世界中で鬼ごっこ(平行して口説き文句垂れ流し)
禅
第1話 運命の始まり
人とは違う力を持っていた。
そういう家系なので、それは自然と受け入れていた。
ただ、一つだけ受け入れられないものがあった。
それは未来だった。
ある日、私はある人と結婚する夢を見た。
相手の顔はぼやけていて、よく見えなかった。
でも、初めてその夢を見た時、私はそれが運命の相手だと分かった。
恋に恋する少女のように自分が見た予知夢に酔いしれた。
けど、それも少しして絶望に変わった。
私の運命の相手は私の命を短くする。
断片的にしか見られない予知夢の中でそのことを知った時、私は決意した。
ならば、そんな運命は変えてやる。
そのためなら、私はどんな努力も惜しまない。
自分で運命を変えるために、全力で突き進むのみだから。
パリで開かれたファッションショー。華やかな衣装に身を包んだモデルがステージを彩っていく。
会場中から羨望の眼差しを浴びて優雅に、でも自信たっぷりに微笑む。軽い足取りに合わせて長い銀髪が揺らめく。白銀の瞳がスポットライトの下で暗い会場内を見渡す。
その中で彼女は見てはいけないモノを見てしまった。
ソレは間抜けにも大口をあけてポカンとこちらを見ていた。翡翠の瞳をこれほどかというほど大きく開いて魂が抜けた人形のような顔をしていた。
あまりにも無様な姿だったが、ソレを見た瞬間、彼女は笑顔のまま凍りついた。ついに恐れていた日が来たのだと悟ってしまったのだ。
しかし今はファッションショー中だ。
つまりトップモデルである彼女は仕事の真っ最中ということである。
プロとしての職業意識が高い彼女は一瞬凍りついたものの、すぐに体勢を立て直して思考を切り替えた。
淡々と本日のステージを終わらせ、安堵と打ち上げの雰囲気に包まれたステージ裏で彼女は最速で帰り支度をしていた。
そこに女性マネージャーの大声が響く。
「アクセリナ!来て!早く、来て!」
女性特有の甲高い声に興奮が混じっているため耳につく。
アクセリナは邪魔になる長い銀髪を一つにまとめたまま手を止めることなく叫び返した。
「私は忙しいの!用事があるなら、そっちから来なさいよ!」
「そんなの後でいいでしょ!今すぐ、あなたに会いたいっていう人がいるのよ!」
「それこそ後にしてよ!私は疲れているんだから面会謝絶よ!」
ファッションショーの衣装や靴、小道具が溢れ返っている中を女性マネージャーは勢いよくアクセリナのところまで突き進んで来た。
「そんなこと言っていられないわよ!あのアクディル財閥の御曹司が直接会いたいってご指名なのよ!こんなビックチャンス、そうそうないわよ!」
興奮しすぎて顔を真っ赤にしている女性マネージャーとは反対にアクセリナの顔は青くなっていた。
「……アクディル財閥?まさか……」
アクセリナの中で今、自分を呼び出しているのが会場で見た間抜け面だという確証はあった。だが、まさかアクディル財閥の御曹司とは思わなかった。
アクディル財閥といえば世界中に企業展開しており、総資産は世界トップクラスであり政界や経済界に大きな影響力を持つ。
アクセリナはまとめていた荷物を肩に担ぐと女性マネージャーに微笑んだ。
「ちょっと、トイレに行ってくるわ。その人には、そのまま待っていてもらって」
「すぐに帰ってきなさいよ」
「えぇ」
アクセリナは軽く返事をすると速足でステージ裏を歩いて行く。
その後ろ姿を見ながら他のモデルが羨ましそうに話をした。
「アクディル財閥の御曹司からのご指名ですって」
「さすが、最年少でトップモデルになった人は違うわよねぇ」
「これで将来はますます安泰ってところかしら?」
この言葉にアクセリナは心の中で悪態をついた。
「冗談じゃない!財閥の御曹司なんて計算違いもいいところよ!」
運命の人に出会っても相手が簡単にこちらに接触できない職業としてトップモデルになることを選んだのだ。
目立ちはするが、そのことで相手に高嶺の花として諦めさせる効果もあると考えていた。だが、その計算は簡単に覆された。
アクディル財閥となれば多方面に影響力があるため下手な対応は出来ない。しかもスポンサーとして仕事の依頼主になることもある。
「こうなったら逃げ切るしかないわ。表は……人が多いわね。裏は……出待ちのファンがいるし。あそこからが最適ね」
アクセリナは女性マネージャーに言った通りトイレに来ていた。
トイレの個室で動きやすいジャージに着替えると、目立つ銀髪を帽子の中に隠して関係者専用の階段を使って屋上へと移動した。
太陽はすっかり沈んで周囲は暗くなっていた。
アクセリナは少し下にある隣のビルの屋上を見ると、躊躇うことなく助走をつけて飛び移った。
綺麗に着地を決めたアクセリナは、そのまま足を止めることなく次から次へとビルの屋上を移動して最後は壁に付いている排水管をつたって地面に降りた。
「やっぱり日頃から運動はしておくものね。さて、家はすぐにバレるだろうから……とりあえず隠れ家へ行って荷造りをしましょう」
人目を避けて裏道を走り抜けていくアクセリナの姿は忍者を連想させるほど俊敏だった。
次の日。
隠れ家として準備していたアパートには必要最低限の家具しかなかったのでアクセリナは寝袋で一夜を明かしていた。
慣れない環境だったはずなのだがアクセリナの顔に疲れはなく、むしろ生き生きと白銀の瞳は輝いていた。
「さて、ここからが勝負よ。どれだけ遠くに逃げられるか」
アクディル財閥の勢力圏は昨日のうちに調べ上げた。その目をかいくぐって、その勢力が及ばない国に逃げ込む。
アクセリナは闘志で燃えていた。
この日のために人並み以上の運動神経を身に付け、サバイバル訓練を何度も行い、最後には軍に仮入隊したほどだ。逃げ切る自信はあった。
アパートを出るまでは。
アクセリナは隠れ家にしているアパートから外に出るとバラの匂いに包まれた。
目の前の道路に真っ赤なバラの絨毯があり、その中心には白いバラで文章が書かれていた。嫌でも目に入る、いや、嫌がらせのように目に入ってきた文章にアクセリナは全てが停止した。
そこに車のクラクションの音が響いた。
朝早いとはいえ、ここは普通に往来がある道路だ。車が通らないわけない。それでも、このバラの絨毯が車に踏まれた様子はない。
どうなっているのかとアクセリナがクラクションの音がした方に顔を向けると、工事作業員の服を着た人が車を誘導してアパート前の道に侵入させないようにしていた。
「……まさか、こんなことが出来るのは」
頭の中で答えは出ている。だが、それを認めることを拒否したい自分がいる。
屈折し葛藤しているアクセリナの顔前にブルーのバラの花束が現れた。
「おはよう!良い朝だね」
アクセリナがぎこちない動きで顔を上げると、そこには満面の笑顔をした好青年がいた。
昨日は大口を開けた間抜け面だったため気が付かなかったが、見た目は極上である。
爽やかな笑顔に赤茶色の髪に相まって活発的な印象を持つが、そこに人懐っこい翡翠の瞳が加わると何とも言えない魅力がある。
一瞬でも青年の顔に見惚れてしまったアクセリナは、そのことを隠すようにバラの絨毯を指さして怒ったように言った。
「こんなことのために、バラをこんな風に使わないでよ!これだけ集めるのに、ここら辺のバラを買いあさったでしょ?そんなことをしたら、本当にバラを必要としている人が買えなくなるじゃない!」
「え?あ?いけなかった?」
アクセリナが喜ぶと思っていた青年は予想外の反応に戸惑った。
そこにアクセリナが畳み掛ける。
「あと!勿体ないって言葉を知っている!?なんでも大量に消費して、なんでも大量に捨てる、考えなしの人って、私……」
そこまで言うとアクセリナは大きく深呼吸をして青年を睨みつけた。
「大っっ嫌いなの!」
こんなことにバラを使うことは、エコ先進国で育ったアクセリナにとって無駄であり勿体ないの一言だった。ちなみに現実主義のアクセリナにロマンチックという発想はない。
とりあえず言いたいことを言い切ったアクセリナは満足そうに腕を胸の前で組んだ。
一方の青年は捨てられた子犬のように地面に項垂れた。
そんな二人の前には真っ赤なバラの絨毯の中で、白いバラによって書かれた文章「I LOVE YOU」が恥ずかしげもなく自己主張しまくっている光景がある。
これがトップモデルのアクセリナ・クルームとアクディル財閥の御曹司、綺羅・アクディルの初めての会話だった。
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