7-3

 細い細い今にも消えそうな月の下、ぼろアパートの扉の前に座り、カルナはアリスを待っていた。キャリーを抱えて外階段をのぼってくるアリスを見、カルナは言う。


「なんだ? この世が終わったみたいな顔しやがって」


「うん。たしかにそんな気分かも」


 アリスは1個目のキャリーをカルナの前に置き、2個目のために再び階段をおりた。


「パパに会ったよ」


「ほー。で?」


「無視して帰られた」


「だから言っただろ、山桜桃梅ゆすらうめ 大吾だいごは悪人だって」


 アリスは2個目のキャリーを運び終え、カルナの前にドンとおろす。


「丁寧に扱えよ」


 アリスはカルナに謝罪も文句も言わなかった。うつむき、キャリーのハンドルを潰しそうなくらい強くにぎる。カルナはその震える手を見ていた。


 アリスがかすれた声で言う。


「ねぇ、カルナ」


「なんだ」


 アリスのポケットからはヒビ割れたPlum phoneがのぞいている。


「カルナ。サイバー攻撃、がんばろうね。私、どんなことでも手伝うよ」


「おう。そうか」


 カルナが「よいしょ」と立ち上がる。表情を隠すように黒いパーカーのフードをかぶる。


「もう見失うんじゃねぇぞ。俺たちの目的は、サイバー攻撃によって山桜桃梅ゆすらうめ 大吾だいごのプロダクトを滅茶苦茶にして、あいつを怒らせること。そして向こうから会いにくるよう仕向け、俺たちの才能と怒りを認めさせることだ」


「うん」


「次は金曜日。ZiCEDAIジセダイに乗りこみ、山桜桃梅ゆすらうめ 大吾だいごの行方に探りを入れる。以前クラウドソーシングの仕事したツテから、体の不自由な情報系の学生として会社の見学を申しこんでおいた。おまえは『Fairy Dust』の好きな介護役としてついてこい。『Fairy Dust』がそんなに好きじゃないのは知ってるが、な」


「……どうして?」


 アリスは父の作った『Fairy Dust』が好きで、一生懸命プレイしてきたつもりだった。少なくとも自身ではそう信じていた。


 カルナは短く笑う。


「初めて会ったとき。『Fairy Dust』のデータを消すと脅したのに、おまえは眉ひとつ動かさなかった。そっちはどうでもいいとばかりにな。ゲーマーってもんはもっと自分のデータを大事にするもんだぜ」


 カルナがアリスにむかって手のひらを広げた。アリスはその上に鍵を落とす。


山桜桃梅ゆすらうめアリス。おまえが見ていたのは最初から父親だけだ」


「……うん。そうだね」


「素直じゃねぇか」


「だって偽っても届かないもの」


 アリスが顔を上げる。青い瞳には今までにない、暗く鋭いものが宿っていた。

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