4.Guardian
4-1
「血の繋がった弟じゃねぇ。
「えっ? それ」
カルナの言葉に、アリスは思わずエスカレーターの降り口で立ち止まる。
数秒後やっと我に帰り、先を行くカルナの背に叫んだ。
「ほとんど弟じゃん!!!」
あまりの大声に、カルナはヘッドフォンの上から耳をふさぐ。
「というかパパのこと知ってるんじゃん! なんで教えてくれなかったのよ!」
こらえきれなくなったアリスは走ってカルナに追いつくと、次々と質問を浴びせかけた。
「再婚相手って、パパと住んでたってことなの?」
「いつごろ? 何年くらい?」
「パパは元気だった? 何してたの?」
「お姉ちゃんも知ってるってこと? お姉ちゃん元気だった?」
「お姉ちゃんは何してたの?」
「どこでどういうふうに暮らしてたの?」
ハニーポットWi-Fiをコインロッカーに詰めている間も、バスに乗っている間も、似たような質問をくり返すアリスにカルナはただ「うるせぇ」としか返さなかった。
「ねぇー! ねぇってば!」
結局何も答えてもらえぬまま、カルナの家の前まで来てしまった。
痩せてゆく月。夏の蛾が集まるボロボロの街灯。それらに照らされた外階段をカルナが上ってゆく。意固地で華奢な背中を見上げながら、これが最後とばかり、アリスはすがるように呟いた。
「ねぇ、カルナも……パパに置いていかれたの?」
カルナが立ち止まった。半分だけ振り向き、アリスをギッと睨みつける。
「お前なんかと一緒にすんじゃねぇ! 俺の方からあいつの手を振り払ってやったんだよ! 俺は力をつけた今こそ
カルナは怒り心頭に言いながら、ポケットから家の鍵を取り出そうとした。
「……」
ごそごそとしばらくポケットの中をまさぐった後、シャツやパンツの別なポケット、リュックの中まで探り始める。
「ん? ……」
ついにはリュックを逆さにし、中身を外廊下にぶちまけた。サングラスのケース、モバイルバッテリーが複数、モバイルWi-Fiやケーブル類がコンクリの上に散らばる。
カルナはしばらくそれらを眺めたのち、諦めたように呟いた。
「……。鍵がねぇ」
アリスはカルナのキーケースもキーホルダーもついていない鍵を思い出す。
いつかやるとは思ってたけど意外と早かったわね……。
このままほっぽりだすわけにもいかない。間接的とはいえ、アリスの中ではもうカルナは家族だった。
「ねぇカルナ。うちに泊まっていかない? ここから歩いて十五分くらいよ」
終バスはなくなった。駅務室もとうに閉まっている。この近場にはネットカフェもビジネスホテルも24時間営業のファミレスもない。
カルナは一度小さく舌打ちし、階段をおりてきた。
ぼろアパートのたち並ぶ区画を抜け、大通り沿いに歩く。アリスの住む高層アパートはスーパーマーケットの目の前にあった。
小綺麗なエントランスをくぐり、エレベーターで10階へ。
カルナは監視カメラを睨んだりしながら黙ってついてきていた。アリスももうさすがに質問攻めはやめていた。角部屋にカードキーを通しながら言う。
「ママは出張だから遠慮しないで」
アリスが部屋の電気をつける。二人で暮らすには広すぎるリビングダイニングが照らしだされた。カルナが目を細めながら尋ねる。
「母親の再婚相手は?」
「再婚してないよー。だから遠慮しなくて大丈夫だって。カルナって心配性だよね」
アリスは笑いながらエプロンをつけた。
「夕ごはん食べそびれちゃったね。何か作ってあげるよ」
アリスが料理している間、カルナはダイニングに座り、あたりを見回していた。四人分の椅子。四人分の食器。四人がけのソファーと、大きすぎるテレビ。埃をかぶったスマートスピーカー。そして、三つの個室。
「引っ越してないのか、別れてから」
「なにー?」
卵の焼ける音にかき消され、アリスにカルナの声は聞こえなかった。カルナは別な質問を重ねる。
「いや、母親はずっと忙しいのかって言ったんだ」
「そうだよー。ほとんど家に帰ってこないよ。帰ってきても真夜中過ぎで、早朝には出てっちゃう」
「そうか」
カルナはスマートフォンを取り出し、物件情報を検索した。家賃の数字に眉根を寄せる。普通の仕事じゃとても払いきれる値段ではない。普通以上に稼ぐ大人が二人いてやっと、というところだろう。もしくは余程ハードに残業をこなすか。
皿を二つ持ったアリスがキッチンから出てくるのが見え、カルナはスマートフォンをスリープした。オムレツをカルナの前に置き、アリスがほほえむ。
「いまサラダとスープも出すから待っててね」
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