第4話 企業秘密だ、勇者よ!

「――吾輩だ。終わった」


 玉座の裏にある内線で、秘書のエキドナにそう告げる。


「さすが、早かったですね」

「うむ。何せレベル1だからな」

「しかし、そう考えると少々手こずりすぎでは?」

「一瞬で終わらせても良かったのだが、勇者の方では一斉一代の真剣勝負だからな、まぁ多少はそれなりに盛り上げたというか」

「魔王様は慈悲深くていらっしゃる」

「いや、まぁそれは良いんだが、エキドナよ」

「何でございましょう」

「まぁ予定外に早く終わったわけだが、吾輩今日はもう上がりたいのだが」

「そうですね……。まぁ、よろしいのではないですか? 元々今日の分はすべて明日に回してあるわけですし」

「うむ。では総務の方にもそのように伝えてくれ。それから、吾輩ちょっと小腹が空いたので、何か適当に用意してくれまいか」

「かしこまりました」

「それから、いつもの人間の王への報告だが、その前にこの勇者の父親を探し出し、そちらへ先に伝えるように」

「かしこまりました」

「出来れば……、そうだな、2日ほど空けて王のところへ向かってくれ」

「かしこまりました。しかし、何故に……?」

「む? 勇者なんぞをこの世に産み出した忌々しき製造元に絶望感を与えるために決まっておろう。たまにはそんな趣向も凝らしてみんとな。フハハハハ!」

「成る程! さすがは魔王様! ぜひ、そのように」


 受話器を置いて、ふぅ、と一息つく。

 

 これで良かったのだろうかとしばし自問する。答えは出ない。


 とりあえず例の鎧のパズルだけは気になるので続きをやらせてもらうとしようか。

 

 そう思って、うつ伏せに倒れている勇者の尻のパズルに手を伸ばす。そうだ、2列は揃えたのだ。ここからが難しいんだよなぁ。


 ほどなくして軽食の準備が出来たらしく、ドアベルが鳴った。結局パズルの方は2列めを崩さなくてはならなかったが、何となく良い感じになってきている気がする。あくまで気のせいだ。


「悪いな」


 ドアの向こうにいたのは最近配下に迎えたばかりのフェンリルだった。軽食は彼の頭にくくりつけられた盆の上に乗せられている。伏せの姿勢になったのでそれを受け取ると、フェンリルは「ぐるる」と唸ってからUターンした。まだこの地域の言葉を習得していないのである。


 ばたん、とドアを閉める。勝手に開けるものなどいないとわかってはいるが、一応施錠をし、念には念を入れて開かずの魔法もかけた。


「――さて」


 折り畳み式のテーブルを出し、その上に軽食を乗せる。適当に、と言ったはずなのだが、どう見ても小腹を満たすのには適していないと思われる量の『軽食』である。つまり、一品一品は軽くても、その種類が多すぎる、というか。


「勇者よ、もう良いぞ」


 ご丁寧に呼吸もなるべく我慢して死んだふりをしていた勇者は吾輩のその言葉でむくりと起きた。


「あのさぁ、仮にも『死んでる勇者』のさぁ、お尻の辺りをカチャカチャカチャカチャやるのはどうなの? さすがのあたしも貞操の危機かなって思ったよね」

「そんなことするわけなかろう」

「なかろうって、知らないよ、魔王の倫理観とかさ。あーもー絶対これ脱がせて色々やる気だなって思ったんだから」

「いや、どうしてもその尻のパズルが気になってな」

「変態。変態魔王」

「……なぜそこまで責められなくてはならんのだ。せっかく逃がしてやろうって思って、その上、空腹で帰れないとか言うからこうして飯の用意までさせたというのに」

「そんな必死こいてパズル解いて、あたしのこと、どうするつもり?」


 勇者はぷりぷりと怒りながらもテーブルの前に移動した。その目はずっと料理に釘付け状態である。


「どうするって言われてもだな。とりあえず、腰当てを外して、ええと、次はそのコルセットか? それを外したら、膝当てとブーツを脱がせて……」

「――ほら、やっぱり!」

「やっぱりって何だ」

「ぜーんぶ脱がせて、いかがわしいことする気じゃん!」

「違う! それは違うぞ勇者よ! 何を誤解している!」

「どうかなぁ~?」


 勇者は疑いの眼差しを吾輩に向けつつ、もりもりとサンドイッチを食している。恐らく、それが一番ヴィジュアル的に『人間でも食べられそうな料理』だったのだろう。しかし、彼女はその具が何なのか知らないはずだ。

 たぶん、たぶんだけど素材的にはそれが一番ショックを受けると思うんだけどなぁ。

 ていうかさ、案外人間って雑食だったりするじゃん? ドラゴンの舌なんか珍味扱いって聞いたぞ? うえー、絶対勘弁だわ、吾輩。あんな可愛い生き物の舌を食べるなんて、人間絶対頭おかしい。まぁ、吾輩のことは置いといて。でも、人間的にはドラゴンってのは食べてもOKなやつらしい。さんざん『怖い』とか『恐ろしい』って言ってるドラゴンをだぞ? もう一度言う、人間絶対頭おかしい。

 

 でも、そんな人間の『美の基準』ってやつに照らし合わせると、はどちらかというと『めっちゃ可愛い』っていうカテゴリに属するらしくて、その上、庇護の対象だったりするらしいんだな、人間的には。だからいくら人間が雑食だって、絶対に採って食ったりはしないはずだ。

 いや、ゲテモノ好きのヤツならわからんか。


 ――え? 知りたい?

 いや、でも、勇者には絶対秘密だぞ? さすがの吾輩も勇者の吐瀉物までは面倒見切れんからな?


 ええと、その中身は『妖精』だ。

 な? 人間は可愛いって思うんだろ?

 いや、吾輩は別にどうとも思わんけど。ただの食材だし。でも、人間達はさ、すげぇ可愛い可愛い言うんだよな。これの調理過程とか絶対見せらんないわ。あーどうか、気付きませんように。料理長、ちゃんとみじん切りにしたかな? あーでも、吾輩が食べると思ってるんだよなぁ。吾輩、具は大きめの方が好きだっていつも言ってるしなぁ。あ――……、やばいやばい、ちょろっとつま先出てんじゃん。気付かないかな? 案外食べてる方って気付かなかったりする……よな?


 吾輩も食べたいなぁ、それ。

 あぁ、ちらっと頭が見えた。あーもー絶対これ吾輩好みの粗みじん切りっていうかほとんどぶつ切りだもん。しかもちゃんと体毛と羽も処理してある。ほんと料理長仕事が丁寧。たかだか小腹を満たすためだけの軽食なのに。マジで信頼と実績の料理長。

 仕方ない、吾輩はこっちのスープでもいただこうか。

 

「ねぇ、これめっちゃ美味しいんだけど、何?」

「――ぐふぅっ!?」

「うっわ、きったない、魔王。もー、どこかに拭くものない? あぁ、もうこれで良いや」


 勇者は肘までの長さがあるロンググローブを脱ぎ、テーブルの上の飛沫をごしごしと拭った。


「す、すまん……」

「良いよ、これくらい。あー、何か手ェ臭い。ずっとこれ着けてたからなぁ。蒸れちゃったんだろうな。嗅いでみる? あはは、くっさい!」


 ほら、と差し出された手を取って鼻を近付けてみる。くんくん。何これ、最高。めっちゃ良い匂い!


「わ、吾輩的には全然臭くないのだが……」

「うっそだぁ~。変だよ、魔王。変態! やっぱ変態魔王!」

「ちっ、違う! 人間と魔族の好みの違いってやつだ! 我々の世界ではこれは悪臭の類ではない!」


 吾輩は一体何をそんなにムキになっているのかと少々思わないでもなかったが、しかしこれは名誉の問題なのである。例え人間の方では悪臭にカテゴライズされるとしても、こちらの世界ではあー良い匂い、ずっと嗅いでいられるー、ってやつなのだ。くんくん。


「ちょっと放してくれないかな。いよいよもって身の危険を感じる」

「なぜだ!」

「え~? だって魔王、いまにも舐めそうな勢いで嗅いでたじゃん」

「舐めるか! さすがに舐めんわ!」


 いや、本当のことを言えば、ちょっと舐めたかった。ってアホか! 舐めんわ!


「まぁ、それは一旦良いや。で、これ、何なの? めっちゃ美味しかった」


 勇者はそう言いながら、残すところあと2口程度となったサンドイッチをめくろうとしている。


「ままま待て! 勇者よ! それは……そう、秘密なのだ!」

「秘密? 何で?」

「き、企業秘密ってやつだ」

「企業なの? 企業だったの?」

「えーっと、まぁ、そうだ。企業だったのだ。だからこれ以上は詮索しないでもらおうか。美味けりゃそれで良い、の精神で頼む。お互いのためにも」

「え~? 何それ」

「良いから、とにかく。食え! さもなくば吾輩が食ってしまうぞ!」


 あーもー、めんどくさい。

 やっぱり殺しとけば良かった。



 


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