5-2

 お弁当のサンドイッチを支度したのち、朝食にレタスたっぷりのベーゴンエッグマフィンをこしらえ、アリスは食卓についた。カルナが少し不器用な仕草でマフィンにかぶりつく。アリスの口元から自然に笑みがこぼれた。


 いつもの朝食はアリス一人で、『Fairy Dust』のログインボーナス取得やイベント情報の確認をしながら食べる。ミルクティーを飲みながら、つい癖で『Fairy Dust』を起動した。


 上野公園で行われる予定の大規模オフイベントの告知が出ている。それをざっと流し読みしたあと。


「あれっ?」


 アリスは何度も画面をタップしたり、更新をかけたりした。しかし見間違いではない。

 得点が大幅に上昇している。もう少しで今月の高得点プレイヤーベスト100にランクインしそうなほどだ。


「カルナ、私の『Fairy Dust』になにかした?」


「いや、してねぇよ興味ねぇもん」


「じゃあどうしてこんなに……」


 そもそもここ数日はろくにプレイできていない。心当たりといえば、先日の東京行きくらいだ。


 フェアリー調査履歴を見てみると、確かに妖精王クラスとの遭遇記録が残っていた。本当に少ない、イベントのときですら限られたプレイヤーしかお目にかかれないフェアリーだ。見つけただけでもかなり高い点を獲得する。履歴にハイスコアのアイコンがキラキラ光っている。


「そういえばあの時ハイレア・フェアリーの出現アラートが……でも何か変だったような……」


 アリスは首をかしげた。普通、『Fairy Dust』のフェアリーは街の名所に出現し、消える。場所を移動することはない。なのにあの時、アリスがろくに動いていないにも関わらず、ハイレア・フェアリーは近づいたり遠ざかったりしていた。カルナのことで頭がいっぱいで、ろくに追えなかったが。


「なにブツブツ言ってんだ?」


 アリスの脳裏に相葉あいば 奈雄大なおひろの姿がちらつく。


「ねぇ、カルナ。相葉あいばさんが自分の居場所をハイレア・フェアリーの出現地に設定してるって、ありえるかな?」


「レアキャラか何かの話か? 十分ありえるんじゃねぇの。いかにも自社コンテンツを私物化しそうな名刺してんじゃん」


「どんな名刺よ」


 アリスは笑いつつも、カルナの言っていることがなんとなく分かる気がした。カルナは口の端についた半熟卵をなめとって、言う。


「接待プレイの一種じゃねぇ? 上客に会うときだけ、自分のPlum phoneの位置をレア出現地に設定して、そのまま移動する。お客は喜ぶし、道端でプレイヤーがレア出現に動揺するのを見て楽しめて、一石二鳥。おー性格悪っ。自己顕示欲の塊」


 大仰に肩をすくめるカルナ。何をされた訳でもないのにここまで人を嫌えるのも、ある種の才能だとアリスは思った。


 ふとPlum phoneの隅を見る。時刻はもうすぐ七時半。


「っ! やっば学校!」


 アリスは残りのマフィンを口に押しこみ、弁当のサンドイッチをつかみ、部屋にかけ戻っていった。バタバタと身支度を済ませる。


 数分後、アリスは黒い半袖ワイシャツ姿で部屋から出てきた。スカートもモノトーンな千鳥格子柄、ハイソックスまで黒色。全身真っ黒だ。カルナが茶化す。


「それ制服か? 喪服みてぇだな」


「でしょ? やんなっちゃう」


 アリスはカルナに向かって何かを放り投げた。カルナは片手でキャッチ、しそびれて取り落とす。


「それ家の鍵! 帰るとき郵便受けに入れといて!」


「セキュリティがばがば」


「じゃ、いってきまーす!」


 ローファーをつっかけるアリス。

 その背中を見ながら、カルナは数秒迷っていた。結局、すねたような小声で言う。


「……いってらっしゃい」


 アリスが振り向いた。軽やかに笑い、もう一度言う。


「いってきます!」


 アリスが玄関を開けた。逆光に笑顔がにじむ。夏風に金髪が舞い上がる。カルナはそれをとても綺麗だと思った。




 アリスのいなくなった部屋で、カルナはソファーにもたれていた。エアコンの送風音だけがかすかに響いている。


「なぁ」


 カルナが言った。


「なぁ、聴いてるんだろ? 山桜桃梅ゆすらうめ 大吾だいご


 返事をするものはない。それでもカルナは続けた。


「そのスマートスピーカー、不自然なんだよ。スマート家電がひとつもないのにリビングのどまんなかに置いてある。コンピューターの類と接続してる様子もない。どうせ中は盗聴器に改造されてるんだろ?」


 静寂が部屋を満たす。カルナはもう一度呼びかけた。


「なぁ、山桜桃梅ゆすらうめ 大吾だいご。……それとも、あいつの姉のイブとやらか?」


 埃をかぶったスマートスピーカーは答えない。


「まぁ、どっちでもいいけど」

 

 カルナはソファーから立ち上がり、アリスの部屋へ入っていった。

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