第2話
吐く息は白く、空気は痛いほど冷えていた。周りは季節外れの大雪が全てを白く染めている。音は雪に吸い込まれ、不気味なほど静かだ。
そんな中で誰の足跡もない雪を踏みしめるのは妙に心地いい。
「日の昇る時間が早くなってきたな」
十六、七歳ぐらいの少年が藍色から紫へと染まっていく空を見上げながら歩いていく。だが、朝の清々しい空気に満足している顔が|あるもの(・・・・)を見つけて首を傾げた。
「……なんだろ?」
青白い光に包まれて白い物が空から落下してくる。鳥にしては大きく、布のような物に包まれている。
「あ……」
その白い物はスピードを落とすことなく、少年の目の前の林の中に墜落した。
少女が目を開けると、枝の折れた木々が自分を囲むようにそびえ立っている姿が見えた。
「生きてる?」
声の聞こえた方に黒い瞳をむけると、空と同じ青い瞳をした黒髪の少年が覗き込んでいた。
「ここはどこだ?」
少女は雪に埋もれたまま少年に尋ねる。
「テクス」
「アルガ・ロンガ国の?」
「そう。アルガ・ロンガ国の外れにある小さな町だよ」
少女は、たれ耳うさぎのぬいぐるみを持っている左手に力を入れた。体を起こそうとするが、背中が痛くて立ち上がれない。そのうえ、体を包む雪は体温を奪っていく。
その姿に少年は当たり前の質問をした。
「寒くない?」
少女が見てわかるだろ、と言わんばかりのため息をつきながら答える。
「寒いに決まってるだろ。それとも雪で温まっているように見えるか?」
少年は少女の素っ気無い言葉と黒い瞳に睨まれまがらも、再び平然と当たり前の質問をした。
「起きないの?」
答えの決まっている質問に、少女は少年に言葉を投げつけた。
「起きあがれないんだ!」
「そう。なら、早く言ってよ」
少年はそう言って頷くと、軽々と少女を抱き上げた。
「なにをする!?」
慌てる少女に少年が少し笑う。
「軽いね。とりあえず、オレの家に来て服を乾かしたら?それとも、このまま雪に埋もれてる?」
動けない少女にとって選択肢は一つしかない。
少女は渋々口を開いた。
「服が乾いたら、すぐに出て行くからな」
可愛げの欠片もない返事に、少年は苦笑いを浮かべながら、再び足跡のない雪の上を歩きだした。顔を出した太陽が白い雪を照らす。木々に積もった雪が光り輝き、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
そんな光景を眺めながら少年はふと少女に声をかけた。
「いつもなら雪は溶けている頃なんだけど、今は季節外れの大雪なんだ」
「……そうか」
大人しく返事をしたが、声は今にも消えそうなほど小さい。顔は髪と同じぐらい白くなっている。
その姿に少年は一度、足を止めた。
「ちょっと、走るね」
その言葉が聞こえ終わると同時に景色が変わった。緩やかに上下しながら進んでいた景色が一定の高さとスピードで流れていく。それでいて揺れは歩いていた時と変わらない。振動がないように慎重に走っているのがわかる。
少年が林から出ると、そこは白い壁に赤い屋根の歴史を感じる家々が並ぶ閑静な住宅街だった。道路の雪は先ほど除雪車が通ったため残っていない。
少年はすぐ近くに建っている家のドアを開けた。
「ただいま。か……姉さん、タオル持ってきて。それと、風呂の準備をして」
「どうしたの?また、猫でも拾ってきたの?それとも、今度は犬?」
家の奥からバスタオルを持った二十代半ばの女性が出てくる。そして少年が抱いている少女を見て、切れ長の黒い瞳を丸くした。
「……今度は人?」
女性が驚いている前で、少女は両手で体を抱きしめるように小さくなった。水分を吸った服は重く冷たく全身を包み、体を凍えさせている。
「大変、大変」
女性は慌てて少女をバスタオルで包み、少年から受け取った。
「よいしょ。あら、軽いわね」
女性は少女を軽々と持ち上げると、お風呂へ運んだ。
「どこでナンパしてきたの?」
女性が口元に笑みを浮かべて聞いてくるが、少年は表情を変えることなく朝食を食べながら答えた。
「林の中」
「この辺の子じゃないわよね?」
「空から落ちてきた」
「空から?」
そこに躊躇いなくドアが開いた。
「いろいろ世話になった。すまないが私の服はどこだ?」
少し大きな白いセーターとタイトスカートを着た少女が部屋に入ってきた。蒼白だった顔には生気が戻り、白い頬がほんのりと赤くなっている。
「着てた服は濡れていたから乾かしてるわ」
そう言って女性が指差した暖炉の上に少女の服が干してある。
「服が乾くまで、その服を着てたらいいわよ。サイズもそんなに違わないみたいだし。ところで、お腹空いてない?」
女性が少女にテーブルの上に用意した朝食を勧める。
「悪いが私は先を急ぐ……」
女性は言葉が終わる前に少女を無理やり椅子に座らした。
「遠慮しなくていいから。体は温まった?」
少女の前にホットミルクを差し出す。少女は左手に抱えている、たれ耳うさぎのぬいぐるみを当たり前のように膝の上に置きながら反論する。
「いや、遠慮などではない。急いで行かなければならない所があるのだ」
「どうやって行くの?まだバスも電車も動いていない時間だけど」
「タクシーで行く。服が乾くのを待っている時間はない。すぐに着替えたい」
その言葉に少年が言いにくそうに口を挟んだ。
「でも、あの服で外を歩くのは、ちょっと……」
少年の言葉に少女が首を傾げる。
「何故だ?」
「独創的……というか……目立つんだよね」
「そうか?」
少女が確認をするように女性を見る。
「あら、私は可愛いと思うわよ。ゴスロリ衣装に着物の組み合わせなんて普通はないもの。でも、外を歩く時は今着てる服のほうがいいわね。あと、これも被って」
そう言うと、女性は用意していた長い黒髪のカツラを少女に被せた。白髪がきれいに黒髪で隠れる。元々、黒い瞳のため黒髪でも違和感はない。
「何故だ?」
女性は少女の質問に答えずに暖炉の方へ行くと、乾かしていた服を畳んで袋の中に入れ、少女の足下に袋を置いた。
「人の話を聞いているのか?」
少女の質問に女性が微笑んでテーブルの上を指差した。
「ほら、冷めるわよ」
「温かいほうが、美味しいよ」
にこやかな二人に対して、少女は明らかに不機嫌な雰囲気を隠すことなく漂わせている。
少女が再び口を動かそうとした時、別の音が邪魔をした。
ピンポーン。
チャイムの音に女性が少年に視線をむける。女性は少年が頷くのを確認すると、玄関へ歩いていった。
「なにがあっても、普通に食事してて」
「なにがあるのだ?」
少年は少女の質問をさらりと無視をして話を進める。
「あと、そのうさぎのぬいぐるみも袋の中に入れて。早く」
少女は口を開きかけたが、声を発することなく閉じた。どう質問しても、まともな返事はないだろうし、さらりと無視されるのがオチだ。
少女は諦めたように、たれ耳うさぎのぬいぐるみを袋の中に入れて膝の上に置いた。その姿に少年が少し笑う。
「膝に置いていないと落ち着かないの?」
「習慣だ。こればかりは直らない」
少女が当然のように言う。そこに軍服を着て銃を担いだ男達が無遠慮に部屋へ入ってきた。
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