白き姫と黒の従者

第1話

 青空の中を寸胴な飛空艇が飛んでいた。鈍そうな外見とは逆に飛空艇は高速で白い雲の上を進んでいく。その小さな窓から一人の少女が見えた。


 粉雪のような白髪は長く、一つにまとめて背中に流している。まっすぐ切りそろえられた前髪の下には、漆のように黒く輝く瞳があった。半分伏せられた瞳は愁いを帯びたようで、整った顔立ちと相まって儚げである。

 洋装の上に和装を羽織るように着ており、その膝の上にはたれ耳うさぎのぬいぐるみが鎮座していた。


 美しい外見と独特の雰囲気を持つ少女は、小さな部屋でソファーに座って優雅に紅茶を飲んでいた。窓の外には青空が広がっている。


「暇だな……」


 可憐な外見をぶち壊す言葉使いだが、残念ながらそのことに驚く人はここにはいない。素っ気無い言葉使いで膝に置いている、たれ耳うさぎのぬいぐるみは少女にまったく似合わない存在となり、儚い雰囲気は気怠い怠惰的な雰囲気へと変わった。


 暇を持て余している少女がぼんやりと窓の外を眺めていると、白い雲が急速に近づいてきた。目的地はまだ先であり高度を下げるには早いことに疑問を感じた少女が軽く首を傾げる。


「雲が近いな」


 雪解け水のように清らかで落ち着いた声で呟いた後、少女は眠そうに半分しか開いていない黒い瞳をドアに向けた。そこには黒髪に黒いスーツ、黒いサングラスに黒い刀と黒一色に染まった青年がいる。


「どういうことだ?」 


 この部屋の唯一の出入り口の前で常に周囲を警戒していた青年が腕時計で現在地を確認すると、素早く少女に近づいて報告をした。


「進路が変わっている。この機体が乗っ取られた可能性がある」


 青年の口調に慌てた様子はなく、むしろ予想していたような感じだ。

 少女は興味なさそうにテーブルに視線を移すと、皿からクッキーをとって口の中に入れた。


「もしくは始めから乗っ取られていたか、だな」


「コクピットを確認してくる」


 青年が素早く体を反転させるが、それ以上に素早く少女が青年のスーツの裾を掴んだ。


「いや、確認させろ。おまえが行く必要はない」


 青年は少女の黒い瞳を見た後、その場で携帯電話を取り出して部下に指示を出した。


 少女が視線を落とすと、琥珀色をした紅茶の水面が微かに揺れていた。そのまま、しばらく眺めていたが、揺れは収まることなく除々に大きくなっていく。次第に紅茶のカップ自体がカタカタと揺れ始める。そして一瞬の無重力の後、カップは紅茶をテーブルの上にぶちまけて床に転げ落ちた。


「なんだ?」


 立っていられない程の急降下に少女が床に固定されたソファーにしがみつく。窓の外では視界が白一色になっており、飛空艇が雲の中に突入したことが分かる。


 再び窓の外に青空が戻った頃、揺れが収まり安定飛行になった。


「なにが起きている?」


 少女がしがみついていたソファーから体を起こすと、どこかで銃声が響いた。続いて青年の携帯電話から怒鳴り声に近い叫び声があがる。


『緊急コード809発生!繰り返す。緊急……』


 そこで携帯電話から銃声が響き、叫び声が消えた。


「コクピットが占領されたようだ。脱出ポットに行くぞ」


 そう言うと青年はドアには行かず、壁に向かって歩き出した。少女も立ち上がり、颯爽と青年の後ろをついていく。


 青年が壁にかかっている絵画を外して隠しボタンを押す。すると壁の一部が開き、廊下が現れた。


「外に出たとたん、これとはな」


 少女の呆れ声を部屋に残して、二人は狭い廊下を走りだした。壁一枚を挟んだ隣から銃撃戦の音が聞こえてくる。


 再び飛空艇が大きく揺れ、少女が床に膝をつく。青年は少女の腕を引っ張り、少し乱暴に立たせると、また走りだした。


 前から複数の足音と怒鳴り声が聞こえてくる。


 進路を塞がれた二人はお互いの顔を見て後ろを振り返った。その先には搭乗用のハッチがある。


「まさか、ここから飛び降りろと言わないよな?」


 少女の確認するような言葉に、青年は頷きながら言った。


「おまえなら、ここから飛び降りても問題ないだろ」


 青年の当然のような話し方に少女は肩をすくめた。


「おまえはどうするんだ?」


「部下を見殺しにするわけにはいかない」


 その言葉に少女は呆れたように言った。


「おまえの仕事は私の護衛だろ。まぁ、そのほうが、おまえらしいけどな」


「必ず迎えに行く」


「早くしろよ。私は待つのが嫌いだからな」


 そう言うと、少女はポニーテールに結んでいる長い白髪を翻(ひるがえ)して走ってきた廊下を戻った。


 搭乗用ハッチの前で足を止めると、少し手間取りながらも厳重なロックを全て解除していく。全てのロックを外すと、少女は深呼吸をして、たれ耳うさぎのぬいぐるみを抱いている左手に力を入れた。右手でロックの外れた重い扉を押す。


「くっ!」


 扉が開いたとたん、ものすごい力で全身が外へ引っ張り出された。

 黒煙を上げながら高度を落としていく飛空艇を見ながら、少女は真っ白な地上に向かって落ちていった。

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