Honeypot City -ラノベでわかる失われたセキュリティ-
千住
1.Honeypot
1-1
「いいかい、アリス。おまえがお金を払ってないなら、おまえは客じゃなくて……」
父の声を最後まで聞けず、アリスは目を覚ました。ずっと昔のことを夢に見ていた。いま高校三年生のアリスが五歳か六歳だった頃のことだ。
あのあとパパは、なんて言ったんだっけ。
空色の目を薄く開き、カーテンの隙間から漏れる月光を見ながら考える。
アリスの両親が離婚し、父と姉が家を出てから十余年。あまりに遠い記憶すぎる。虚空を睨めどなかなか続きが思い出せない。
熱帯夜の湿り気に耐えかね、アリスはタオルケットを脇に押しやる。
そうこうしているうちにすっかり目が冴えてしまった。アリスは枕元の充電器からPlum phoneを引き抜き、位置情報ゲーム『Fairy Dust』を起動する。
『近くにフェアリーがいるみたいだよ!』
あっけらかんと明るい声で、マップにピンが立つ。自転車で十五分ほどの場所にある有名な廃墟だ。
「……行こうかな」
アリスはベッドから抜け出した。
コーデを考えるのが面倒なので制服に着替える。鏡に映るのは、セミロングの金髪と空色の瞳、白い肌。これでもアリスは日本人だ。母方の遠い親戚にロシア人がいたらしい。先祖返りというやつだろう。
髪をふたつおさげに整え、アリスは身支度を終えた。黒いセーラーと金色の髪が強烈なコントラストだ。
部屋を出て、リビングを見渡す。玄関を見る。母親の靴はまだなかった。今夜も朝まで残業か、そのまま会社に泊まってくるのだろう。
アリスはスニーカーをつっかけて外に出た。
アリスは片耳にイヤフォンをはめて自転車をこぐ。イヤフォンからは『Fairy Dust』のナビが聞こえてくる。
『700メートル先を左だよ!』
アリスは無言で指示に従う。
『Fairy Dust』は妖精の調査をモチーフにしたゲームだ。アプリを起動して街を歩き、妖精が残した粉や羽を集める。ときどき街の名所に現れる妖精に会って、妖精からアイテムをもらう。そうしてポイントを稼ぎ、レベルをあげていく。
アリスはリリース直後から毎日欠かさず『Fairy Dust』をプレイしていた。体調を崩した日でも家の中の粉くらいは集めるようにしていた。イベントにも毎回出席している。
それにはもちろん、理由があった。
『目的地だよ!』
アリスは廃墟の敷地にすべりこんだ。ブレーキをかけ、廃墟を見上げる。元はパチンコ屋か何かだったらしい。廃墟のわりには状態がよく、人気の肝試しスポットになっていた。
Plum phoneを見ると、廃墟の中央に妖精のアイコンが表示されていた。アリスは顔を上げる。廃墟の割れた窓から重い闇がのぞいている。
自転車からライトをもぎ取り、砂利を踏んで廃墟に近づいていく。
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