第2話 鬼ごっこを開始するが……

 綺羅が項垂れている間にアクセリナはパリを離れて他国へ逃亡したが、そこでも予想外の事態が起きる。




 アクセリナはパリを出発してトルコに到着していた。


 空港からタクシーで市街地に到着した後、広場で地図を広げて現在地と目的地の確認をしていた。

 背中に大きなリュックを背負った姿はバックパッカーに見えるが、それにしては容姿が美しすぎる。


 周囲から奇異の視線を向けられてもアクセリナは気にすることなく地図と睨めっこをしていた。

 そこに、どこからともなく陽気な音楽を奏でる楽団が現れた。楽器を鳴らしながら、ゆっくりと広場を横断していく。


 この地域のお祭りと判断したアクセリナは、楽団を無視して今後の逃走ルートを考えこんでいた。すると音楽は徐々に大きくなり、気が付くと、前後左右から楽器が鳴らされている状況になっていた。


 この状況にアクセリナはようやく顔を上げた。


 すると、綺羅が目の前で歌っていた。しかもご丁寧にトルコの民族衣装を着ており、無駄に男前が上がっている。


 そして綺羅が歌っている歌詞をよく聞くと、それは恋人へ愛を送る歌だった。


 広場での公開プロポーズをしている光景に周囲から集まる視線は半端ない。


「……何、これ?私、さらし者?」


 唖然としているアクセリナの前で堂々と恥ずかしげもなく愛を歌う綺羅。

 そこに地元の陽気な人々が参加をして、歌は大合唱へと変わっていく。


 どう収拾をつければ良いのか、まったく分からないアクセリナは一番シンプルな行動に出ることにした。


 素早く荷物をまとめて肩に担ぐと、回れ右をして勢いよく逃げ出したのだ。


「待って!ちょっ、通して!」


 綺羅が追いかけようとしたが地元民と自分が用意した楽団に囲まれて動けない。


 アクセリナはそのまま国際空港に飛び込んで、一番早くトルコから出国できるチケットを購入して逃亡した。




 次にアクセリナが到着した国はタイだった。


 とりあえずタイの首都に一泊して、次の潜伏先へ移動するために道を歩いていたらスコールが降りだした。慌てて屋根がある場所まで走ろうとしたら、頭上に傘があらわれた。


「親切にありがとうございま……」


 アクセリナが礼を言いながら振り返ると、そこには像の鼻があった。像がアクセリナに傘をさしていたのだ。


「え?」


 状況がわからないため、とりあえず顔を上げると、像の上に像使いとその後ろに綺羅が乗っていた。

 像が堂々と道を塞いでいるため、その後ろには車の大渋滞が出来上がっている。


 満面の笑顔で手を振ってくる綺羅にアクセリナはまたしても逃亡した。とはいえ、相手は像に乗っているため、すぐに追いつかれるのは目に見えている。

 アクセリナはすぐに細い路地に入って綺羅をまいた。


 ちなみにアクセリナはすぐに逃亡したため気が付いていなかったが、像には告白文が書かれた巨大な垂れ幕が巻きつけられており、周囲を歩いていた人や、像のせいで渋滞していた車の運転手から盛大な注目を浴びていた。




 逃亡先の中継地点として日本に到着したアクセリナは乗り換えのために地下鉄で移動していた。その途中でお腹が空いたアクセリナは目に入った飲食店に入った。


 そこは立ち食いのお店らしく椅子がない。

 アクセリナはメニュー表を見たが日本語しか書かれていなかったため内容がよく分からず首を傾げていた。


 すると、隣で食べていた人が英語で話かけてきた。


「おすすめはこれだよ。天ぷらがのっていて美味しいよ」


「天ぷら?本場の天ぷらを食べてみたかったのよ。じゃあ、これにするわ」


「じゃあ、注文してあげるよ」


 そういうと隣の人は日本語で店主に注文をした。


 そこでアクセリナは礼を言うためにメニュー表から顔を上げて隣を見て愕然とした。


「どうしたの?」


 器用に箸を使って麺を食べている綺羅が不思議そうな視線をアクセリナに向ける。


「な、なんで、ここにいるのよ!しかも私より先に食べているし!」


 思わず叫んだアクセリナに周囲から視線が集まる。あまり目立ちたくないアクセリナは慌てて口を押えて顔を隠すように俯いた。


 それに対して綺羅は平然と説明をした。


「いや、お腹が空いたから食べていたんだよ。東京はいいね。どこのお店も美味しいから。ほら、天ぷら蕎麦が出来たよ」


「え?もう出来たの?」


 驚くアクセリナの前に大きな器に入った麺入りスープが置かれる。麺の上には大きなエビの天ぷらがあった。


「箸、使える?」


 そう言いながら綺羅が木を二つに割ってアクセリナに渡す。


 アクセリナは箸を奪い取ると綺羅から顔を背けた。


「日本食ぐらい食べたことあるわ」


 アクセリナは飲み込むように食べると綺羅より先に店から走って出て行った。


「もっと味わって食べたかった!」


 想像以上に美味しかった麺入りスープに対して、アクセリナは悔しそうに呟きながら地上へと出た。


 そこは世界的にも有名なスクランブル交差点だった。

 平日だというのに大勢の人がいる。だが日本人が多いため注目を浴びるほどではないがアクセリナの存在は浮いていた。


「本当に人が多いのね」


 アクセリナが周囲を見ているとビルに付けられた巨大なスクリーンが目に入った。

 企業の広告などを放映するのだろうが、今はアニメ映像が映っている。


「アニメ大国なのね。こんなところでも流れているなん……て……?」


 そのアニメの男の子はよく見ると綺羅をデフォルメしたような容姿をしていた。

 しかも男の子が話している相手はアクセリナの特徴を持っている女の子だ。二人とも二頭身で可愛らしい絵柄なのだが、男の子が話している内容を聞いてアクセリナの体は固まった。


「ステージの上に立つ君を初めて見た時、雷に打たれたのかと思った。いや、それ以上の衝撃だった。すぐに君に会いたいと思ったけど、不覚にもオレはその場から動けなかった。それだけ強い衝撃だったんだ。どうか、この想いを……」


「イヤァァァーーーーー!」


 アクセリナは両手で耳を押さえて、その場から走り去った。白銀の瞳には薄っすらと涙が浮かんでいる。


「何あれ?何あれ?私へのイジメ?嫌がらせ?」


 ご丁寧にも男の子の声は綺羅自身の声であり英語で話していた。


 何度も言うがアクセリナは現実主義でありロマンチストではない。ましてや、あれをロマンチックと言って受け入れるほどの図太い神経の持ち主でもない。


 ゴリゴリに神経を削られたアクセリナの意識を戻したのは一本の電話だった。


 逃げ切れそうなら仕事も無視して逃亡するつもりだったのだが、この様子だと逃亡しきれないと考えて、アクセリナは電話の電源を入れていたのだ。


 電話の相手が女性マネージャーだと分かると、半泣きだったアクセリナの顔は嘘のように引き締まった。反射的に仕事モードになり、そのまま電話に出ると女性マネージャーの叫び声が響いた。


 予想範囲内の反応にアクセリナは自分の現状に目を閉じて軽く言った。


「心配かけて、ごめんなさい。次の仕事場にはいくわ。大丈夫。問題ないから」


 アクセリナは現在所属している事務所のトップモデルであり、看板であり、稼ぎ頭である。

 そのアクセリナが突然姿を消したのだから事務所は上から下への大騒ぎだ。自殺だの誘拐だのと警察沙汰になりかけていたらしい。


 アクセリナが弁解しようとしたら社長が割り込んできた。どうやら女性マネージャーの電話を取ったようだ。

 そして、勝手に姿を消して仕事を投げたら違約金で事務所が潰れてしまう、そうなったら損害賠償請求をするからな、と脅してきた。


 その言葉を聞いてアクセリナは鼻で笑った。


「そんなこと分かっているわ。仕事はちゃんとするわよ。でも、それは私が契約サインした仕事だけだから。これ以上、勝手に新しい仕事は受けないでよ」


 アクセリナの主張に社長から怒鳴り声が上がる。だがアクセリナは気にした様子もなくとどめの一言を言った。


「でないと、今入っている仕事もしないから」


 話だけ聞いているとお嬢様の我がままのようだが、アクセリナの声にはそれとは違う重みがあった。

 電話越しにも関わらずアクセリナの気迫に押されて社長が黙る。その隙にアクセリナは電話を切った。


「こうなったら、意地でも逃げ切ってやる。そのためには敵を知らないと」


 アクセリナは決意を新たにして力強く歩き出した。


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