第12話 ブラック降臨

「と、いうわけで伊織が一緒に来ることになった」


 全身びしょ濡れになるだけの雨を浴びて、それを風呂で流してきたクリストファーはアクセリナと綺羅がいる部屋に入ると同時に宣言した。


 前置きも説明もない言葉にアクセリナが肩をすくめる。


「どうやって、というわけで、になったのか、まったく分からないけど。とりあえず、伊織ちゃんの保護者から了解は得たの?」


「これから話す」


 クリストファーが堂々と断言する姿に綺羅が口笛を吹く。


「クリフにしては珍しく後手じゃん。いつもなら、そういう根回しを全てやってから決めるのに」


「綺羅」


 にっこりと笑顔で話しかけてきたクリストファーに対して綺羅も笑顔で答える。


「なに?」


 軽く物が倒れる音がしたが、クリストファーは何事もなかったように続きを話した。


「保護者と話そうにも、その前に会うことが難しそうだからな。君たちにも協力を願おうと思ったんだ」


 そう説明するクリストファーの足元には綺羅がしっかりと踏まれている。


「暴力反対!平和的に話し合おう!」


「だから、これから話に行くと言っているだろう」


「伊織ちゃんの保護者と話す前にオレと話し合って!」


「それはない」


 クリストファーが綺羅を踏んでいる足をグリグリと動かす。そんな二人の姿を見ながらアクセリナは言った。


「別に話し合わなくても伊織ちゃんの保護者は了解すると思うわ」


「何故?」


「それが運命だからよ」


 久しぶりにアクセリナの口から出た単語にクリストファーが眉間にしわを寄せる。


「こうなることが決められていたとでも言うのか?」


「痛い!痛い!足に力を入れないで!」


 叫ぶ綺羅を無視してアクセリナが説明を続ける。


「そう。ただ、今ならまだ運命を変えることが出来る。それは、クリストファー。あなた次第よ」


「どういうことだ?」


「土地神が言った言葉を覚えている?伊織ちゃんと私は同じ匂いがするって」


「そんなことを言っていたな」


「それは同じ運命を辿るからなの」


「だから、どういうことだ?」


「単刀直入に言うわね。このままだと伊織ちゃんは、そう遠くない未来に自分の子どもを庇って死ぬわ」


「自分の……子ども?庇って死ぬ?何を言っているんだ?」


「もっと正確に言うなら、あなたと伊織ちゃんの間に出来た子どもよ」


 突拍子のない話にクリストファーが頭を抱える。


「何故、話がそこまで飛躍するんだ?」


「でも、それが運命なの。土地神だって言っていたでしょ?生け贄だって。伊織ちゃんと私は自分たちの子どもを守って死ぬという運命を辿るために造られた生け贄なのよ」


「造られただの、生け贄だの、なんの話だ?」


 完全に混乱しているクリストファーの足元で綺羅がうめき声を上げる。


「とりあえず、人を踏んだまま話すのは止めないか?何回も本気で踏まれて、オレ潰れそう……」


 そう言って力尽きた綺羅を見てクリストファーがとりあえず足をどける。そして畳に座るとアクセリナと向かい合った。


「分かるように説明しろ」


 クリストファーにしては珍しい命令口調にもアクセリナは不快に思うことなくゆっくりと頷いた。


「私も全ては知らないの。断片的に未来が見えるだけだから。ただ、分かることは、これから生まれてくる子どもを産むために、私はこの強い力を持って生まれてきた。そして、最期はその子どもを庇って死ぬということ」


「それは、伊織もそうなのか?」


「えぇ。ただし、この運命には条件があるの」


「条件?」


「そう。伊織ちゃんの相手があなたである、ということよ」


「私だと?」


「あなたでなければ運命は変わる。その子どもが生まれてこないから、伊織ちゃんが庇って死ぬということもないわ」


「…………なぜ私なのだ?」


「クリストファーも綺羅も珍しいぐらい力が少ないの。ここまで力が少ない人は稀よ。そして私も伊織ちゃんも稀なほどの強い力を持っている。この二人が合わされば、生まれてくる子どもの力は未知数になるわ。そして生まれてきた子どもは、その力のために命を狙われる。私と伊織ちゃんは、子どもの命を狙う者から子どもを庇って死ぬの」


「そんなことが……」


 クリストファーは混乱する頭の中で重要なことを聞き逃さなかった。視線を横にずらして顔に畳の跡をつけて寝転んでいる綺羅を指さした。


「こいつと私は同類なのか!?」


 クリストファーの声を聞いて綺羅が起き上がる。


「え?驚くところ、そこ?」


「何よりも、そこが重要だろ」


「そんなにオレと同じなのが嫌なのかぁ」


 そう言うと綺羅は再び畳に転がり、拗ねたように背中を向けた。


「まあ、綺羅と同じっていうところはショックでしょうけど、話を進めるわよ」


「アクセリナまで何気に酷いぃ」


 綺羅の泣きを無視してアクセリナが話す。


「ちなみに伊織ちゃんもこのことを知っているわ。先見という能力らしくて私より詳しく未来が見えるそうよ」


「……その未来を知っていて私と一緒に来ると」


 茫然とするクリストファーに背中を向けたままの綺羅が言った。


「伊織ちゃんは良い子だよ。自分のことより他人の心配ばかりする。だからクリフが自分の存在を必要としてくれたら喜んで一緒に来るよ」


「それで、自分が死ぬことになるのにか!?」


 怒鳴るクリストファーに綺羅は体を起こした。いつもの軽い表情はなく、クリストファーが初めて見る真剣な眼差しを向けている。


「人はいつか死ぬ。それは早いか、遅いか、だけだ。重要なのは生きている間にどれだけのことをするか、悔いなく生きられるか、だとオレは思う。だから、オレはアクセリナと生きる道を選んだ。オレのせいでアクセリナの寿命が短くなるとしても、オレはアクセリナ無しでは生きられない。完全にオレの我がままだけど、オレはアクセリナと一緒に生きる」


「何を……」


 クリストファーは反論しようとして、ここでようやく気が付いた。


「まさか、アクセリナの寿命を縮める相手は綺羅か!?」


 その言葉に何故か綺羅が恥ずかしそうに頭をかく。


「そこまでストレートに言われると、なんか照れるなぁ」


「照れるところではないだろ!」


 先ほどまでの真剣な表情はどこに消えたのかヘラッと笑う綺羅をクリストファーが再び踏みつける。そしてアクセリナに呆れたように言った。


「自分の寿命を縮める存在なんだぞ?よく、こんなのを選んだな」


「私だって寿命を減らしたくないから思いっきり抵抗したのよ。もともと、こんな運命を受け入れるつもりはなかったから、運命の相手と出会っても世界中のどこにでも逃げられるように下準備をしていたの。なのに、綺羅はどこまでも追いかけてくるし、どこでも口説き文句の垂れ流しだし。おかげで、世界中で恥をかいたわ」


 どこか遠い目をして話すアクセリナの苦労を察したクリストファーは綺羅を踏んでいる足に力を入れた。


「痛い!骨が折れる!マジで折れる!」


「一本ぐらい、いいだろ?」


 クリストファーから冷めた瞳で見られて綺羅が慌てる。


「いや、そこ脊椎だから。一本折れたら、そこから下半身不随になるから本当に止めて」


 半泣きで懇願してくる綺羅をクリストファーはアクセリナの前に転がした。


「こいつの存在を消すなら今がチャンスだぞ。ここなら証拠隠滅もしやすい」


 アクセリナが答える前に綺羅が顔を上げる。


「オレ、ここで殺されるの?あれ?なんかこのセリフ、前にも言ったような……」


「この前はうやむやになったからな。安心しろ。生きていた痕跡から全て抹消してやる」


「あ、クリフの目がマジだ」


 ゆらりと綺羅に近づくクリストファーにアクセリナが笑いながら声をかける。


「そんなことしなくていいわよ。別に私だっておとなしく運命を受け入れたわけじゃないわ。出来る限りのことをするつもりだし、今もしているわ」


「そんなことをするより綺羅と別れた方が早いだろ」


 クリストファーの一言に綺羅が慌てて立ち上がる。


「なんてこと言うの!オレがアクセリナを口説き落とすのに、どれだけ苦労したと思っているの?バラをトラック単位で注文したり、遊園地を貸し切ったり、エキストラを百人単位で雇ったり、ハリウッドに協力を依頼したり、軍に頼んで戦闘機を借りたり、大統領に……」


 ずらずらと言葉を並べていく綺羅の口にクリストファーがその場にあった座布団を突っ込む。


「君は何をしたんだ!」


 強制的に口を塞がれた綺羅はフガフガと言葉にならない声を出している。そこにアクセリナがパン、パンと手を叩いた。


「はい、はい。その話はいいから。で、クリストファー。あなたは、どうするの?」


 その言葉にクリストファーはいまだにフガフガ言っている綺羅を睨んだ。


「こいつに出来て、私に出来ないことなどない。私は伊織と一緒に行く。そして運命など変えてやる。シェアード家の全総力を持って」


 クリストファーが清々しいほど気持ち良く宣言する。そこに、ようやく座布団を口から外した綺羅が叫んだ。


「お前が本気を出したら世界経済が崩壊するから止めろ!」


「ふん。伊織がいない世界など、どうでもいい。まずは伊織の保護者との話だが……長の影光と話せばいいな」


 そう言って部屋から出て行くクリストファーの後ろ姿を綺羅が引きつった顔で見る。


「久々に降臨したなぁ、ブラック・クリフ。ああなると止められないんだよ」


「止められなくても付いていかないといけないんじゃないの?」


「あぁ、そうだった!クリフ、待って!」


 綺羅が慌てて立ち上がりクリストファーを追いかける。


「脱水症状を自覚したのかしら?それとも無意識に欲しているのかしら?どちらにしても、もう少し面白くなりそうね」


 そう呟いて微笑むとアクセリナもクリストファーの後を追いかけていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る