3-2
バスに乗り、最寄りの
電車に乗るとすぐ、カルナはヘッドフォンをし、サングラスをかけようとした。
「カルナー、せっかく一緒に行くんだから話し相手してよ。サングラスなんかしなくたって誰もカルナのことなんかわからないって」
カルナは小さな声でぶつくさ言いながらヘッドフォンとサングラスをしまった。アリスはその様子に少しだけ違和感を覚えたが、発車ベルの音に気を取られ、違和感は消えてしまった。
駅の景色が遠ざかっていく。列車が加速する。
飛ぶように過ぎる景色を見ながら、アリスはカルナに話しかけた。
「カルナあんまり東京行かなそうだよねー」
「行かない」
「乗り換え駅にさ、美味しいカレー屋さんがあるんだ。お昼はそこで食べようよ」
「かまわん」
「っていうか、お金持ってるの?」
「ある」
カルナは座席の上でもぞりと身じろぎした。
「ネットでエンジニアリングの仕事を探して稼いでる。体の不自由な十八歳という設定にして、できる限り客とは会わず作業だけしている」
アリスとしては財布を忘れていないか聞きたかっただけだった。意外な事実にやや言葉を失う。
「……自活してたのね」
「ああ」
「大変ね」
「べつに」
アリスは目を泳がせる。
中学校に通ってる様子もなかったし、家事をやってくれる人もいないみたいだったけど、まさかお金まで自分で稼いでるなんて。
どう話題をつなげば良いかわからず、アリスはPlum phoneの無線LAN設定画面など開いてみた。
ここまで届くはずのない山手線Free Wi-Fiの名前がある。
カルナが小声で言った。
「
アリスは頷く。何がよくできているのかは分からなかったが、なんの疑いもなく接続してしまうであろうことは確かだった。
「同じ
「でも、たくさん罠にかけたいなら通勤ラッシュとか狙ったほうがよかったんじゃない?」
日曜昼。電車の中はまばら。東京に出てもなお、平日の朝晩ほどは混んでいないだろう。するとカルナは言った。
「プロに見つかりたくない。騙されたなんて永遠に気づかなそうな、素人や子供がいい」
「なるほど」
アリスは正面に座っている小学生の五人組を見た。Plum phoneで動画を見ながらクスクス笑いあっている。
今までのスマートフォンよりずっと安価なPlum phoneの登場で、子供もスマフォを持っているのが普通になった。アリス自身もPlum phoneを買ってもらったのは小学三年生のときだ。チャイルドロックのアプリでネットサーフィンに時間制限を設け、メッセンジャーアプリでは学校の友達と家族以外とは通信しないことが約束だった。
そのあとすぐに両親は離婚し、父と妹は家から去った。寂しくてもPlum phoneがあればいつでも母親と話せる。そう思ったアリスは嬉しくて、一日になんども母親にメッセージを送った。既読マークがついても、返信が返ってくることは稀だった。
ついには「仕事中に余計な連絡をしないで」と怒られたことを思い出し、アリスの胸がずきりと痛んだ。
子供たちから目をそらし、話題を見つけるためにSNSを眺めはじめる。
カルナはずっと窓の外を見ていた。
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