2-②:布団叩き=とても重要

―それでは、本年度の武闘会の開始を宣言する


 楕円形の石造りの競技場。まずは国内の踊り子等を用いた開会演技から始まり、開会式の来賓の紹介やら国王の式辞の長い長い前置きが終わると、待ってましたといわんばかりにわああと観客から歓声が上がる。

国王の「この国の国力をみよ」と言わんばかりの大げさな式辞には毎年『長え、うぜぇ、やっと終わったんかよ』と思わされる。そう言えば先月の3月16日に親族貴族を集めてやった、王妃ご逝去20年祭の冒頭でも、自身の妻を回顧するような言葉どころか、自身の力を誇示するようなことばかりを長々言っていた気がする。つくづく馬鹿だと思う。警護でその場にいたカイゼルも、うざかったと後で言っていたし。


 退場する時に、セシルはざっと観客席をみわたす。競技場の一番下層にあるグラウンドが、圧力を感じるくらいに満席。もし、この中にテロリストとかが紛れ込んでいてもわからないだろうなと思う。


 今年は麻薬とか色々物騒なのに、よく開催したなと思う。大方国力の誇示のためにやるしかなかったんだろう。あの糞ジジイならそうに違いない。


 だが、確かに毎年よりは荷物や身分のチェックがかなり厳しいらしい。内外にいる警備の人数も2倍ぐらいに増やしているとも兄上から聞いている。


 また、参加者にはセシルら王国の兵の他に傭兵や地方を収める諸侯の兵がいて、彼らにも不審な人物がまぎれかねないのと何か不正がないかの確認のため、毎年のことだが身分や荷物にかぎらず武器やら鎧やら色々検査される。

ちなみに、やるのは魔術師庁の魔術師たちなのだが、ほとんど立候補した女性ばかりで、各所から集まるガタイのいい男のボディを触ることを楽しみとしているらしい。

ただ、やせっぽちのセシルも、アラサーアラフォーのオバサマ魔術師の面々に、寄ってたかって体をもみくちゃにされる。挙句の果てには師長が直々に出現し、服を脱がしにかかってくる。そして毎年のことながら、メイは団長のげんこつを食らい、たんこぶを付けて持ち場に帰っていくのだ。


―だけど、ここまでしてもアイツの手先が潜んでたりしたら、競技場の中心なんて格好の標的になるな…


 ああ嫌なことは考えたらだめだセシル。考えたら現実になる気がする。


 それに、武闘会は武力だけで戦うことが目的だ。だから、選手が魔法を使えないようにするためと観客から魔法など余計な干渉を受けないように、グラウンドの上には目には見えないが結界が貼ってある(ちなみに物理的にも結界する。はじかれた剣が客席に行かないためとか、ブーイングで投げたものとかが選手にあたらないようにである)。しかも、今年は、安全を期して、その客席上にもその結界が追加されている。


―とりあえず、ここまで強化されていれば大丈夫なはずだ。


 その結界―絶縁結界は、グラウンドの縁に沿っておかれた4つの魔晶石を媒体に、特殊な魔術式を編んでくみ上げる。複雑でくみ上げるのに手間と時間がかかるが、その分強力だ。

魔術師長がまず魔術式を1日かけて書き上げ、翌日に魔術師庁の魔術師総動員で魔力を注ぎ一昼夜掛けて仕上げるから、毎年の事ながらその次の日にはメイが「2徹はお肌が荒れるわあ、見てえ触ってえ。何ならベッドに行こうか、いやこの際床でプレイしてもいいわ、セシルたんハアハア」と寝不足の血走った眼でオレに抱きついてくる。

そして、セシルはあっという間に香水の匂いとフェロモンまみれになり、あわやそこら辺の物陰に連れ込まれそうになる。ちなみに、そのアンラッキーデーは年によって違うが、武闘会のだいたい3.4日前。毎年恒例だが、今年は客席分も増えたので絡みが激しくなることを予期して、あらかじめ合わないように細心の注意を払っていたため無事だった。


「あの結界が簡単に張れたら、魔術師の苦労どころかオレの心労まで減って万々歳なんだけどなあ」

 セシルはつぶやき、ため息をつく。サーベルンには諸侯にラングシェリン家なんていう、無効化の魔法を自在に使える家系のやつがいるけど、ここにはそんなやついないもんな。


―くっしゅん


 客席下の控室へと続く入口に入ろうという時、客席のざわめきに混じり、可愛いくしゃみが聞こえたような気がした。





―ああ、ついに始まったか


 少し背筋を伸ばしつつ鼻をこすると、レスターはプログラムを広げた。

『えっと、セレスティン―セシルの1回戦は3戦後か。少しのんびりできそう』


―にしても、あんな小っちゃい体で、よく騎士なんてやっているなあ


 開会式の時に出場者たちの合間に、ちらちらと目立つ銀色の頭が見えた。北の遊牧民の血を引く珍しい銀髪だと聞いていたから、双眼鏡に頼らずともどこにいるかすぐに分かった。ただ、背が低くて他の出場者の体に隠されて、双眼鏡でその頭を追ってもろくに顔を見ることができなかった。


―にしても、でかい魔晶石…


 レスターは自分よりはるか前にある、ルビーのように赤く透き通った球体に目をやった。それは重々しく、台座に乗せられて鎮座している。グラウンドのふちに沿って東西南北に四つあるみたいで、さらにレスターより後方―競技場のふちにも4つある。


―1個持って帰るだけで、どれだけの武器がつくれるだろうか。ああ、サーベルンにもこんなものが取れる鉱山があればなあ


 大陸の北で多くとれる、魔力をはらんだ鉱石、魔晶石。

リトミナの力の源とも言えるそれは必ずしも赤色ではなく、含有している物質などの違いにより様々な色や透明度になるが、大抵透き通れば透き通るほど強力な魔力をはらんでいる。それ自体では使い物にならないが、それを媒体兼エネルギー源として様々な魔術式を編み込むことで、誰でも容易に魔法を使えることができる。

銃をつくるのなら、ほんのひとかけらで十分である。それを、大人が3人がかりで抱えるぐらいの大きさのものを、これ見よがしに置いて使っているのである。十分これだけで周辺国への威圧に使えるだろう。



 わあっと歓声が上がる。はっとしてグラウンドを見れば、一回戦が始まるらしかった。「グレイダル!」とそこかしこで応援の声が飛び始める。主審が大声で選手の名を言い、レスターの頭上一個分ぐらいありそうな体の、色黒強面の男がそれだと知る。主審が、試合開始を叫ぶとさらに応援の声が大きくなる。

歓声が完全アウェーなところを見ると、例年強い選手なのだろう。対戦相手の男が哀れだなとちらりと思う。


『あ、そうだ。ついでに双眼鏡でロイとノルンはどこら辺にいるか探しておこう』

 と思って、すぐにあきらめる。これだけの人数がいたら探すだけで目が痛いし、試合を見ずに客席ばかり見てたら逆に不信に思われるかも。


「はあ…」

 レスターはため息をつく。彼の二人の従者も怪しまれないため、どこかお互いに離れた別々の席に座っているはずである。ほとんどの人が連れ合いを持っている大勢の中で、自分だけは一人で観戦してるとか、改めて思うと寂しすぎる。宿から何から入国まで、用心のため別々に行動しているものだから、なおさらこの状況が身に染みる。


「ジュース1つ……後箸巻を1つ」

 タイミング良く来た売り子さんに代金を払い箸巻を受け取ると、今度はため息をつかないように口につっこんだ。その途端、カキンと甲高い音が鳴る。ああこりゃ剣がはじかれたな、可哀想にと思った瞬間、会場が一気に静まり返る。は?と思い顔をあげると、剣がからんと地面に転がったところだった。


「…ふへ」

 感嘆の声をついたのだが、箸巻をもぐもぐと噛みかけたところだったので情けない声がこぼれた。完全アウェーに陥っていた選手が、色黒の選手の剣を弾きとばしたのだった。へえ、意外。なかなかやるじゃん。見ておけばよかったな。

 主審も唖然としていたのだが、一拍後に我に返ると、男の勝利を告げる。それを合図に、ひそひそとさざめきだす会場。歓声等一声も上がらなかった。


『えっ……いや、そりゃ意外だったのかもしれないけど、歓声ぐらい送ってあげようよ』

 とは思いつつも、それほど異様な事態が起こったというのは、異国人のレスターにもはっきりと感じられた。


「…あいつ誰だっけ…」

「……ウェスタイン公爵家の次男だってさ……去年まで出てたっけ……」

「……カーターって言うんだって…へえ」

「…まぐれだろ…」

「…まぐれまぐれ…きっと、グレイダルは疲れていたんじゃない?一昨日まで遠征に行ってたらしいし」


 観客が勝手に納得のいく理由を付け始めた頃には次の出場者が出てきて、異様な雰囲気は跡形もなく消えてしまったのだった。


 **********


「うっしゃあ、5勝目!」


 次の試合まで時間があるのでセシルは汗を拭きながらカイゼルを探していると、会場の外の壁にうなだれて寄りかかっているのを見つけた。


「なに落ち込んでんだよ、オレが仇とってやるから!」

 カイゼルは4回目の試合で負けた。ちなみに相手は第三騎士団に所属する公爵家の次男坊カーター・ウェスタイン。ちなみにセシルの次の相手。セシルとカイゼルより先に騎士見習いだった一応先輩だが、やたらプライドが高い。

城の廊下を歩いている時にすれ違ったりすると、『なんかどぶ臭くない?』とか『あれ?城の中にドブネズミが歩いているぞ?しかも2匹』とか、ひどい場合は『貧乏くさいくせに第一にいてたら、他の人の迷惑になってるって普通分かるよね?スメルハラスメント最低。僕理解できな~い、あの人たちの無神経さ。あ、そうか。他の人に「僕たち孤児で可哀想なんですぅ」って同情させていさせてもらってるんだよね?ずるいよね、そういうやり方とか』とか、いちいち取り巻きと共にオレやカイゼルに聞こえよがしに悪口を言ってくる。

オレより4歳年上でカイゼルより2歳年上の20歳の大の大人だが、精神年齢5歳のつもりかやめない。


『布団たたきもって侍女をしてる方があってると思うよ、君の太刀筋』

 試合の後に剣士同士が健闘の証として握手する、礼儀を見せるはずの場で、カーターが放った言葉。よくカイゼルは黙って耐えたものだ。主審は「こら君」とたしなめたが、カーターは「へいへい」と聞く耳を持たず、背を向けて帰ったようだ。


「あいつだけには負けたくなかったのに、くそ!」

 カイゼルは拳を握り、壁を殴る。

「にしても、よく殴らなかったな。いくらけなされたからって座席には聞こえないから、ぶん殴ったりしたら悪者にされてあやうく相手の思う壺だったぞ」

「あいつに悪く言われるのは慣れてるからな。それどころか試合中もネズミネズミってこそこそ挑発してやがったけど、いつものことだと思ってたし。……だけど、あいつだけには負けたくなかった!…ああまた明日から輪をかけて色々言ってくるぞ。くそったれ、なんだあれは、急に強くなりやがって!」

「…確かに、何でかやたらとあいつ強くなってるよな…去年までオレとかお前にあたるまで残ってなかっただろ?」


 去年まで初戦で消えていた。セシルが初出場した時に一回戦で当たったことがあるのだが、あっさり倒してしまった。それでも第三騎士団にかじりついているのは、父親のコネだと聞いている。そんなやつだったはずなのに。

 今年は、去年まで大会1から2位を独占している、地方諸侯の兵団筆頭のグレイダルを、瞬殺してしまった。


「……」

 セシルはやつの試合を思いだし考え込む。なんというか、剣の技術自体は去年までとあまり変わっていないように思う。去年と言いつつも、その判断を騎士団の合同訓練の時の記憶に頼っているのは、毎年大会では眼中になかったためである。

 ただ、体の動きと斬撃が見違えるように早くなっているし、そのくせ一撃一撃が重たそうに見えた。カイゼルはそれに必死になって喰らい付いていたが、有効な攻撃を繰り出せないうちに長引いて、疲れが出始めたところをやられた。


「……」

 コネに甘えていたが、ついに周りの視線もヤバくなって真面目に鍛えはじめたら、隠れていた才能が発現してきたいうことなのだろうか。何だか体格がやたらにムキムキとし出している気もするし。あいつにかぎってそれはないと思いたいが、そうとしか思えない状況である。


 まあ、それならそれとして。

「安心しろ、オレがあいつのプライドごとやっつけてやるよ」

「いや無理だって!だってお前、去年までグレイダルは当然、ヘルクにも、ルーカスにも勝ったことないだろ!」

「うっ……」

 セシルは何も言えない。ちなみに、グレイダル以外もベスト3には入らないものの、なかなか強いやつらで、ちなみにヘルクは同じ騎士団でカイゼルの同期だ。なぜか彼らを、下位入賞すらしたことがないカーターが下した。あり得ない事態だ。


「……しかたない。団長に泣き付いて、『オラ強ェヤツ大好きだ♡さあ、オラと戦え!』って飛び込みで参加してもらおう…」

「馬鹿、できるわけないだろ。後団長、そんなキャラじゃない」

「冗談だよ冗談……はははっ………てかアカン、なんかめっちゃ気が重くなってきた……」

 冗談めかして場を和ませるつもりが、二人して壁に頭をつきズーンと沈みこむ。団長は同い年のグレイダルよりも強かった武闘会の花形の選手だった。だが、団長という立場を得てからは国家を任された立場として運営の立場を担わなければならないため、出場していない。ああ、もしも出場していたら、あいつに目にものを見せられるのに。


「カイゼル!控室にいなかったから探したのよ!」

「「アメリー」」

 お下げ頭のカイゼルの侍女アメリアが、豊かな胸を揺らしながら走ってきた。客席を抜け出して、負けて落ち込んでいるであろうカイゼルを慰めに来てくれたのだろう。


「なに二人して落ち込んでるのよ、みっともない」

「だってさ…」

 セシルはカイゼルと一緒になって、布団たたきが似合ってるなんて言われた悔しい、けど勝てるわけない、あんなの絶対に負けると口々に言う。


「あんたらねえ」

 アメリアは翠色の瞳を閉じて、頭に手をやりはあとため息をつく。

「布団たたきってなめちゃいかんの知ってる?剣とは違うのよ!力入れて叩いちゃだめなのよ叩いちゃ!撫でないとホコリもダニもとれないんよ?叩くなんて無駄な体力使うだけで効果なんて全くないんだから!骨折り損になるだけよ!そんなんも知らんの、貴族のお坊ちゃんは!これだから情けない!」

 あ、なまりが混ざりはじめた。ってか、何か話の焦点ずれてない?あ、でも、オレもその知識知らなかったけど。


「アメリー、俺、今布団叩きの豆知識とかどうでもいいんだけど」

「何言ってんの!それは布団たたきがなめられてるってことやん?」

 どうやらアメリアの頭に血が上っているのは、カイゼルが馬鹿にされた怒りではないらしい。『布団叩きの仕事をなめやがって』というのが怒りの発端で、それから後の話は聞いてないみたいだ。


「なめられたのは俺で、布団叩きは……まあ、なめられたんかな…」

 話の筋を正そうとしながらも、怒りにまかせて矢継早に話すアメリアのペースに飲み込まれたのか、「もしかして俺じゃなくて、布団叩きがなめられていたのか?」と頭が混乱してきたカイゼル。


「そうよ!布団叩きがなめられたのよ!」

「そ、そうだよな!布団叩きなめちゃ駄目だよな!」

「そうよ!今にきっと布団叩きに泣くわよ」

「そうだそうだ。布団叩きを馬鹿にするやつは、布団叩きに泣くんだ!」

「そういう奴ほど、ダニまみれになって失血死すんのよ!」

「そうだそうだ!死んじまえ!」


 最終的にはカイゼルとアメリアは、がしっと両手をとりあって、「布団叩きをなめる奴は最低!死ね!」と二人で意気投合しあっている。


「……」


―やってられないよ、ったく


 いつの間にか話の外で一人放置されたセシルはため息をつくと、気分転換にちょっと素振りでもして来ようとその場を後にした。

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