8.Disguise
8-1
次は金曜日。
カルナに言われたものの、それまでおとなしく過ごすのも性にあわず、アリスはバスで大型ショッピングモールを訪れた。平日まんなかの水曜日。しかし夏休みに入ったからだろう、そこそこ混雑していた。
『Fairy Dust』は起動していなかった。かなり迷ったが、ヒビ割れた画面をなぞってそのままポケットにしまった。アリスはぼんやりと独り言する。
「Plum phone見ないでショッピングなんて、何年ぶりだろう」
妙な気分だった。『Fairy Dust』を通して見ていたショッピングモールと、今あてもなく散歩しているショッピングモールはまったく別な場所にすら思えた。妖精の出現点でしかなかった店が、意外と趣味にあうアクセサリーショップだったり。何もない場所と通りすぎていた場所に、好みの服屋があったり。
開けた広場では沖縄物産展が催されていた。アリスはふらりと立ち寄り、本来沖縄でしか買えないお土産たちを眺める。
沖縄にはずっと行きたいと思っていた。それは『Fairy Dust』のためだった。人気の観光地は妖精がよく出る。でも今は、菓子の箱に印刷された海や空や建物が素直に魅力的だった。
「今までの私って、なんだったんだろう……」
観光地に住んでるわけでもないアリスは、どんなに頑張ってもランカープレイヤーにはなれない。カルナに初めて会った日に指摘されたことだが、アリスはずっと気がついていた。なのに気づかないふりをしていた。
なぜそんなことをしたか今のアリスにはよくわかった。父に会う「努力」をしたかったのだ。それが無駄なあがきであろうと、何もしないよりずっと気持ちが楽だったのだ。
でももう違う。もっと着実に父へ近づく方法がある。カルナが連れて行ってくれる。そう思うと世界が開けて見えた。
試食コーナーから甘いサーターアンダギーの香りがただよってくる。
ふと、アリスの目にシーサーのストラップがとまった。威圧と愛嬌の共存する表情はなんとなくカルナに似て見えた。
カルナの、なんのストラップもキーホルダーもついていない鍵を思い出した。また失くして居候されても困るし、買ってあげてもいいかもしれない。
ストラップを取り、レジに持って行く。
「500円になります」
店員に言われ、財布を開く。すると東京に行った日挟んだままだった
「あっ」
アリスはとりあえずレジに500円玉を置き、改めて名刺の方を振り向く。すると長身の中性的な人物が名刺を拾いあげたところだった。
「ありがとうございま……あ! ペギーさん! おひさしぶりです!」
オネェ系に装った細身の男性、ペギーは艶っぽくほほえんだ。
「あらぁ、アリスちゃんじゃない。久しぶり〜」
ペギーは『Fairy Dust』のオフイベントで何度も会っているプレイヤーだった。『Fairy Dust』内で同じギルドに所属している。頼れるギルドメイトとして、ギルド対抗戦形式のイベントでは行動を共にすることも多かった。アリスはペギーの本名も仕事も知らない。でも言動の端々からにじむ親切さ、公平さに信頼をおいていた。
「アリスちゃんも『Fairy Dust』しにきたの?」
「いえ、今日は普通にお買い物で……。近くに住んでるんです」
「あらぁ、そうなのぉ」
アリスはペギーから名刺をうけ取って財布に戻した。ペギーは心配そうに言う。
「アリスちゃん、Ivan《アイヴァン》と知り合いなのね?」
「Ivan? 相葉さんのことですか?」
「ヤツが『Fairy Dust』で使ってたハンドルネームよ」
「開発者なのにゲームやってたんですか?」
「そうそう」
ペギーはそっと肩をすくめた。
「『Fairy Dust』のローンチ直後はしょっちゅうオフ会に顔出してきてね、俺が開発者なんだぞって威張ってチヤホヤさせようとして厄介だったわ〜。女の子に手を出そうとするし」
「は、ははは……」
アリスは思わず引きつった顔で笑った。
「その反応なら大丈夫そうだけど、Ivanに会おうとか言われても一人で行っちゃダメよ。お年頃なんだからね〜。怖かったらアタシを呼んでもいいから。Ivanはアタシのこと苦手だから」
それもなんとなくわかる気がした。アリスはペギーに押されてたじろぐ相葉の姿を鮮明に想像できた。
そういえば、とペギーはPlum phoneを振ってみせる。『Fairy Dust』のプレイ画面がちらつく。
「さっきの大変だったわねぇ。アリスちゃんは大丈夫だった?」
「え? さっきのってなんですか?」
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