ、こら」というセシルから取り上げると、カイゼルに見せつけるように振った。モノ好きだなあとカイゼルは思う。金属の弾を飛ばすだけの、しかも6発しか打てないものより、普通の銃の方が便利で色々と効果があるんだけど。そんなものを飛ばすために、変わった物質を作ったり、手間をかけるセシルも変わり者だと思う。
「あ、そうだセス、お前今日弁当持ってきたんだな。これ探してた時にカバンに入ってんの見つけたぞ!もしかして侍女ちゃんの手作りか?」
「お前、勝手に荷物あさんなよ…!」
「怒るってことは図星かあ?…ちびのくせに一端に嫁つくって、このお~」
セシルは、にまにまといやらしい顔をしたヘルクに肘でこづかれる。くそっ、予定より早く現実になった。
「プライバシーの侵害だ!騎士の礼節はどうした!」
ヘルクの襟ぐりをつかんで揺さぶるが、何分セシルの方が身長が低いので様にならない。
「仕方ないだろ、あいつを止めるためなんだから。魔法使わずに使えるって武器、もしかして今日も持ってるかもって思ってあさったんだよ。実際あったし」
ほれほれと銃をふるヘルク。
「……けっ、こんなことになるなら、教えなきゃよかったよ」
前に国王に2代目を試作品として紹介した時、「何の役に立つんだ?それよりさっさと魔法武器考えろ」と一蹴にされた。しかしセシルは、自信作なのでもったいないような気がして、単発式の1代目は家においていて、2.3代目を護身用に日頃から持ち歩いている。
そして、ある時それを自室に置きっぱなしにしている所を、ヘルクに見つかった。よくセシルは武器作成の合間に手慰みとしてお茶くみ人形や矢を打つ人形なんてものを作るが、そういったからくりが大好きなヘルクが同僚なのをいいことに「何か最近作ってる?」とか言って、勝手に家に上がりこんでくるからだ。
その時ヘルクに1代目の銃でいいから頂戴とも言われたが、コストが高いので絶対にやらない。だけど、しくみだけでもいいから説明してくれと延々と質問攻撃に合って、その日奴が帰ったのは日付が変わる頃。毎度毎度そんなでいらいらするが、一応先輩なのできつくは言えない。
「な~に言ってんの、そのおかげで今回助かったんじゃん。ちなみにあの短時間で作戦考えて、いぶかるみんなを納得させたのだってオレだぜ」
ヘルクが胸を張る。ほらほらとヘルクが指差すグラウンドの方を見ると、騎士たちがカーターの上に群がっておさえつけ、縄で拘束している所だった。
「まあとにかく、これで一件落着だな。……まあ大会は中止だろうが」
残念そうにヘルクは言うと、銃をほれとセシルに返した。
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