ロリコンのレッテルを貼られるに至った経緯(神の奴隷という名の運命に導かれて)

第1話 残念な美形たち

 米国のとある大学にあるカフェテラス。パラソルの下に出来た日陰に置いてある椅子に一人の青年が足を組んで座わり本を読んでいる。

 爽やかな風に揺れる茶髪に知的な顔立ち。その中でも涼しげな目に光る深紅の瞳が印象的だ。


 優雅な雰囲気に包まれた青年を遠巻きに女学生が囁きながら見つめる。外見の良さもさることながら、世界屈指の資産家であるシェアード家の跡取りなので、お近づきになりたい女性は多い。だが実際に声をかける人はいない。

 何故なら、下心を持った人間に対して、この青年は爽やかな笑顔で廃人一歩手前になるまで辛辣な言葉を並べて追い払うことで有名だからだ。しかもその微調整がものすごく上手く、少しの会話から適格にその人物を分析して言葉を選ぶ。そのため、この青年の周囲には限られた人間しか近づかなかった。


 その限られた人間の一人である自称、青年の親友である赤茶色の髪をした青年が笑顔で現れた。精悍な顔つきで背が高く、一見するとモデルのような外見だ。


「よう、クリフ。待たせたな」


 周囲に響く大声に青年はため息を一つ吐いて読んでいた本を閉じた。


「君が私を待たせることは、いつものことだ。気にしていない」


「そう言って、実は腹の底で怒っているのは分かっているんだぞ」


 赤茶色の髪をした青年がウインクをしながら笑顔で明るく言い放つ。その態度に茶髪の青年がにっこりと微笑んだ。


「では、腹の底の怒りが出てくる前に話を進めよう。何の用だい?」


 仲の良い友達が笑顔で話している光景なのだが、会話の内容が普通ではない。それでも赤茶色の髪をした青年は気にした様子なく話を進めていく。


「オレの彼女を紹介しようと思って。ほら、美人だろ?」


 そう言って赤茶色の髪をした青年は自分の後ろに立っていた女性を茶髪の青年の前に出した。

 女性は日焼けを知らない白い肌に、宝石のように輝く長い銀髪と白銀の瞳をしており、雪の精霊のような人間離れした美しさと輝きを放っている。


 茶髪の青年はそんな女性の姿を見て驚くことなく呟いた。


「アクセリナ・クルームか」


 紹介された女性は最近、大注目されているトップモデルだった。


 女性は茶髪の青年の呟きを聞き逃さずに笑顔で右手を出した。


「ご存じとは嬉しいわ。よろしく」


 茶髪の青年が社交辞令のように軽く握手をする。


「私はクリストファー・シェアード。そこにいる綺羅・アクディルが彼女と言ったが本当か?」


「そうよ」


 クリストファーはあっさりと肯定したアクセリナから視線を綺羅に移して言った。


「君を待っていて喉が渇いた。すまないが飲み物を買ってきてくれないか?」


「あぁ、いいぞ。何が飲みたい?」


「コカ・コーラ社製のペプシが飲みたい」


「わかった。アクセリナは、いつものでいい?」


 綺羅に訊ねられて、アクセリナがにこやかに頷く。


「ええ。お願い」


「じゃ、ちょっと待ってろ」


 すぐそこにあるカフェに入ろうとした綺羅をクリストファーが止める。


「そこでは売ってないんだ。悪いが売店で買ってきてくれ」


「おう。じゃあ、行ってくる」


 そう言って綺羅が走り出す。その後ろ姿を眺めながらアクセリナが意地悪そうに言った。


「売店は大学内でも、ここから一番遠い場所にあるわよね?しかも、改装工事中で休業していたと思うのだけど」


 アクセリナの指摘にクリストファーは平然と椅子に座りながら言った。


「君はこの大学の学生ではなかったと思うが随分、詳しいな」


「大学内の地図を見ていたら親切な学生が教えてくれたのよ。頼んでもいないの

にね。それにしても、あなたも人が悪いわね」


 優雅に椅子に座るアクセリナにクリストファーが深紅の瞳を向ける。


「何がだ?」


「コカ・コーラ社製のペプシなんて存在しないものをリクエストして。彼、大学内を走り回って探すわよ。もしかしたら大学の外のお店に買いに行くかも。この世に存在しないペプシを探して」


 綺麗な笑顔で話すアクセリナの姿にクリストファーが外向けの笑顔を作る。


「それに気が付いていて教えない君も、なかなか良い性格をしていると思うけど。もしかして私と話がしたかったのかい?」


 綺羅はアクディル財閥の御曹司であり跡取りだ。その財力目当てで近づく女性は多い。外見の良さがそれに輪をかけているが。そして、そこからクリストファーに近づく女性も多い。クリストファーはアクセリナがそういった女性の一人だと思ったのだ。


 指摘されたアクセリナはテーブルに肘をつくと、手の上に顎を置いて上目使いでクリストファーを見た。


「それは、あなたの方でしょ?私に忠告したいって瞳が言っているわ」


 なかなか勘が鋭いアクセリナにクリストファーは外向けの笑顔のまま穏やかな声音で言った。


「綺羅は優しいからな。来る者拒まずだが、それで勘違いしないように。寄生虫になるだけなら早急に私が駆除する」


 クリストファーの言葉にアクセリナは綺麗な微笑みを見せた。まるで満足しているかのような笑顔にクリストファーは不覚にも一瞬固まってしまった。

 この言葉を聞いて今までこのような反応をした女性はいなかったからだ。大抵の女性は虫扱いされたことに怒り出すが、意味が分からずに茫然とするか、たまに、か弱い女性を演じるために泣きだして涙で落とそうとするぐらいだった。


 どれにも当てはまらない反応をしたアクセリナは嬉しそうにクリストファーに言った。


「あなたのような友人が彼の側にいるなら安心だわ。彼ってあんな性格だから、かなり心配だったのよ。あ、でもさっきの言葉を一つ訂正するわ。彼の方から私に声をかけてきたのよ。しかも相当しつこくね。最後は私が根負けしたの」


「……まさか」


 アクセリナの話にクリストファーは笑顔のまま固まった。表情が崩れなかったのは長年培ってきた作り笑顔の賜物だろう。


 綺羅は今まで誰かに執着するということはなかった。来る者拒まず、去る者追わずで、適度につかず離れずの距離をとることが多かった。人当りが良いという程度のもので親密な付き合いをする人間は意外といない。クリストファーはその中でも例外なほど近い存在のため、そのことを知っているのだ。


 アクセリナがクリストファーの表情を見て楽しそうに話す。


「彼って優しいから頼られたら答えようとするのよね。それなのに自分から頼ることはしないの。だから親しい友人とかいないのかと思っていたんだけど、あなたがいて良かった」


 アクセリナの言葉を聞きながら我を取り戻したクリストファーはにっこりと微笑んだ。


「何か勘違いしているようだが、私があいつと一緒にいるのは有益なことが多いと判断したからだ」


「そうね。実家の事業のことを考えたら一緒にいるほうが人脈は広がるし、いろんな情報が入るし有益なことが多いものね」


 あっさりと肯定するアクセリナにクリストファーが頷く。


「そういう君はどうなんだい?これまでの口ぶりを考えると綺羅に恋愛感情を持っているようには見えないが」


 クリストファーの指摘にアクセリナが心外そうに瞳を丸くする。


「あら。私は一応、恋愛感情も持っているつもりよ。押し売りされたけど」


「も、ということは、他の要因もあるんだな?」


 クリストファーの言葉にアクセリナが流し目を向ける。


「知りたい?」


「あぁ」


 爽やかな笑顔のクリストファーにアクセリナが微笑みかける。


「もう少し仲良くなったら教えてあげる」


「生憎だが私はこれ以上、君と仲良くなる予定はない」


 キラキラと輝く爽やかな笑顔とは対照的な断言。しかし、この会話が聞こえていない人には、この二人の光景が恋人同士の甘いひと時のように映った。遠くから二人の様子を見ていた学生たちが勝手に会話を想像して噂しているが、誰一人として真実に近い想像をした人間はいない。


 そんな周囲の妄想を無視してアクセリナが意味ありげに笑う。


「そうは言っていられないわよ。これは運命なのだから」


「運命?」


「そう。別名、神の奴隷」


 アクセリナの唐突な発言にクリストファーが呆れた顔をする。


「奴隷とは悪意しか感じられない言葉だね」


「だから運命って言ったの。そのほうが、まだマシでしょ?」


「言葉的にはな。だが、私はそういうものは信じない。もし、そんなものが存在するとしても、私は私が望む道を行く」


 クリストファーの言葉を聞いてアクセリナはどこか寂しそうに白銀の瞳を閉じた。


「私もそう思っていた時期があったわ」


 アクセリナの小さな呟きが聞き取れず、クリストファーは首を傾げた。


「悪い、聞き取れなかった。もう一度言って欲しい」


 クリストファーの申し出にアクセリナは軽く首を横に振った。


「独り言だから気にしないで」


 二人の間に沈黙が流れる。そこに大声が飛んできた。


「おーい、買ってきたぞ!」


 綺羅が両手にペットボトルを持ってブンブンと手を振りながら走ってこちらにきている。額には汗が輝いており、大学内を走り回ったことが分かる。


 クリストファーが綺羅に聞こえない小声で呟く。


「さて、何を買ってきたのか」


 同じく綺羅に聞こえない小声でアクセリナが呟く。


「コカ・コーラ社製のコーラに一ドル」


「なら私はサントリー社製のペプシに一ドル」


 二人の間に賭けが成立したところで綺羅が息を切らしながらアクセリナにミネラルウォーターを差し出した。


「ありがとう」


 笑顔でアクセリナが受け取る。次に綺羅はクリストファーに透明な液体が入ったペットボトルを差し出した。


「コカ・コーラ社製のペプシが見つからなくてよ。これで勘弁してくれ」


 そう言って綺羅はどこのメーカーのものかさえ分からないジンジャエールをクリストファーに渡した。


 そのペットボトルを見てアクセリナが呆れ半分、感心半分に呟く。


「コカ・コーラ社製でもサントリー社製でもなく、ペプシどころかコーラでさえないものを買ってくるとわね。ま、炭酸ジュースってところは合っているから良いのかしら?」


 クリストファーは綺羅を労わるように軽く微笑みながらジンジャエールを返した。


「走って喉が渇いただろう?君から飲んだらいい」


「お?いいのか?ありがとう」


 綺羅が嬉しそうに椅子に座る。反対にクリストファーとアクセリナは静かに椅子から立ち上がった。炭酸ジュースを持って走り、あれだけ振り回した後に蓋を開ければ、どうなるか。答えを知っている二人はそっと一歩下がるが、綺羅はそのことに気が付いていない。


 綺羅は勢いよくペットボトルの蓋を開けて……


「おぶぉっ!」


 意味不明の言葉とともに顔面にジンシャエールの噴水を浴びて、そのまま椅子ごと後ろに倒れた。


「賭けは引き分けね」


「そうだな」


 二人はジンジャエールでむせる綺羅を助けることなく眺めていた。


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