3-3
駅近のカレー屋で昼食を済ませたあと、二人は都内乗り放題パスを買い、山手線に乗り換えた。
都会は妖精の粉も妖精もよく出現する。『Fairy Dust』がはかどり、アリスはずっと上機嫌だった。座席に座りぐるぐる回っているだけでも、アイテムがたくさん集まる。
二時間くらい乗った頃だろうか。片耳にさしたイヤフォンから『Fairy Dust』のアナウンス音声が聞こえてきた。
『近くに珍しいフェアリーがいるみたいだよ!』
電車は新橋駅に止まるところだった。さすがにフェアリー捕まえたいなんて言ったら怒られるかな。そう思ったアリスはうそぶく。
「ねぇカルナー、トイレ行きたい。荷物どうすればいい?」
カルナはぼそりと答えた。
「置いていけ。これは両方近くにないと動作しない」
アリスは『Fairy Dust』の画面を見たままで立ち上がる。
「じゃあまた合流するねー」
アリスはプレイ画面を見たまま降車する。レアフェアリーの出現位置はどんどん近づいてくる。
あれ? ……さっきのカルナ、声震えてなかった?
不意に気づき、アリスは電車を振り返る。
カルナの顔は真っ青だった。大きく肩で息をしている。手すりにもたれ、今にもそのまま倒れてしまいそうだ。
「カルナ!」
アリスの声を発車ベルがかき消す。目の前でホームドアが、車両のドアが閉まった。
「ど、どうしよう……」
特徴的な緑の車両が駅を離れてゆく。電車を降りた人々が流れ去ってゆく。アリスはPlum phoneをにぎりしめたまま考えをめぐらす。
走れば追いつける? ううん、次の駅まで二分じゃつけない。タクシーで先回りする? どこまで行けば追いつける? その前にカルナに電話して電車を降りてもらったほうが。でもカルナの番号知らない。なら……。
イヤフォンからレアフェアリー出現の効果音が流れているが、それどころではなかった。アリスはただただ目を泳がせる。
どうしよう、どうしよう。
「どうしたの?」
男の声にアリスは振り向く。
ビジネス鞄にかりゆしシャツの男性がアリスを覗きこんでいた。三十代なかばくらいだろうか。
アリスは涙を浮かべながらまくしたてる。
「知りあ、友達が具合悪いのに気づかないで電車に置いてきちゃったんです! 携帯の番号もわからないし、どうすれば追いつけるかもわからないし……!」
「ふむ」
男性はちらと腕時計を見た。有名ブランドの高そうな時計だ。
「じゃあ駅務室に行こうか。駅員にきみの友達を保護してもらおう」
男性はアリスを駅務室に連れていった。事情を伝え「友達」の特徴をアリスに説明させる。男性の態度はやや横柄だったが、説明は明瞭だった。
駅員が駅務室の奥で電話をかける。戻ってきた駅員はアリスに微笑んだ。
「上野で救護室に運ばれたそうですよ。誰かが助けてくれたんだね」
「よかった……!」
アリスが大きく息をつく。思わず涙がこぼれそうになり、カーディガンの袖で瞼を拭った。
呼吸が落ち着いたところで、アリスは男性に頭を下げる。
「助けてくださってありがとうございました」
「いやいや。最初は『Fairy Dust』がバグったのかと思ったんだけどね。大したことじゃなくてよかった」
友達のピンチは『Fairy Dust』の不具合より大したことだと思うけど……。
アリスが困惑していると、男性は続けた。
「しかし外国人のプレイヤーも見られるようになったとは嬉しいな。『Fairy Dust』もそろそろローカライズの段階かな? 英語なら社内でなんとかなりそうだ」
「えっと、私、日本人……」
「これ記念にあげるよ。それじゃ、妖精の祝福あれ」
『Fairy Dust』のプレイヤー同士がする挨拶だ。男はアリスの手に名刺を押しこんだ。
ビジネス鞄とかりゆしシャツが遠ざかる。アリスは呆気にとられたまま男を見送った。
「変な人だったな……」
呟きながら、押しつけられた名刺を見る。見慣れたロゴに空色の瞳が見開いた。
『
「『Fairy Dust』の会社……!」
この人ならパパの居場所を知ってるかもしれない!
名刺にはメールアドレスも電話番号も書いてある。アリスの手は震えていた。突然の手がかり。突然の契機。
『近くに珍しいフェアリーがいるみたいだよ!』
『Fairy Dust』の音声が聞こえるが、それどころではない。
早くカルナと合流しないと。
アリスは財布に名刺をしまった。その指先はまだ震えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます